畝見 達夫 教授

コンピュータシミュレーションを通して、 人間や社会を理解する!

生命の“まね”をするメカニズムをつくり出す 人工生命を研究

私は、もともと人工知能(AI)の研究をしていましたが、生命や生物の本質により迫りたいと、人工生命の研究に移りました。人工生命の研究とは、人工的に生命のまねをするようなメカニズムをつくることで、生命とは何か、その本質を理解するための試みです。この研究には、たくさんの人たちが取り組んでいます。
 生命のまねをするといっても、生命には、成長、学習、生態系、進化など、特徴的なメカニズムがいくつも存在します。そこで、細胞内で起こっている化学反応の再現や、細胞同士がどのように結合して体をつくっているかのメカニズム解明に迫るなど、個体の中で起こっているメカニズムにフォーカスしている人もいれば、生物の進化そのものや社会の中での人の振る舞いなど、集団としての生物の特徴に注目して研究をしている人もいます。
 私はといえば、複雑なしくみをもつものが単純なプログラムからできている過程に興味をもっています。例えば進化については、「さまざまなグループがあった中で、より多くの子孫を残せたグループが現在まで繁栄を続けられている」というシンプルなルールで表すことができます。このルールだけを適用して、時間を進めると、過去から現在、そして未来という時間の経過の中でどのような現象が起こるのかを、コンピュータ上で計算します。

鉄道模型にはまり、工業大学へ進学

私は石川県の新興住宅地に育ちました。父親がエンジニア、祖父が大工だったこともあり、小さい頃からプラモデルなどをつくるのが好きでした。小学校4年生になると、16番ゲージの鉄道模型づくりに夢中になりました。日本では、鉄道模型というとNゲージの方が有名ですね。Nゲージは、本物の車両の150分の1や160分の1の大きさの模型で、1つの車両が11〜15cmほどと、手のひらに載ります。一方16番ゲージは縮尺が80分の1の模型で、1つの車両の大きさは24〜30cmほどになり、車両のより細かい部分まで再現できます。大学生になると、より性能のいいものをつくろうと、車体を載せる台車まで手づくりしてしまいました。
 鉄道模型づくりは趣味の1つではありますが、進路の選択にも大きな影響を与えました。必然的に鉄道の知識が増えていたのです。特に大きな契機となったのが、高校3年生の時に開通した営団地下鉄(現在の東京メトロ)千代田線の車両開発です。開通時の千代田線の車両には、「電機子チョッパ制御」という方式が採用されていて、省エネと乗り心地のよさの両立を実現していました。これをきっかけに「制御」に興味がわき、大学でも制御に関連した学問を学びたいと決めたのです。大学は東京工業大学に入学し、最終的に工学部制御工学科に進みました。

教授と仏教の話で盛り上がり、システム系の研究室へ

大学で制御の勉強をしていくうちに、ロボットの研究にも惹かれるようになりました。そこで大学3年の時に、ロボットの研究室の教授に相談をしに行きました。話が膨らみ、いつしか話題は仏教に。そんな中で私が「一念三千」について語っていると、先生が急に、「君はシステム系の研究室の方が合いそうだ」とおっしゃったのです。一念三千とは、私たちの日常で一瞬一瞬の想いには、この宇宙のあらゆる現象の要素が含まれている、というものです。工学的な視点に立つと、個々の要素がシステムを司る、ということに関係するといえます。教授は、一念三千のような考えに興味があるのであれば、システム系の研究に向いていそうだ、と考えたのでしょう。

動物の行動を参考に、強化学習の枠組みをつくる

私はその助言に従い、システム系の研究室に所属しました。私が研究室に所属した1977年は、第二次人工知能ブームが巻き起こる少し前で、AIでシステムを制御する研究が始まったばかりでした。私の研究室でも、AI技術の1つである機械学習の研究をしていたので、博士課程の学生と一緒に研究をしていました。しかし、より基礎的なアイデアについて突き詰めたいという想いが湧いてきて、AIからは少し離れた研究を始めました。
 例えば動物は、特定の行動をしたときにだけエサを与えるように訓練すると、だんだんその行動をパターンが強化されて、ついにはエサを与えなくても同じ行動をするようになります。これは動物心理学や動物行動学の分野で「強化学習」とよばれるものです。
 当時の私は強化学習という言葉を知りませんでしたが、動物の学習に見られるようなこうした性質を機械学習に取り入れ、強化学習アルゴリズムの枠組みをつくりあげました。今から思えば、コンピュータのアルゴリズムとして強化学習をする人工生命を再現したことになるでしょう。

実績を積み上げ、研究者としての基盤をつくる

その頃は機械学習はまだ注目されていませんでしたし、「人工生命」という研究分野もありませんでした。研究者は、世の中には存在しない新しいものをつくる存在です。しかし、いくら新しいものでも、あまりにも社会と離れすぎてしまうと、変わり者として扱われてしまい、研究者として評価されなくなってしまいます。そこで私は、本来の自分の興味と並行して、自然言語処理、パターン認識など、世の中の課題解決につながりやすい研究に積極的に取り組んで、研究者としての実績を積み上げていきました。
 業績を積み上げるための研究は、演習問題を解いているようなもので、その課題に取り組むことによって、数理の知識やテクニックなどを身につけることができます。さらに、良い論文を発表するなどして研究者としての実績を上げると、研究者仲間とのつながりが強固になります。そのようなつながりができることで、さらに新しい知識を得たり、刺激を受けたりすることもあります。
自分が本当にやりたいと考えていた「強化学習」の研究は、半ば趣味のような状態でしたが、諦めないで続けていました。おかげで、AI研究の中でも強化学習法が注目される頃には、世界の中でもトップレベル、という状態になっていました。

数理モデルで人や社会をより深く理解したい

1990年代半ばになると、日本でも強化学習法をはじめ、機械学習の研究が盛んになってきました。同時期に、アメリカで人工生命の研究会が立ち上がったことを知り、私は本格的に研究の軸を人工生命の分野に移しました。強化学習は、人間を理解するための1つの要素ではありますが、人間のすべてではありません。人間や社会を広く理解するためには、人工生命の分野が最適だと考えたのです。
 現在は、生物学的な進化だけでなく、社会や文化の進化にも興味をもっています。人間は動物の1種ですが、社会を形成することで文化をつくってきました。そのなかで、物語やアイデア、建築物といった人工的な産物が、まるで遺伝のように世代を超えて広がっています。これを一つの「進化」と捉えることもできというわけです。
 人間や社会のあり方について、コンピュータ上に数理モデルをつくり、計算することで、あらゆる可能性を考慮した結果をシミュレーションすることができます。社会や文化の伝播も含めて人間の進化を考えていくことで、人間についてより深く理解することできるでしょう。

アート活動を通して、科学の成果をより多くの人へ

人工生命の取り組みは、アーティストにも注目されていますし、研究結果をアートとして発表する科学者もたくさんいます。そのような姿に触発され、私もアートに取り組んでいます。代表作としては、スイス在住のメディアアーティストであるダニエル・ビシグさんとタッグを組んで取り組んだ「進化する恋人たちの社会における高速伝記」があります。
 アートを鑑賞する人は、アート作品を自分と対比させ、共感したいという欲求をもっています。しかし、アルゴリズムでつくった作品には、そういう物語のような要素がなく、鑑賞者が途方に暮れてしまうことがよくありました。それであれば、シミュレーションでたくさんの人生を生みだして、大量の物語を提供しようと、この作品をつくりました。
科学は、ものごとを正確にとらえるように努力していますが、それを理解できる人は限られてしまい、正確な知識を多くの人に伝えるのはとても難しいものです。それに対して、アートはたくさんの人たちを惹きつける力をもっています。私が創作する作品では、魅力あるものであることはもちろん、その作品のメカニズムや背景を知ることによって、さらに科学的な背景もわかるというような、多層性を大切にしたいですね。科学もアートも、触れた人の人生や社会を大きく変える力をもっています。
先生の作品は世界の博物館などでも発表、展示の機会が増えています。写真はイタリア・ローマにあるヴィラ・ジュリア・エトルスコ国立博物館で作品を展示した時の様子
 
創価大学は文系の学部が多く、工業大学などに比べると多様な学生と出会えます。また、お互いに助け合う文化が根づいているので、同級生や先輩からたくさんのことを学ぶことができると思います。最近は、情報化が進んでいるので、大きな夢を語りにくい風潮があるかと思いますが、私としては、創造力を発揮したい、新しいものをつくりたいという人に来て欲しいですし、そのような学生をサポートしたいと思っています。

先生にとって研究とは?漢字一文字で表すと?

「造」

研究の現場では、世の中にはない新しいものを造り出すクリエイティビティが求められます。単に新しいものを考えつくだけでなく、そのアイデアを実現することが大切です。

<経歴>
1978年 東京工業大学工学部制御工学科卒業
1980年 同大学院総合理工学研究科システム科学専攻修士課程修了
1981年 同専攻博士後期課程中退。同専攻助手
1987年 長岡技術科学大学工学部計画・経営系講師
1992年 創価大学工学部情報システム学科講師
1995年 同助教授
1992年~1995年 国際ファジィ工学研究所客員研究員

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