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2019年12月19日

21世紀の平和と国際法の接点を探る ━「人間の安全保障」実現へ、人間主義に立った平和の理念、思想を今こそ

創大Lab編集部

中山 雅司 法学部法律学科 教授
「国際法」、「人間の安全保障」といわれても、馴染みが薄い人が多いのではないだろうか。しかし、理路整然とした話を伺うと納得がいく。「現実に生きた法として国際社会を映し出す鏡」で「研究しがいがある」との言葉に込められた熱意も伝わる。若かりし頃、挫折を味わう一方、有為な人材輩出という実績と旺盛な探究心に裏打ちされた幅広い知識の篤学の士。教え子の成長ぶりに目を細める姿が印象深い。

研究にあたって、どんな問題意識を持ち続けているのですか?

ハーバード大学にて
ハーバード大学にて
私の専門は国際法、平和学、さらに国連の研究です。世界の平和に国際法がどう貢献し得るか、という問題意識で研究していて、「法による平和」について関心があります。
平和の定義は難しいですが、人間主義というか、人権や人道に基づいた、あるいは人間の尊厳が守られるような世界。これが本当の意味での平和であると思うので、そういう世界に国際法がどう貢献できるか。これが大きな問題意識です。
「国際社会は弱肉強食、駆け引きと暴力が跋扈(ばっこ)する不条理の世界」です。これは、東京大学の国際法学者で昨年亡くなられた大沼保昭先生が遺著『国際法』で述べられている言葉です。今の世界は、往々にして力が中心で動く傾向性がある。弱肉強食で弱いものが報われない不条理なところがある。米国のトランプ政権もそうですし、中国の台頭とか北朝鮮や中東とか、世界は複雑で混迷を深めています。
また、グローバリゼーションが進む中で貧困や格差も広がっている現状があります。気候変動の問題も深刻です。なぜこういう世界になったのか。長期的なスパンで考えると、一つには、17世紀半ばにでき上がった今の国際社会の枠組みがあると思います。つまり、国家が横並びで上に政府や公権力がない世界です。主権国家体制といいますが、そのウェストファリアシステムという構造的な問題があります。 
それから、ヨーロッパに始まり広がった国際社会が大国や欧米の価値観を中心に発展してきたということ、さらには産業革命以降の科学技術の発展があります。たしかに、科学は人間に豊かさと便利さをもたらしましたが、同時に諸刃の剣です。使い方を誤ると非常に危険でもあるわけで、科学万能主義や経済至上主義も近代の一つの特徴です。
こうした中で「戦争と暴力の文化」が築かれてきた。核兵器などは、その最たるものでしょう。人間の科学技術の最先端が人類を破滅させることになるという矛盾がある世界で、法は何ができるのか。「戦争と暴力の文化」をどう「平和と人権の文化」に転換するか。これを大きな問題意識として持ち続けています。

平和について考えるようになったきっかけは?

ケニアのナイロビ大学での授業
ケニアのナイロビ大学での授業
実はアフリカとアメリカ、両方の国で教育や研究をする機会がありました。アフリカはケニアに行っていました。ここでは、ある意味で世界のなかでも苦しんでいる人たちの姿を目の当たりにしました。貧しさや社会の不安定とか。
他方で、アメリカは超大国として世界に大きな影響力がある。その国でも学ぶことができ、両方を見られたことが私にとって一番のいい経験でした。世界の現実がよく分かったというか、この差は何なんだというところが問題意識になって、世界の現実は厳しいものがあると感じました。これが平和について考えるようになったきっかけです。

「人間の安全保障」と国際法のあり方、役割について教えてください。

韓国済州大学で
韓国済州大学で
私の研究は安全保障の分野からスタートしたんです。25年ほど前に「人間の安全保障」という新しい安全保障観が登場したのですが、これに非常に関心をもっています。人間の安全保障というのは、分かりやすくいうと、人びと一人ひとりに焦点を当て、人間の視点から平和を再構築するという理念、思想でもあるんです。これを規範という形で広げていくことが大事だと考えています。
単なる理想とか理念ではなく、拘束力をもった規範にしていくことで世界が少しずつ変わっていくんじゃないか。これが国際法の役割だとも思っています。そうなれば国際法を超えて「世界法」と呼びうるかもしれません。
韓国済州大学シンポジウム
韓国済州大学シンポジウム
国家間の利害調整だけではなくて、国家を超えた利益。それは人権や国際正義ということかもしれないですが、その実現のために国際法が発展するとすれば、それは望ましい方向でしょう。それが本当の国際法のあり方じゃないかと考えています。
2年前に採択された核兵器禁止条約は、まさにそういう条約です。条約は国際法の重要な柱ですが、国家の安全保障のための必要悪ではなくて、核兵器の非人道性に着目し、人間の視点から核兵器は絶対悪で、廃絶しなければいけないということで、市民社会とかNGOが大きく寄与して条約の採択にこぎつけた。もちろん、まだ発効していませんし、発効しても核保有国は入らない可能性は高い。
しかし、条約ができたことで、核兵器は「悪」であると烙印を押す。そういう意味合いがある。これを足掛かりに核兵器のない世界に向けて進めていくことができる。その意味では大きな意義があります。今年5月に韓国の済州大学で行われたシンポジウムでは、「21世紀の平和と国際法-人間の安全保障のための世界秩序構築を目指して」というテーマで発表させていただく機会がありましたが、それもこのような問題意識に立つものでした。

法学部の授業やゼミでも「人間の安全保障」について取り上げているのですか?

人間の安全保障フィールドワーク
人間の安全保障フィールドワーク
ええ、そこをキー・コンセプトにして、学部としても「国際平和・外交コース」を新たに作りました。そして、「人間の安全保障論」をはじめ、人間の安全保障フィールドワークとか、ワークショップとか、新しい科目を設け、理論だけじゃなくて実務家の方をお招きしたり、逆に学生がグループで都内に出向いてインタビューしたりとか、そういうアクティブな授業もスタートし、学生に肌で平和というものを考え、また、体感してほしいと、教育面でも力を入れています。
ゼミでは、SDGs(持続可能な開発目標)は世界的にも話題ですが、ここ数年は、「SDGsと人間の安全保障」というテーマでグループごとにSDGsのさまざまな目標についてリサーチをして夏休みに合宿。そこでプレゼンを行い、パネル展示という形で大学祭で発表をする。さらに、大学祭後にゼミ論集という形でまとめる。こういう一連の作業も毎年続けています。
学生に、平和とその役割について考える機会を与えたいとの思いからです。ゼミを担当して以来、約25年間、こうした取り組みは一回も欠かさず続けています。
4年生は、卒業論文という形で各個人が自分のテーマに基づいて書く。これも毎年続けていて、卒業論文集として残してあります。

国際法は一般的に馴染みが薄いと思われがちですが、実際は面白い学問で勉強しがいがある、といった場合、どんなことがいえますか?

モスクワ大学での円卓会議
モスクワ大学での円卓会議
国際法は「世界の共通言語」といえるでしょう。面白さには3点ありまして、1点目は、ダイナミックな法であるということです。国際法がカバーしている領域は、地球全部です。もっというと宇宙もそうで、国際法がルール作りをしています。海はもちろん空もそうです。そこに惹かれたというか、非常にスケールが大きい法だというところが面白いですね。
国際法は科学技術の進歩と大いに関係しています。技術が進歩すると人間の手がどんどん届いて広がっていく。そこに争いや対立が生じてくるので、ルールづくりが必要になる。科学技術の進歩に伴って国際法の対象領域も広がっていく、というわけです。
最近でいうとサイバー攻撃とかAI兵器などです。こういった新しい問題が出てきていますが、法がまだ追いついてない。早急にルール作りをしないと危険な状況にもなります。 
モスクワ大学での国際会議の折
モスクワ大学での国際会議の折
人工知能が勝手に判断して攻撃する自律型致死兵器システム(LAWS)。こういう兵器の開発が進んでいて、放置しておくと、勝手にロボット同士が戦争する。標的として何の罪もない人間を攻撃するということもあり得るので、それを規制するための議論も始まっています。
2点目は、先にも述べた通り、もともと私は平和問題に関心がありましたが、それを考える上では国際法は不可欠であると思います。国際法と平和学の接点を探りたいというのが問題意識としてあり、法による平和、あるいは国際社会における「法の支配」。これをどうするか。そのために不可欠なツールだという魅力、強み。これもあると思います。
3点目は国内法との違いです。もちろん国内法は大事ですし、国内法の基盤の上に国際法もあるわけですが、国内法と比べると国際法は非常に未熟な法です。国内法は政府とか権力があるので、立法機関や裁判所も整っていて、それに違反したら罰したり、責任をとらせたりができます。
ところが、国際社会というのは上に権力がない。国際法は国家と国家の間にできる法です。条約は合意した国家しか拘束しない。破った場合、国内だと片一方が訴えると、もう片一方が応じるしかありませんが、国際法は国際司法裁判所(ICJ)がありますが、片一方が訴えても、もう片一方が「嫌だよ」「うちは出ない」と言ったら、そこで終わってしまう。勝手に裁けない限界のある法です。
ここは歯がゆいところでもあるんです。しかし、私が学生に説明するのは、「これは国際法が未熟というよりも、国際社会が未成熟であるためで、社会の構造がそういう構造だからそうなる」と。逆にいうと、国際法を勉強すると、国際社会がよく見えてくるんです。なぜ紛争が簡単に解決しないかとか、平和が実現しないかが国際法を通じて見えてくる。そういう面白さがある。生きた法として国際社会を映し出す鏡みたいな法でもあるので、ありのままの世界を見る目も養えます。

先日、亡くなられた元国連難民高等弁務官の緒方貞子さんは、命を脅かされている少数民族を守るために、人間の安全保障の観点から多大な貢献と活躍をされました。

人間の安全保障フィールドワーク(緒方さん)
人間の安全保障フィールドワーク(緒方さん)
緒方さんとは面識もあり、お話をしたことがありますが、亡くなられて大変残念です。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の高等弁務官を10年間務められて「小さな巨人」といわれた方です。日本を代表するグローバル人材、地球市民でもあり国際人でもあり、私も尊敬しておりました。難民の側に常に立ち続け、現場主義を貫く大切さを教えていただきました。
具体的にいうと、クルド難民の問題が湾岸戦争の後にイラクで発生しました。当初、難民条約の定義だと、難民は国境を越えないと救えないというルールだった。ところが国境を越えようにも越えられない。トルコとかが国境を閉ざして。そのなかでどうするんだということが問われたときに、緒方さんは「そういう定義にとらわれず難民の命を救うということが一番大事だ」と。これが難民条約の理念でもあるし、UNHCRの使命でもあるということで、英断を下して国境を越えて救援に入るんです。ここから突破口が開けて、いわゆる国内避難民に対しても救出はできるという先例を作られた。
杓子定規の法解釈ではなく人間の立場に立って行動された。もっというと、難民の苦しみが分かっていたから、その人の立場で何とか救いたいという思いの結果が行動につながったのではないでしょうか。実は、人間の安全保障の概念を世界に広めるうえで大きな貢献をされたのも緒方さんです。まさに人間の安全保障の思想を実行、実践されたという点では、人間主義に立った国際人であったと心より敬意を表します。

最初から研究者を目指していたのですか?

中学、高校と創価学園出身ですが、創立者・池田先生のスピーチに触れるにつけ平和という言葉が脳裏から離れず、何らかの形で国際平和に貢献したいという思いがずっとありました。
大学は法学部に入ったのですが、最初から研究者を目指していたわけではありませんでした。もともと外交官になりたくて、学生時代勉強を続けていた。その中で国際法に出会い、面白い学問だなと思って大学院にも進みました。
外交官に挑戦したのですが、筆記試験は何度も受かったんですが、最後の面接採用でなぜか落とされて。本当にショックで、挫折感を味わいました。
ゼミ1期生(創大23期生)とのゼミ風景
ゼミ1期生(創大23期生)とのゼミ風景
そういう中で、ありがたくも創価大学からお話をいただき、自分の中で「これが使命なんじゃないか」と素直に思えて、飛びこませていただいた。それがスタートです。
それから、もう33年になります。今振り返ると、研究者という立場ですが、世界平和に貢献したいという目的は変わっていない。そのための研究ができてとても充実しています。
また、教育の面で世界市民を育てる創大ですから、平和に貢献する人材をたくさん送り出せるという、この上ない喜びがあり、「自分にはむしろ向いていた」と感謝の思いでいっぱいです。私の最大の喜びは、平和に貢献できる人材を育て送り出すことですね。

中山ゼミから羽ばたいていった卒業生の進路先やエピソード等があれば教えてください。

ゼミ総会
ゼミ総会
ゼミは創大23期からもたせていただいていますが、卒業生も500名を超えます。手前味噌になりますが、創立者賞、ダヴィンチ賞、シュリーマン賞などの各賞も多くのゼミ生がいただいています。また、Girls20サミット国際女性会議というG20の各国の若い女性代表が集う国際会議が年1回ありますが、この会議の2015年、2017年の日本代表もゼミから出てうれしい限りです。留学に行く学生も多くいます。
そういう経験を経て、いろんな進路にゼミ生が羽ばたいています。外交官は10数名、輩出しています。外交官には私自身が苦い経験をしたので「それを何とか学生のために生かしたい」との思いで、外交官輩出をライフワークの一つと考え取り組んできました。
国連職員として活躍している卒業生もいます。さらにグローバルな企業、国内外の大学院進学、弁護士、検事、国立大学やイギリスのロンドン大学で教えている卒業生。議員や公務員や教員、さらに医師になったゼミ生もいます。(ゼミには)ほとんどの”進路がそろっている”。これが私の宝だと思っています。ゼミ総会も数年に一度行っていますが、教え子の活躍を聞くのが一番うれしいですね。

「グローバル人材」「国際人」について、日ごろ考えていることは?

ケニアにて
ケニアにて
海外に行くことがイコール、グローバル人材とか、あるいは国際人という発想は違うのではと思います。つまり、今いるところが「世界」だと。ですから日本でもいいわけです。海外でもいい。いろんな立場、仕事もありますので、大事なのはグローバルに考えて、今置かれているところで何ができるかを考えて行動していくという、これが本当の地球市民でありグローバル人材だと思うんです。
語学力を磨いたり海外で活躍することはもちろん大切で素晴らしいことです。けれども、海外に行った人、英語がしゃべれる人がグローバル人材みたいな。これは少し単純すぎる話だと思うんです。かつて、元国連事務次長の明石康さんが創価大で講演会をしてくださった。
 
ゼミ合宿での勉強会(33期)
ゼミ合宿での勉強会(33期)
講演が終わって学生が質問したんです。当時、国際人、地球市民という言葉はあまり言われていなかったころで、「国際人って、どういう人だと思いますか」と聞いたんです。明石さんは日本を代表する国際人ですから、非常に興味深く、どういう答えをされるのか注目していました。すると、明石さんは、「いい質問ですね。けれども、私は国際人という言葉はあまり好きではありません」とおっしゃった。意外な回答でした。「英語がしゃべれるとか、海外経験豊富とか、それが国際人ではないんです」「一人の人間としてどこまで苦しんでいる人や、悩んでいる人の力になれるか。こういう人間こそが本当の国際人じゃないですか」という趣旨で、非常に感動した記憶があるんです。深いなと。そういう人材を育てるのが創価大学の使命でもあるとあらためて感じました。「大学は大学に行けなかった人々に尽くすためにこそある」。創立者のこの言葉を自らに問いかけながら、これからも平和の探究と地球市民の育成に尽力してまいります。

PROFLE :

  • 中山 雅司
    [好きな言葉]
    大学は大学に行けなかった人々に尽くすためにこそある 

    [最近読んだ本]
     『仕事と心の流儀』(丹羽宇一郎)、『国際法』(大沼保昭)、『2030年 未来への選択』(西川潤)
    [経歴]
    兵庫県神戸市生まれ。創価大学法学部卒。同大学院法学研究科博士前期課程修了。専門は国際法、国際機構論、平和学。創価大学比較文化研究所助手、ナイロビ大学客員講師、ICU(国際基督教大学)非常勤講師、ハーバード大学客員研究員、創価大学助教授などを経て、2003年から現職。アドミッションズセンター副センター長、創価教育研究所所員。国際法学会、世界法学会、日本平和学会、日本国際連合学会、人間の安全保障学会会員。戸田記念国際平和研究所評議員、東洋哲学研究所委嘱研究員。
    [主な著書・共著]
    『地球市民をめざす平和学』、『人権とは何か』(共著、第三文明社)

ページ公開日:2019年12月19日


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