2018年08月20日 10時02分

留学日記(メキシコ・グアナファト大学. 2018年8月20日)

交換留学日記1:泣き虫学生、初海外、多くの洗礼。

みなさん、初めましてこんにちは!Maoと申します。
私は現在、交換留学生として、メキシコにあるグアナファト大学で勉学をさせていただいております。
学校が始まってようやく1週間が経ち、落ち着いてきましたので、様々なことを写真を交えながら、
いち学生のリアルな留学模様を綴らせていただきます。皆様にとって、何か参考になることを書けているのであれば幸いです。

まず初めに、私について軽く書きます。私自身は海外研修はおろか、海外旅行すらしたことのない日本生まれ日本育ちの人間でした。
そんな私ですが、日本にいた時に英語への勉強に熱を入れており、海外の方と会話ができることに喜びや興味を持ち、第二言語のスペイン語にも
同じく熱意を持ちながら勉学に励んでいました。そんな私は、言うまでもなく次第に海外に興味を持ち、留学を目指しました。

〜出発編〜
話は一気に飛びますが、期末試験や準備をしていると時は過ぎ、気づけば留学出発日になっていました。
いよいよ夢に見た初の海外、勉学第一で、沢山やりたいことや日本で出来ないことをしながら最高の留学にしてやるぞ!
そんな思いを抱きながら、大切な方々へ一時的な別れを告げ、涙を拭いながら、人生初となる国際線の飛行機に搭乗、23時間の長時間のフライトが始まりました。

現状、今までにおいて一番しんどかったのは、この長時間のフライトでした。初めは綺麗な景色を見ながら、機内サービス(映画やシートの広さ、料理の味)の良さに感動していました。しかし、太平洋を渡っている際に夜の時間帯に入り、機内が真っ暗になりました。そんな中、私自身が心配性な性格を持っており、初めての海外ということもあり、不安なことが沢山頭をよぎりました。例えば、トランジットが無事に時間内に出来るのか、ロストバゲッジに遭わないかなどです。そうすると、緊張して眠れない状態に陥るわけです。
心配なことが頭を埋め尽くし、外を見れば真っ暗で、映画を見ても何も面白く感じない状態になってしまいました。そこで、日本にいる大切な友人達からのLINEやメッセージカードを見るわけですが、もう逆効果です。涙が止まらなくなり、まだメキシコに到着すらしていないのに、「私は留学に向いていない、もう日本に帰りたい、もう嫌だ無理だ」といった精神状態になってしまいました。恐るべき情緒不安定さです。私はとりあえず、寝なければ体調が悪くなってしまうと思い、寝ることにだけ専念しました。

そうこうしていると、暗闇だった世界に窓から太陽の光が差し込み、メキシコシティに到着しました。メキシコシティに着くと、甘い香水のような海外特有の匂いが私を迎え、天気が良いこともあり、私の憂鬱な気分を全て吹き飛ばしました。トランジットやミグレーションが無事に終わり、ロストバゲッジに見舞われることもなくグアナファトまで、無事に辿り着きました。

〜悲劇編〜
ホームステイ先までは、グアナファト大学の国際課の方が車を出してくださり、空港から送迎して下さいました。ホストマザーに挨拶をし、これから自分の部屋となる一室に荷物を置きました。非常に綺麗な部屋で、日当たりも良く、安心しました。ホストマザーとこれからの話をしていると、キッチンを使っても良いということだったので朝ごはんだけを作ってもらい、それ以外は自炊をして、節約しようと思いました。この時の私は、この先待ち構えている悲劇のことなど、知る由もありませんでした・・・

メキシコについてからしばらくの間は、オリエンテーション続きで時間に余裕があり、街中を歩いたり、買い物をしたりする時間がありました。
グアナファトは街自体が世界遺産に登録されており、非常に綺麗な街並みが、どこを歩いても待ち構えています。
スーパーも大きくて、何もかもが安く、自炊に必要な食材などを沢山購入しました。
ある日、朝ごはんをホストマザーに作ってもらい、食べ終わると、話したいことがあると言われました。
ホストマザーのスペイン語を慎重に聞き取り、わかったことは、私のように頻繁に自炊する学生を今まで受け入れたことがなく、そのような学生と共同生活するのが慣れないので、他の家を探してくれと言った内容でした。私は、文字通りに頭が真っ白になりました。非常に快適な部屋で、ホストファミリーも親切で温かい人たちで、この家に来て本当に良かったと思っていました。だからこそ、離れたくないという一心で、ぎこちないスペイン語で弁明を図りましたが、不安やパニックで涙が溢れ出し、話せない状態になってしまいました。こんな悲劇が、メキシコに来て1週間も経たないうちに起こるなんて、本当に試されているなと思いました。

ホストマザーに、8月いっぱいまでは滞在していいから、今は少し考えてくれと言われ、私は自分の部屋に戻りました。
SNSに今の状況をまとめ、いつもお世話になっているグアナファト大学の国際課の日本人コーディネーターの方にすぐに電話をしました。
国際課の方は、新たな家を探しつつも、ホームステイ先での問題はしっかりと話せば解決することが多いと言われ、もし必要であれば私が話をしに行くよとのことでした。
また、私は現地の日本人の友人などにも連絡をしました。みんな、自分のホームステイ先に空きがないかを大家さんに確認してくれるとのことでした。
そして、SNSから日本にいる友人や大切な人たちから沢山のエールが届き、グアナファト大学に私と同じ交換留学生として来ている世界各地の友人からも家探しを手伝うというメッセージが届き、この全ての人たちの温かさに心を救われ、うれしさのあまりまた泣きましたが、落ち着いてきました笑 メキシコに来てから、人の温かさに触れる機会が本当に多いです。

結論を申し上げますと、両親と相談し、「自炊を完全にやめて、ご飯を作ってもらう」というような方向性で話し合うことにしました。そして、ホストマザーもそれを快諾してくださり、自炊をしなくなってからは、今まで以上に対応が良くなりました笑 ハッピーエンドですが、やはりこれも海外の洗礼だなと思いました。

〜学校編〜
正直な話をしますと、スペイン語でスペイン語の授業を受け、スペイン語で歴史や文化を学ぶのは、
想像以上の難しさで、今もずっと悪戦苦闘しております。創価大学に来て日本語の授業を受けている、留学生達がどれだけ大変なことに挑戦していたのかを
痛感しました。また、日本の他の大学から来ている日本人学生と仲良くなり、いつも助けてくれるのですが、彼らは皆、日本での大学のメジャーがスペイン語の方ばかりで、スペイン語を勉強してきた経験値が違うんだと思い知りました。不幸は他人と比べる所から始まると言いますが、自分の甘さに気づき、悔しい思いをしました。しかし、それは仕方のないことなので、これから今まで以上に頑張るしかないんだと、決意新たに頑張っている最中です。

最近は、ずっとホームシックで毎日のように泣いて、悩んでいましたが、Youtubeなどの動画サイトで日本人の方の動画などを見ると、すごく心がアットホームな気分になって安心します笑 また、日本にいる両親や友人達とも電話ができるときは電話をして、元気をもらっていると次第に気分は晴れてきます。

日本にいるときは全然泣かないような人間だった私は、メキシコにて良い意味でも、悪い意味でもすぐ泣いてしまう泣き虫学生なりました笑 この記事の中で、私は何回泣いたでしょうか。答えは5回です。 でも、自分の気持ちに素直に向き合えば、ホームシックのような、苦難にも落ち着いて対応できたので、自分と向き合うことは本当に大切だと思っています。

本当に沢山の困難が、こちらに来てすぐさまに襲いかかりましたが、日本にいる両親や友人といった大切な人たちや、メキシコでできた新しい友人達に支えられて、無事に元気でやっていけています。人の繋がりの大切さを今まで以上に、学ばせていただきました。これからも沢山のことを、学んでいきたいなと思っていますし、頻繁にできるかわかりませんが、ここに投稿して、皆様に共有したいなと思います。

Hasta luego,また会いましょう


Mao
ページ公開日:2018年08月20日 10時02分