文学部日本語日本文学科教授
|
2005年4月より2006年3月までの一年間、創価大学より在外研究の承認をいただき、念願だったアメリカ・カリフォルニア大学バークレー校(以下、 UCバークレー)に赴き、客員研究員として滞在させていただきました。多くの方々に支えられて実現し、実り多いものとなったこの在外研究の経過について、感謝の意を表しつつご報告いたします。 |
|---|
|
創価大学に勤めて16年目を迎える2005年を、自身の在外研究の年にしようと前々から決めていました。しかし、その行き先については、中国、香港、台湾、メキシコ、キューバなど、いくつかの選択肢がありました。 私の専門は現代日本語研究ですので、日本語教育・日本語研究が盛んな中国や台湾などに行けば、客員教授として歓迎されることもわかっていました。しかし、学問をまだ完成させていない自分にとって、在外研究は教える機会ではなく、学ぶ機会として活かしたかったのです。ですから、自分自身が大学院時代から学び、学問的な啓発を大いに受け、自著『日本語の述語と文機能』でも理論的基盤として援用している、言語哲学の大家であるJ・R・サールのもとで学ぶことを希望しました。 当時私はサールとは面識がありませんでしたが、これまでの研究の概要と今後の研究計画、そしてあなたのもとで一年間研究したいとの希望を手紙に記し、送りました。するとサールは親切にも、面識のない私を客員研究員に推薦してくれ、UCバークレー哲学部の承認を得ることができたのです。この間、筑波大学大学院時代の指導教官であった草薙裕筑波女子大学学長(現・筑波学院大学教授)や、アメリカ創価大学の高橋朋子副学長から種々、アドバイスを頂いたことに感謝しています。 |
|
|---|
|
アメリカ合衆国には国立大学はなく、日本の国立大学に相当するのは州立大学です。UCバークレーは、その全米の州立大学のなかで、最も伝統があり、ナンバー1と言われているカリフォルニア大学の本校に当たります。既に15人ものノーベル賞受賞者を輩出しており、私立大学のトップとされるハーバード大学とともに、東のハーバード、西のバークレーと並び称されています。 地理的にはサンフランシスコ湾の東岸に位置し、対岸にサンフランシスコ市街の高層ビル群や、有名な金門橋が見えます。 本学の創立者・池田大作先生は、UCバークレーからの招聘で二度訪問されています。一度目は1974年3月。当時のアルバート・H・ボウカー総長と会見されました。二度目は1993年3月。当時のチャン・リン・チェン総長と会見され、同校からの「教育・平和貢献賞」を受賞されています。この折り、チェン総長は、創立者が世界平和のために識者との対話を重ねていること、創価一貫教育によって教育事業に献身されていることに対し、絶大な賛辞を寄せられています。次回の訪問ではぜひ講演を、との依頼もされたのです。 嬉しいことに、同校を擁するバークレー市は、本年1月2日を「ダイサク・イケダSGI平和使者の日」とする宣言書を公布しました。創立者にとって誠に縁の深い地域と言えます。 また、対岸のサンフランシスコは、1960年、当時32歳の若き創立者が、初めて渡米された際、ハワイから大陸に最初に降り立たれた地でもあります。その当時の模様は創立者の著作である小説『新・人間革命』第1巻「新世界」の章に詳しく描かれています。そこに登場するコイト・タワー、コロンブス像、金門橋公園などには、私もすべて足を運びました。当時の模様に思いを馳せ、感慨深いものがありました。 現在、バークレーにもサンフランシスコにも、創立者・池田先生を心から尊敬しているアメリカ人の方々が大勢います。そのだれもが、この「新世界」の章に描かれている創立者の世界平和への理念、指針を胸に、地道な対話運動を続けています。こうした方々と知り合い、友情を深めることができたことは、研究上の成果に優るとも劣らない、得難い財産となったと確信しています。 |
|
|---|
日本語研究が専門なのに、どうしてアメリカに行く(行った)のかとよく訊かれますが、言語学は非常に幅が広く、科学としての質だけを論ずれば、社会科学における社会学、法律学、政治学、経済学といった多様性にも匹敵するような多様な部門を包含しています。音韻論、形態論、統語論などは、日本語、中国語、英語といった個別言語ごとに研究が進められていますが、今私が取り組んでいるのはその対極にある語用論という、純然たる意味の研究とも言える分野で、個別言語ごとの差異が小さく、あらゆる言語に普遍的な要素の方が大きいのです。私は日本語の文法研究から出発していますが(言語学の部門で言うと統語論)、元々語用論志向が強く、サールの理論からも大きな影響を受けていました。
J・R・サールは、本年で74歳を迎えていますが、UCバークレーの哲学部の看板教授としてまだ現役です。彼は「発話行為論」を、確立した人物として知られています。英国の言語哲学者オースティンは、人間が言葉を用いて行う行為(例えば、約束、依頼、謝罪など)の特質を優れた理論構築で記述しましたが、サールはそれを大きく発展させ、そうした発話行為群が遂行されるのはどのような発話状況においてなのか、話者間の人間関係や利害や前提知識はどうでなければならないのか、などを緻密に立論しました。その結果、人間における言語の位置を論じた言語哲学と、言語の内部構造を論じた言語学とのあいだに橋を架け、両者を大きく近づける役割を果たしたのです。
私は今、人間がどのようにしてコミュニケーションを成立させているのか、その全体像の把握に取り組んでいますが、この研究目的を一つの山に喩えるなら、その山を私は日本語の統語論の入口からトンネルを掘っていて、そして、その手を一旦休めて反対側の発話行為論という入口からトンネルを掘っているサールのもとに行き、二つのトンネルが山のど真ん中で一つにつながる可能性があるかどうかを質問してみた……それが、この一年間の在外研究だったと言えるでしょう。
|
渡米した春学期には、サールの「The Philosophy of Language(言語哲学)」という名の講義、8月下旬からの秋学期には、「The Philosophy of Mind(心の哲学)」、認知言語学の大家であるG・レイコフの「Cognitive Science and Philosophy(認知科学と哲学)」などを聴講させて頂きました。 アメリカの大学はどこでもそうですが、講義は週2回の講義を1セメスター(約4ヶ月)のあいだ集中的に行います。この1科目が4単位分に相当します。その1セメスターの間にレポートが4回課せられ、期末には試験もあります。さすが全米を代表する大学だけのことはあり、この高度なレベルの講義にも学生はよく食らいついていました。 |
UCバークレーの学生祭の風景。吹奏楽団とチア・リーダーが楽しく演技。 |
|---|
まずは講義に出席している学生たちの姿勢に驚きました。講義は出席をいっさい取らないにもかかわらず、約200人程度入る大講義室は毎回ほぼ満員でした。ただ単に教授が有名だからというのではなく、講義自体が知的刺激に満ちていて、学び甲斐があったからだと思います。講義中に居眠りをしている学生はほとんど皆無でした。いつも近くの席に座っていたメキシコ系の女子学生は毎回ノートパソコンを講義に持ち込み、詳細なノートを取っていたので、てっきり哲学専門なのだと思っていたら、聞いてみると彼女の専門は生理学で、この講義の受講は自分にとってチャレンジだと言っていました。
いずれの講義においても教授はまず自著を指定して、来週はその第何章の話をすると予告します。教授は自著の内容を語るわけですから、原稿などを見ることなく、立て板に水の勢いで語り続けます。学生もどうやらその著書を読み、さらに思索してきているらしく、教授の話に非常によく集中しているのがわかります。講義中のどのタイミングでも、学生はどんどん手を挙げて質問をします。教授はどの質問に対しても丁寧に、かつ、待ってましたと言わんばかりにすらすらと答えます。それはそれは刺激に満ちた内容でした。特にサールは73歳の年齢にもかかわらず、90分間立ったまま、すごい勢いで話しつづけるので、その元気さ、頭の回転の速さは、舌を巻くほどでした。
この経験から私は、UCバークレーの教育は、教授への強い信頼感を前提とした学生の自発能動にあると実感しました。また、私自身の講義を反省し、改善していくためのよき機会となりました。何と言っても、自身の考えを著書にして著し、それを教材にして講義を行うことの必要性を痛感しました。私は現在、二冊目の著書を執筆中です。日々多忙で執筆時間の確保そのものに悪戦苦闘していますが、学生のために何としても書き上げなければと決意しています。
|
四月に渡米した直後、すぐにサールの研究室を訪ねましたが、大変気さくな方で、温かく歓迎してくれました。その際、講義聴講の許可を頂いたほかに、私の研究にも関心を持ってくださり、半年後を目標とした論文提出の指示とともに、その論文へのコメントを確約してくれたのです。 その論文“The Comparison between Speech Act and Speech Function(発話行為と発話機能の比較)”が完成したのは11月初頭でした。一週間後サールは、カセット・テープに録音した肉声のコメントをくれました。コメントは12分間に及ぶもので、論文全編のほぼすべての章節に対する詳細なものでした。どうしても理解できない部分については後日、研究室に質問に行きましたが、それも含めてこのコメントは私の研究のうえでたいへん貴重なものとなりました。これによって渡米の所期の目的の8割以上は達成されたと言っても過言ではありませんでした。 |
セイザー・タワーから見下ろすモーゼス・ホール。サールの研究室はこのホールの1階、セミナー室は2階にあった。 |
|---|
コメントを踏まえて書き直した論文は、日本プラグマティクス学会の学会誌“The Journal of the Pragmatic Association of Japan”に投稿し、2006年11月に刊行された第16号に採録されました。帰国直前の3月には、その内容の一部を、第5回実用日本語言語学国際会議(サンフランシスコ州立大学)において、“The Expressions which attribute benefit in Speech Functional Theory(発話機能論における与益表現)”と題して発表しました。
サールによる大学院生対象のセミナー(日本で言うゼミナール)にも出席させていただきました。ここには大学院生だけでなく、他の教授なども多く参加しており、私と同じく客員研究員だった中国・東北師範大学の学院長や、台湾国立政治大学の助教授とも、このセミナーを通じて親交を持つことができました。
サールがセミナーで提示した文献資料は彼自身による執筆中の論文草稿でした。それは人間の身体の成り立ちや、人間の行動様式のありさまなどを丁寧に記述したもので、70歳を過ぎても発展しつづけるサールの人間学の最新の思索が盛り込まれていました。彼はこの論文を絶対に引用しないようにと念を押しながらも、思索の深化のために、院生や研究者仲間の意見を聞きたかったようでした。彼のセミナーで得た刺激は、私自身が今後、創価の人間哲学について論じる際の良き指標となることでしょう。
| アメリカ滞在中の8月下旬には、9年ぶり3度目のキューバ訪問を実現することができました。主目的は、ハバナ大学を訪問し、学生の交換留学についての打ち合わせを行うことでしたが、私にとってキューバ再訪は個人的な悲願でもありました。その原点は、1995年、96年と、2度のSGI青年キューバ訪問団に参加した際の、感動的な体験にありました。彼らの音楽や舞踊などの芸術レベルの高さ、スポーツ施設や教育機関、医療施設などの充実ぶりに触れて、圧倒されたのです。同国のハルト文化大臣(当時)をはじめとする要人たちは、キューバが長年、経済的な苦境にありながらも、キューバ革命の英雄ホセ・マルティの精神のままに人道大国を目指し、教育・文化・芸術・スポーツに力を入れ、“人”を育ててきたこと、そして、そのことを誰よりも深く理解し、ホセ・マルティと共通の人道主義を持っているのが、本学の創立者・池田大作先生であることを、口々に語ってくれました。私はこの経験を通じて、精神の尊厳は、国家や思想信条を超えて共鳴しゆくということ、その共鳴を拡げゆくことが創立者の平和行動であることを実感しました。<創立者は96年6月にキューバを訪問。ハバナ大学名誉文学博士受章、同大学での講演、カストロ議長との1時間半に及ぶ会見等が行われています。> |
キューバSGIの座談会に参加 |
|---|
以来私は、授業の合間などにこの感動的な体験を創大生に語ってきました。そして、キューバの人々との再会を念願してきたのです。その思いが実り、今回はキューバSGIのアデルモ支部長、ジョアネ婦人部長を訪問し、座談会にも出席することができました。この地でも、アメリカと同様に創立者を心から慕う人々が地道な対話運動を続けていました。アメリカ人は現在、キューバへの渡航が難しい状況にありますが、私がバークレーで出会った友人たちは異口同音にキューバの人々への親愛の情を語ってくれました。それはまさに政治的対立を超えた精神の尊厳への共感でした。私がその思いをキューバの人々に伝えると、彼らも笑顔で受けてくれました。その光景を忘れることなく、両国の人々が握手できる日が訪れることを、今後も祈っていきたいと思っています。
本年1月1日には、キューバSGIが仏教団体としては同国で初の法人認可を受けました。社会主義国としては異例のことですが、これも創立者・池田先生の理念が思想・信条を超えた普遍性を有していることへの深い理解と信頼があってこそのことです。心からの祝賀を申し上げたいと思います。
|
サンフランシスコ空港からアメリカ創価大学(以下、SUA)に程近いジョン・ウェイン空港までは飛行機で約1時間の距離にあります。渡米当初、SUAには3度は訪問したいと思っていましたが、その願いどおり、2005年5月、8月、そして2006年2月と、3度の訪問を実現することができました。 5月はSUA環太平洋研究センター主催のシンポジウムに参加するとともに、国際学生祭にも出席し、学生たちの活き活きとした演技を拝見することができました。8月はプライベートの訪問でしたが、学生の案内によるキャンパス・ツアーに参加、SUAのスタッフの方々と親交の機会も得ることができました。 そして2月には、SUA日本語プラグラムの招聘により、"The Function of Language in Communication"(コミュニケーションにおける言葉の機能)と題して講演を行いました。UCバークレーと同様、活発な質問が次々と飛び出し、英語での講演が初体験だった私にとっては嬉しい悲鳴でした。 3度のSUA訪問を通じて、開学4年にしてリベラル・アーツ・カレッジとして、期待された以上の大きな成果を挙げた理由がよくわかりました。それは、教授と学生の距離が非常に近く、一人一人の学生に対する指導が非常にきめ細かいことです。創立者が示された建学の精神のままに、世界平和に寄与できる人材を目指す学生の強い意志と、人材を育てようとする教授陣の情熱が見事にかみ合っていることが実感できました。 3度の訪問でお世話になった羽吹学長、フィーゼル教務部長、へフロン学生部長、日本語プログラムの松本準教授、リグス助教授、見山講師ほか、SUAスタッフの皆さんに心から感謝しています。 |
SUAのファウンダーズ・ホールを正面から撮影。 |
|---|
| とりとめもなく綴ってまいりましたが、さいごにお世話になった方々への感謝を述べたいと思います。上にお名前を挙げた方以外に、アメリカSGIのアキコ・ルックさん、UCバークレー学生のジョージ・カワモトさん、藤井光城さん、その他多くの方々のご助力により、一年間の在外研究を実りあるものにできたことに心から感謝しています。快く送り出して下さった創大教職員や学生の皆さんにも感謝しております。そして何より、渡米中、たびたびのご報告に対してその都度激励のご伝言を頂いた、創立者・池田大作先生に心からの感謝を申し上げ、この文章を終わりたいと思います。 |
金門橋をバックに。左から、藤井光城君、アキコ・ルックさん、山岡。 |
|---|
|
やまおか まさき/ (好きな言葉) 「一生戦い、人生は」 (性格) 馬鹿正直で要領が悪いところが長所でもあり、短所でもあります。 (趣味) クラシック音楽鑑賞、スペイン語学習 (推薦図書) ユゴー著「九十三年」 |
|---|