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【vol.100】就職:P&G

坂口 祐貴 経済学部37期 ガーナ大学交換留学

 海外留学経験者の有志で構成される創価大学ワールド会の代表を務める坂口さん。高校2年生で「子供たちのアフリカ」という本に出会い、自分に何ができるのかを考えるようになったと言います。現地アフリカでは、キャンパスや道端で出会ったおじちゃん、おばちゃん、子供たち、そしてタクシーのドライバー、出店で働く人々と言葉を交わし、友情を深め、東日本大震災のニュースが世界に流れると、アフリカから安否を確認する電話が鳴り続けたと言います。また、出会った子供たちの多くがサッカー選手になりたいとの夢を持っていることを知り、「翼アカデミー」というサッカーの学校を設立。入校を希望する子供たち一人ひとりと懇談し、選抜、今もその時の子供たちの記録を記した名簿を大切に保管しています。現地の人たちの支えと共に、そこで働く日本の方々からも融資を得ることができ、今も、子供たちが喜々として練習に励んでいるといいます。
 坂口さんに、留学での体験、就職、そしてこれからについて聞きました。

★就職内定おめでとうございます!

・・・ありがとうございます。創価大学での4年間、留学したアフリカでの1年間で、様々な経験をすることができました。アフリカにどう関わって生きていくかを留学に戻ってからの1年間考えてきましたが、国連やJICAはもちろん必要です、その上で、内から発展させていくにはビジネスではないかと思うようになりました。国際企業P&Gでしっかりと働いて思いっきり力を付けて、将来アフリカで起業したいと考えています。

ガーナ、アクラ市のニマにある孤児院にて

★アフリカでの10カ月間はいかがでしたか?

・・・行く前は、アフリカの治安の悪さやエイズなどの病気など、ネガティブなイメージに不安がありましたが、実際に行ってみたら、人が輝いていて、人と人の心の距離が近くて、ガーナの人たちが本当に好きになりました。現地では、自分の中に壁を作らないようにつとめました。村とかに行っても、ツアーでの表面的なものでなく、村の人たちに会いに行きました。近年教育が進んでいるので、子供たちは英語をしゃべります。ですから、子供たちをつかまえて通訳者になってもらって、道端のおばちゃんとかに話しかけるんです。そうすると、“日本人とかで、ここまで来て自分たちを理解しようとしてくれた人はいない”と本当に喜んでくれました。最初は通訳の子供は一人なんですが、そうやって話しながら歩いているうちに、子供が30人位にまでなって、ゾロゾロ歩いていました(笑)。自分の留学は“人の中に入っていった留学”でした。発展途上国に住む人口は、世界の人口の約7割を占めます。日本に住む自分は3割の世界にいたわけです。“人の中に入っていって学ばせてもらった”というのがこの留学での実感です。水も食べ物も現地の人たちと同じもの、移動手段もコミュニケーションの取り方も、それぞれの地域の言葉もどんなに少しでも使えるように努力しました。そんな中で、最初の3カ月間はずっとお腹を壊したり、5日間入院したり、500mlのペットボトルの水で体中が洗えるようになったり、サッカーの学校を作ったりといろいろな経験をすることができました。

★現地の方々とコミュニケーションを取ること、友情を築いていくことに最初から何も問題はありませんでしたか?

・・・最初は表面的な付き合いしかできませんでした。学ばせてもらおうと思ってアフリカに行きましたが、当初は、完全に日本での常識が自分の常識でしたので、友人との待ち合わせで1時間待たされた時には、本気で怒ってしまいました。日本の感覚を押しつけていたんですよね。気がついた時には、自分にショックでした。“世界市民”って何だろうと悩みました。そんな中で、まずは相手の文化を受け入れようと決めました。それからは、相手が遅れても大丈夫になりました(笑)。言葉も相手によって変えるようにしました。同じ英語でも、ガーナ英語、アメリカ英語、イギリス英語、全部違います。ガーナには40以上の部族があり、それぞれの部族が独自の言葉を持っていますので、それぞれの地域を訪れるときには、タクシ-の中でドライバーから現地語の特訓を受けます。マーケットに行って、現地語で、ディスカウントすると喜ばれるので、どこに行っても、「こんにちは」「これいくら?」「高いなあ」「安くできる?」この4つは必ずマスターするようにしました。その会話で心の壁はなくなりますので、あとはいくらでもコミュニケーションを取ることができます。

★現地でサッカーの学校を作ったんですよね。

・・・はい、翼アカデミーというサッカー学校をヴオルタ州に作りました。私のガーナの母である親友のお母さんがいる地域で、お母さんの助けもあって校舎もグラウンドも無料で提供してもらえることになったんです。子供たちに会うたびに、いつも彼らの“夢”を聞いていました。みんなの答えはいつも“サッカー選手になること”でした。皆、ボロボロの服を着て、サッカー選手どころじゃありません。それで、サッカーアカデミーを始めようと思いました。学校をスタートさせる時には希望してきた50人全員と面談を行いました。全員の状況をよく理解した上で、入学者を決めました。今でも面談した全員の詳細を記入した面談書と顔写真を持っています。ガーナにもJリーグの1部リーグがあって、そこでチームを持っている日本人の方から電話をもらって、つばさアカデミーの概要や目的、運営方法、活動などをプレゼンしました。今ではその方が援助をして下さっています。

★留学の総括とこれからについて聞かせてください。

・・・アフリカでの一人ひとりとの出会いが大切でした。3月11日の東日本大地震の時には、そのニュースが世界中を駆け巡ると、アフリカからもしばらく電話が鳴りやまなかったほど、国際電話がかかってきました。ガーナ大学の中のマーケットの屋台のおじちゃん、おばちゃんからも、タクシーの運転手さんたちからも、アフリカのあちこちで出会った友人たちからも、“大丈夫?”“水を送ろうか?”と心配して電話をかけてきてくれました。国際電話はとても高いです。電話をもらったこちらが心配になりますが、その心の優しさに本当に感動しました。将来、アフリカでビジネスを起こせる力をしっかりとつけ、多くのことを教えてもらったアフリカに、必ず恩返しをしていきます。

ワールド会のみなと


さかぐち ゆうき/ 
(好きな言葉)波浪は障害に遭うごとにその頑固の度を増す
(性格) 考える前に行動
(趣味) ツーリング、ドライブ
(最近読んだ本) ホイットマン『草の葉』

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