黒沢 則夫 教授

極限環境にすむ微生物から 生命の起源と環境への適応能力を探る!

マイナス30℃から100℃以上まで さまざまな環境に微生物がすんでいる!
 私の研究室は「極限環境微生物学研究室」といいます。極限環境とは、ヒトを含む一般的な動植物が暮らす環境とはかけ離れた環境のことで、そのような環境に暮らすバクテリア(細菌)やアーキア(古細菌)、そして微小な真核生物を極限環境微生物といいます。温度、圧力、pH、塩分濃度、放射線など、さまざまな観点からみた極限環境にすむ微生物がいます。
 中でも私は50℃から90℃ぐらいの高温環境にいる好熱菌と、マイナス30℃から0℃ぐらいの環境にいる好冷菌を研究対象としています。好熱菌は生命の起源に近いと考えられているので、その研究は地球生命の起源を探ることにつながります。また、生命活動の高温・低温の限界に迫り、その生存戦略を解き明かしていくことも研究テーマです。
バンド活動に熱中した高校〜大学生時代 卒業研究で微生物と出会う
 私は子どものころから生き物が大好きで、よく魚取りや昆虫採集をしていました。高校ではバンド活動に熱中し、生活の中にあまり生き物が入ってこなくなりましたが、熱帯魚の飼育は続けていました。高校を卒業する頃はプロのミュージシャンになりたいと思っていて、親に「音楽学校に行きたい」と言ったのですが、大反対されて(笑)。じゃあ大学に行って音楽活動を続けようと(安易に)考え、理科、中でも化学が得意だったので、化学科に進学しました。大学の勉強の傍ら、高校の時のバンドのメンバーとプロを目指す活動をしていたのですが、3年に進学するあたりで、プロになる難しさを感じ始めました。
 一方で大学の勉強のいくつかはとても面白く、特に有機化学系の実験は好きでした。でも、4年生になって選んだのは、生物、酵母菌を扱っている研究室でした。たくさんの種類の酵母菌を培養して、脂質を系統的・網羅的に調べて分類との関係を考察するような卒業研究を行いました。いつだったか、研究室の教授に「酵母菌の脂質を調べることは何の役に立つのか?」と質問しました。教授は「すぐに何かに役立つということはない。未知の世界について人類が新しい知識を得ることに意味があって、それが科学というものだ。」と即答されたことを今でも良く覚えています。それは研究者としての今の自分の信条にもなっています。
アカデミズムにあこがれ メーカーの研究職から大学助手に

 卒業後は化学品と食品の両方を扱うメーカーに就職しました。学部卒ですから営業で採用されたのですが、新人研修で各部署や工場を回る一環で研究所の研修をしている時に、そのままそこに配属されることになりました。配属先は新規探索部門で、それまでにない新しいタイプの液晶化合物の合成と物性測定を少人数で進めていました。偶然にも学生時代に一番好きだった有機合成を毎日できる状況になり、毎日が充実していました。

 転機となる出来事があったのは入社5年目のころです。1カ月くらい、勉強のために東北大学薬学部の研究室に出張することになりました。そこはとても活発な研究室で、大学院生も多く、みんな朝早くから夜の10時、11時まで研究をしていました。「大学で研究するというのは、こういうことなのか、こんなふうに研究できたら素晴らしいだろうな」と強く感じました。アカデミズムにひかれたんですね。

 そんな折、大学時代の研究室の先生から、「創価大学に工学部ができることになり、助手を何名か募集している。どの研究室に配属されるかわからないが、転職する気があるなら紹介する」と言われたんです。迷わず転職することにしました。幸い受け入れてもらうことができ、遺伝子工学研究室に配属されました。助手として学生実験の指導補助をする傍ら、その研究室の講師の先生の勧めもあって好熱菌の研究を始めました。ここでの研究が現在につながっています。

フィールドに出て温泉の土や泥を採取し 実験室で微生物を培養することから始まる
 環境中には多種多様な微生物が生息していますが、それらの多くは培養困難な微生物です。そのような「難」培養性の新種微生物を、工夫を凝らして培養し、様々な観点から詳しく性質を調べ、最後に学名をつけて論文として世の中に報告するのが「分類学」です。創価大学に助手として採用されて以降、30年弱の間、私は好熱菌の分類学的研究を続けてきました。
ゲノム配列だけで 生物が理解できるわけではな

現在は、その環境に生息する生き物の塩基配列を一気に読み取る「メタゲノム解析」もできるようになり、一度も培養されたことのない微生物のゲノム配列を再構築することもできます。ただ、ゲノム配列の情報だけでわかることというのは、実は限られています。たとえば、その微生物の生育温度範囲とか、生育pH範囲といった、基礎的な生理学的性質さえ、ゲノムの情報だけではわかりません。生物の性質はたくさんの遺伝子の相互作用で決まってくるものなので、培養しないとわからないんですね。それに、メタゲノム解析というのは言ってみれば化学分析で、生き物を扱うというのとは少し違います。培養して観察し、いろいろな性質を解明していくといった、生き物の飼育と通じるような研究の方が私は好きですね。

調査場所は温泉から始まった

 好熱菌を培養するための試料は、主に温泉から採取しています。国内だけではなく、インドネシアなど海外もフィールドです。また、2003年には深海熱水孔の調査に誘われ、「しんかい6500」で与那国島の近くの海底で熱水や岩を採取しました。

 初めは好熱菌の研究が主だったのですが、高温下で生きるメカニズムがだいぶわかってくると、正反対の環境にすむ好冷菌は、逆の環境適応戦略をもっているのだろうか、という疑問がわいてきました。例えば好熱菌は、高温でもたんぱく質が変性しないような仕組みを持っていますが、低温に生きる微生物のたんぱく質はどのようなものだろうか、好熱菌は熱くても液状にならない硬い脂質膜を持っているけれども、好冷菌の持つ脂質膜が低温でも流動性を保っているのは何故だろうか、といったことにも興味が湧いてきたのです。

温泉から南極へ

 最初は、極地研究所の方から南極の試料をもらってバクテリアを培養したり、それら微生物の多様性を調べたりしていました。そのうち少しずつ研究成果が出るようになり、南極地域観測隊に参加しないかと声をかけてもらえたのです。やはり自分で採取した試料を使って研究したかったので、願ってもない話でした。南極に行ける!という喜びはもちろんのことです。

 南極では、地衣類の研究者、コケの研究者と一緒に、昭和基地から離れて3人でキャンプしながら、お互いに協力して活動しました。試料採取の方法はとてもシンプルで、雪や氷が融けてできた湖の岸から「お玉」で水と堆積物をすくって片っ端から滅菌した容器に入れていきます。

 草木が全く無い荒涼とした南極大陸は、風が止むと完全に無音の世界となり、どこまでも澄んだ空気の中の景色は神秘的な感じすらしました。もう一度行きたいです…。

誰も見たことのない生き物を 発見して観察する喜び

 これまでに培養したり、記載したりした微生物にはどれも思い入れがありますが、一番最初に記載した微生物にはやはり愛着があります。北里大学のグループが箱根の大涌谷で採集し、分離して培養されていたものですが、詳しく解析したところ、新属新種だということがわかりました。学名の属名は硫黄依存性の球菌という意味でサルファリスフェラ(Sulfurisphaera)、種名は大涌谷で採集されたことを表すオオワクエンシス(ohwakuensis)にしました。

 

 ところで、このサルファレスフェラ=オオワクエンシスは、ずっと1属1種だったのですが、去年、20年ぶりに同じサルファレスフェラ属の新種の微生物が記載できたのです。インドネシアのジャワ島の温泉試料から大学院生が分離に成功した微生物で、サルファリスレフラ=ジャヴェンシスという名前になりました。オオワクエンシスは20年間、一人ぼっちだったんですが、ようやく仲間ができたのです。

先生にとって研究とは? 漢字一文字で表すと?
「楽」
ただし、「らく」ではなく「たのしい」と読んでください!
研究は本当に楽しいです。自分自身が楽しめなくなったら、研究は終わりだと思っています。

▼プロフィール

神奈川県生まれ。1985年、北里大学衛生学部化学科卒業。旭電化工業(株)研究員、創価大学生命科学研究所専任研究員、同大学工学部助手、同講師、シンシナティ大学客員研究員等を経て、2015年より現職。2012〜2013年には、陸上生物グループ隊員として第54次日本南極地域観測隊に参加。学術博士。

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