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【研究紹介】「教育哲学」とは?教育学の視点から、社会が抱える課題解決へのアプローチを探る!(2017年4月28日)

井手 華奈子

教育学部児童教育学科/准教授

研究活動はほぼ英語でしているという。海外の大学へ行き、 “生身の人間”とディスカッションすることが「教育哲学」の分野では欠かせない作業で、それが何よりの喜びと語る。芸術に関しても鋭い視点を持つ。民主主義及び平和実現のためには芸術が必須で、「究極の曲芸」との接点を見いだして言語化への試みを模索し続ける。趣味は手紙を書くこと。折に触れてアーティストや多くの友へペンを走らせる 。

【経歴】
創価大学、University of Illinois at Urbana-Champaign卒業(Ph.D.)、 Teachers College, Columbia University in the City of New York (Visiting Scholar, Fall 2014)、 McGill University (Visiting Professor, 2015)、 Stanford University (Visiting Scholar, Fall 2015 & Spring 2016)

最近も海外の学会へ行かれていたようですが。

研究室には、現在活躍中の研究者の本が並ぶ

研究室には、現在活躍中の研究者の本が並ぶ
 南太平洋のフィジーで開催された国際会議に参加しましたが、どこへ行ったかではなく誰と何を話したのかが重要だと考えます。私の研究分野は「現代教育哲学」にあたるので、論文や著作を読んだうえで、著者に直接会いに行って話をするという行為がとても大切です。例えば、研究室に並んでいる本は、現在生きていて活躍している研究者の本が多いです。哲学書というと、何世紀も前に書かれた書物が思い浮かぶものでしょうか。私の研究は、現在起こっている問題に対峙し未来に向かって最善をつくすために知恵を絞るということが研究の根幹にあり、教育学的視点によって社会貢献したいというメンタリティー(知性、知力)やアティテュード(態度、姿勢、考え方)を持った人物と話すことが外国へ赴く主な理由です。

研究テーマは民主主義教育とか平和教育ですね。

イリノイ大学のジェームズ・D・アンダーソン博士からのメッセージ

イリノイ大学のジェームズ・D・アンダーソン博士からのメッセージ
 はい、民主主義教育と平和教育、これらのテーマを教育学的な視点から解釈する研究をしています。平和や民主主義という国際的な課題は、政治や経済上の問題として理解され解決策が論じられることが一般的ですが、教育学的な視点とそこからの解決策というものもあります。経済・政治的には解決が極めて難しい問題を教育学的に再解釈することで、新しい解決の道を見つけていく、そういった研究です。

平和教育について詳しくお聞かせください。

アーティストたちと

アーティストたちと
 平和を実現するために最終的に人間が必要とする教育的経験とは何か。私の仮説は「芸術」です。この仮説を検証するために、カナダのモントリオールに拠点を置くエンターテイメント集団、シルク・ドゥ・ソレイユの芸術監督であるファブリース・レミール氏と共同研究をすすめています。
 民主主義とか平和って、社会的には究極の曲芸、なしえることが極めて難しい、絶妙なバランス感覚が求められる状態を指すと考えます。レミール氏が創造するパフォーミング・アーツは、民主主義や平和を実際に体感させてくれるものなのです。
 シルク・ドゥ・ソレイユのショーの場合、一つのショーには数十か国の人が集まっており、皆、言語もバックグラウンド(背景)も異なります。ジャグリング(様々な物体を巧みに操る曲芸)のプロにワールドチャンピオンとしてメダルを持っているような元体操選手、歌手やバトントワラーに縄跳び師やピエロ等、全く違った技能をもった人が協力し、そして文字通り命がけで、観客を夢中にさせ、同時に双方が心を震わせて感動できる「空間」を創造していきます。この「過程」と「空間」において人々が体感していることを平和教育や民主主義教育という視点から理解したいと考えています。

言語・言葉とパフォーミング・アーツとの関係については?

 講義も研究諸活動も言葉を使っておこないますので、私にとって「ことば」は生命線です。それに対して、パフォーミング・アーツは言語では表現できないことを体現し人々を感動させますので、表現手段としての言葉の限界を教えてくれる「教師」のような存在でしょうか。
 また、私は常にメモを取りながらショーを観察しているので、ショーが終わったあと、「サーカスの人」だと間違われて興奮した観客によく握手を求められます。「素晴らしかった!この感動をバックステージ(舞台裏や袖、楽屋)に戻ったら是非アーティスト達に伝えてほしい!」とお願いされるのです。そうした時、パフォーミング・アーツは、言語表現の可能性について教えてくれる「教師」だなと感じます。なぜなら、観客がショーから享受した感動がいかなるものであったのかをアーティストたちに正確に伝えるために、私は熟考しそして心を込めて言葉で表現することになるからです。

教壇に立つ教員としてアーティストから学ぶことは何でしょうか?

サーカス集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」※中央下は卒業生の絵画

サーカス集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」※中央下は卒業生の絵画
 彼/女らは実際何でもできるんです。逆立ちしながら逆立ちしている人を担いでクルクルと回りながらぴょんぴょん跳ねることがいつでもできるんです。命がけのアクロバット・パフォーマンスは日常であり、平常心でやってのける。そんな人達の中にいると、私は大学では先生と呼ばれたりしていますが、実際は何もできない存在だなと思い知らされます。
 また、レミール氏は「これをやってほしい」とアーティスト達には指示を出しません。彼は、芸術監督としての自分の役割をアーティスト達が持つエネルギーを感じて、そのエネルギーがステージで一番美しく輝くように導くことだと考えています。この点は、大学で講義をするうえで大変勉強になっています。
 創価大学の教育学部、特に児童教育学科の学生さんは「いい先生になりたい」「よい教育について考えたい」との大変質の高いモチベーションを持って入学されます。そうした彼/女らの発するエネルギーを美しく燃焼することは大変難解な仕事です。彼/女らが、こんな理論やあんな技術や手段を知ったということもさることながら、自分が創価大学で勉強をしたいと思ったエネルギーそのものが、大学の講義において美しく昇華したと実感できるような教育的経験を提供してこその大学教員だと考えます。

イリノイ大学で修士と博士の学位を取得されました。経験したことをお聞かせください。

母校の関西創価高等学校

母校の関西創価高等学校
 初等教育に大きく興味を持ったのは、小学3年生の時の担任の先生がとても素敵だったからです。今でも彼女のようになりたいという憧れがあります。また、人生の礎となっているのは関西創価高校での3年間です。多くの先生、友人との出会いを通して、夢や目標にむけて行動することの大切さを学ぶことができ、大きな財産となっています。創価大学の専任教員の中で、関西校出身の女性教員であることは私の誇りでもあります。
 イリノイ大学では生き方を教えてもらったと思います。何に関心をもって人生を生きていくべきなのかを教わりました。

イリノイ大学の友人や先生と

イリノイ大学の友人や先生と
もちろん研究自体も重要でしたが、私が所属した教育政策学科が素晴らしいコミュニティーだったのです。学科長のジェームズ・D・アンダーソン博士が黒人としてアメリカの大学の要職に就いたパイオニアの一人であったため、彼の精神に共感したマイノリティのアメリカ人に囲まれていました。理不尽な差別に耐えながらチャンスをつかみ手に入れた博士号で社会を善くするために貢献したいと本気で考えている友人たちとの出会い、そして励まし合った大学院時代は、私にとってかけがえのない学習経験でした。

フランスの詩人、ルイ・アラゴンは「教育とは、希望を語ること」と呼び掛けています。

学生たち1(学期の初日に緊張した面持ちで)

学生たち1(学期の初日に緊張した面持ちで)
 小学校や中学校の教師になりたいと思っている学生さんを教える上で、私が重要だと思っていることは「両方抱えている」ということを冷静に認識させることです。希望も絶望もどちらもあるのです。教育は未来に向かってのアプローチなので、どうなるか分からないという未来への不確定要素を受け入れなくてはいけません。
 明るい未来が待っているかもしれないけれども、大きな試練が待っているかも知れない。この不安定さに耐えられるような強靭な精神が必要でしょう。医師のプロフェッショナル精神と教師がもつべきプロフェッショナル精神は似ているのかもしれません。

学生たち2(学期の中頃の様子)

学生たち2(学期の中頃の様子)
 「教育とは、希望を語ること」─。確かに希望の方にかけるのが教育学であると思いますが、善くなるか善くならないかは分からない、下手をしたらこれは決定的にその人の人生を駄目にしてしまうような、たとえ教師の側が善意でいっぱいであったとしても、という危機感や謙虚さは教育者には常に必要なのではないでしょうか。こうした考え方は、スタンリー・カヴェル氏や齋藤直子氏が主張していることです。

好きな言葉「黄昏に飛び立つミネルヴァの梟ではなく、夜明け前に羽ばたく燕のようでありなさい」について。

 イリノイ大学時代のアドバイザーのウォルター・ファインバーグ博士の言葉です。彼の人柄がしのばれる、飾らないながらも大変重みのある核心をついた言葉だと思います。「最近読んだ本」の中の一節ですね。この本のなかで、ファインバーグ博士は、教育哲学とはどういう学問であるべきかを論じています。ヘーゲルは、哲学とはものごとが終わった後に飛び立つミネルヴァの梟のようだと解きましたけど、ファインバーグ博士は、教育哲学には今起こっている出来事のさらにずっと先にある未来に責任があると主張します。たとえ耳を澄まさないと聴こえないような小さい声しか発せられなくとも、前衛性のある思想的貢献を心がけよと教わりました。
 さらに、重要なのはスキルや技術ではなく「思考という体幹」だと私は考えます。ものを考える態度であったり、本を読む姿勢であったり。大学の講義では、教育学に立ち向かう姿勢や態度を学生達と一緒に常に学習していると言ってもいいかも知れません。

小学生らを対象に行った民間会社のアンケート調査によると、「大人になったらなりたいもの」に「学者・博士」「学校の先生」が上位を占めています。

元気なゼミ生たち

元気なゼミ生たち
 日本の学校教育のよい点なのだと思います。学校の先生になりたいって子どもたちに思われるような学校教育が少なからず継承されているということは、素晴らしいことだと感じます。
 学校教育の現場にはさまざまな問題がありますが、それでも子ども達が学校の先生にあこがれを持てるということは、最前線の先生達が子どもをごく身近で日々愛して接していらっしゃるからでしょう。
 昨年度、教育学部にカナダから海外招聘講師としてお越しくださった先生の言葉を思い出します。彼女は、ご自身の創価大学での教育的経験を以下のように語っておられました。「みんなが大学を愛しているとき、学校は安心感や幸福感に包まれた場所として存在できるんだということを創価大学で実感しました。」

学生へのメッセージをお願いします。

合同ゼミ合宿

合同ゼミ合宿
 学生の皆さんの前途には、思いもよらない未来が待っています。私自身、小学校の先生になりたいと思って創価大学に入学しました。いまだに小学校の先生になることは私にとって「夢」です。ですから、教育学部の卒業生を「うらやましいな」と言って送り出します。思いもよらない未来が待っていることへのワクワク感を味わうとともに、厳しい現実に怖気づかない勇気も大切だと思います。
【最近の著作】
Kanako Ide,“Rethinking the Concept of Sustainability: Hiroshima as a subject of peace education,” 『Educational Philosophy and Theory』(二重括弧内イタリック) 49, no. 5 (May 2017) :521-530.