中嶋 一行 教授

脳の神経細胞の成長と成熟を促し 修復を助ける「グリア細胞」を調べる!

脳の中にたくさんありながら、 光が当てられなかったグリア細胞

 私は脳(中枢神経系)にあるグリア細胞という細胞の性質や役割について研究しています。脳は神経細胞(ニューロン)だけでできているわけではありません。それ以外にグリア細胞と呼ばれる細胞からできています。

 グリア細胞には「オリゴデンドロサイト」「アストロサイト」「ミクログリア」の3種類があります。

 グリア細胞も神経細胞と同じだけ脳の中の体積を占めているのですが、これらの細胞の名前は教科書にも出てきませんし、聞いたことがない人が多いと思います。それは、グリア細胞が脳の中でどんな働きをしているのか、まだよくわかっていないからです。

 

 グリア細胞のグリアには膠(にかわ)という意味があります。膠は古くから接着剤として使われていたものです。グリア細胞はドイツやスペインの病理学者によって神経細胞と神経細胞の間に見つかり、神経細胞同士をくっつける役割をしていると考えられました。しかし名前がつけられてから約60年間、ほとんど研究されてきませんでした。

 

 私は1990年ごろからグリア細胞の研究を始め、とても大切な役割を担っていることを少しずつ明らかにしてきました。

じつはグリア細胞は、脳が発達しているときは神経細胞の成長や成熟を促し、それ以降も傷ついた神経細胞が死なないように守っている細胞だったのです。

農家を継ぐ運命のはずが 東京で研究生活を送ることに

 私は、高校生のときには化学や生物、地学が得意科目でした。スポーツでは野球が好きでしたが、特に部活動はしていませんでした。

岩手県の米農家の長男に生まれたので、当然、家を継ぐつもりでいました。家を継ぐのですから地元にいるのがいちばんなわけです。家はそんなに裕福ではなかったし、選択肢は多くありませんでした。そういうわけで受験勉強は特にせずに、地元の岩手大学の農学部に進学しました。

 

学部時代は生物化学領域を勉強し、そのまま修士課程に進学して、カイコを使ったタンパク質合成の研究をしていました。

ところが修士課程のとき、ある研究論文に私たちの研究とは対立する結果が出ていたのです。私たちはカイコの実験から、ある働きをする物質が3種類の成分からできていると発表したのですが、その論文では脳を使った実験の結果、1種類の成分からできているとしていました。

 

私の指導教官が「脳には何か変わったメカニズムがあるかもしれないので、比較研究をしてみたらどうか」とアドバイスをくださいました。そこで国立の武蔵療養所・神経センター(当時)という、脳を研究している研究所に行くことにしました。

ちょうどタイミングよく、弟が地元に残って家を継ぎたいと言いだしたので、私は喜んで東京に出てきたのです。

そこで実際にマウスなど動物の脳を使って調べてみたところ、結局は脳もカイコと変わらず3種類の構成成分からできていることがわかったのです。

私はその研究をするまで脳には詳しくなかったので、脳にあるのは神経細胞がほとんどだと思っていました。ところが実際には神経細胞以外の細胞がたくさんあります。それがグリア細胞と呼ばれるものです。

何をしているのか誰も知らない 「不思議な細胞」が脳にあった

 1990年ごろには、脳の細胞といえば神経細胞以外の研究はほとんどされておらず、ほかの細胞は何をしているのか、機能も種類すらもわかっていませんでした。脳の研究のトップに立つ国立研究所の先生方ですらご存知ない。「それなら自分で調べてみよう」と思ったのが、現在の研究につながるきっかけでした。

 

幸運なことに、その研究を進めてよいと上司からお許しが出ました。「よくわかってないならやってみなさい」と励ましていただき、脳の研究で有名なドイツのマックス・プランク研究所にも派遣してくださいました。そのおかげで神経細胞以外の細胞にはどのような種類があって、どのような機能を持っているかが少しずつわかってきました。

 まずわかったのは、神経細胞が傷つくとグリア細胞がやってきて、神経細胞が死なないように助けているということです。神経細胞が死んでしまうと脳に障害が起こる原因になるので、グリア細胞は神経細胞が生き延びるのに必要な物質を作り、回復を促しているのでした。

常識だったグリア細胞悪玉説を 実験で検証してみると…

 私が注目したのは、グリア細胞の中でもミクログリアという種類です。じつはこの細胞は、脳の中で神経細胞を殺す悪い細胞だと信じられてきました。

昔の人が顕微鏡で病気になったヒトの脳を見ると 神経細胞が死んでいるそばに必ずミクログリアが見つかるので「ミクログリアが神経細胞を殺しているに違いない」と考えたわけです。単に近くで見つかっただけなのに、著名な先生が論文に書くとそれが定説になってしまうんですね。

そこで、本当にミクログリアが神経細胞を殺してしまうのか、実験で試してみることにしました。直接生きている人間の脳の中で調べるわけにはいきませんから、神経細胞とミクログリアをそれぞれ別々に培養してからその2つを一緒にし、どうなるかを見たのです。

何度やってもミクログリアが神経細胞を殺すことはありませんでした。逆に神経細胞が長く生きるようになったのです。そこで「ミクログリアは逆に神経細胞に良いことをしているのではないだろうか」という視点で研究をし直しました。

 

マウスの脳の神経細胞をハサミで人為的に傷つける実験をすると、ミクログリアが増えて傷ついた神経細胞のまわりにどんどん集まってきます。そうすると神経細胞は死なずに再生します。神経細胞が元に戻るとミクログリアはまた離れていきます。実際に脳の中ではそのようなことが起こっていたのです。

 

グリア細胞は悪玉どころか 神経細胞を守り育てていた!

 グリア細胞はよい物質を出す一方で、毒性成分を除去して神経細胞を守る役割をしていることもわかりました。

脳の中には神経細胞に負荷をかける悪い物質ができることもあります。そういう物質が出てきた場合には、グリア細胞がすかさず取り除いていたのです。この働きも、私たちが世界で最初に発見しました。

 

 一方、脳の中で神経細胞が死んでしまった場合にもグリア細胞がやってきます。ミクログリアが死んだ細胞を食べてしまうのです。脳の掃除屋としての役割までしているのです。ちなみに、顕微鏡下でビデオ動画を撮って観察するとよくわかりますが、生きている神経細胞は決して食べません。

 

また、若い時期の神経細胞とミクログリアを一緒にすると、神経細胞同士がネットワークを作る際に必要な情報伝達物質をたくさん出すようになります。情報伝達物質は神経細胞によってアセチルコリンだったり、グルタミン酸やセロトニンだったりと違いはあるのですが、いずれにせよ脳のネットワーク構築が促進されます。ミクログリアには神経細胞を育て、成熟を促す役割もあるのです。

細胞間で交わされる コミュニケーションを解明したい

 私の研究は「神経細胞生物学」という分野に位置付けらます。生き物の体を構成する細胞を調べるという、本当に基礎的な研究ですし、かなりマニアックな研究内容かと思います。

 しかし調べれば調べるほど新しい知見が生まれるので、そこがいちばん楽しいところですね。卒業研究の学生には面談の上で小さなテーマを手がけてもらうことになりますが、小さいことでも新しい発見はたくさんあります。

 

私が今関心を持っているのは、神経細胞とグリア細胞の間のやりとりです。細胞同士がコミュニケーションを取っていると思われるので、それが何によって調節されているのかを学生たちと研究しているところです。いったい何を使って、どういうタイミングでやり取りしているのでしょうか。細胞間に“言葉”に相当するものがあるとすれば、それは複数存在するかもしれないし、物質ではなく電気信号かもしれません。

 

神経細胞が傷ついた時には、非常に速く動く物質が出てきます。おそらくその物質が関わる反応が神経細胞の外に“言葉”として発信されて、それにグリア細胞が応答してそこからまた別の何かが出される。そのように何段階かに分かれた相互作用が起こるのではないでしょうか。そういった細胞間の相互作用について、分子レベルのメカニズムを解明していきたいです。

実験結果が待ちきれないほど 脳の研究は楽しい!

 この研究に適性のあるのは、何よりもまず生命現象に興味があり、実際に起こっている現象に強い好奇心を持てる人です。体がテキパキ動くことや器用さも必須条件です。

卒業研究ではまだそれほどでもありませんが、研究者を目指すのであれば、動物の管理や細胞の世話をしながら生化学的な実験をし、試薬で細胞を染めて顕微鏡で覗いたり、観察して画像や動画を撮ったり、一日中たくさんの仕事をこなさなければなりません。コンピュータに向かったり論文を読んだりするのは、それが終わってからになります。

 

 

でも、脳の研究は楽しいです。やはりいちばん楽しみなのは新しい結果が出ることですから、私は研究室の学生たちよりたくさん実験していますね。新しい結果が出ると、それをもとに今度はどんな実験をしようかとわくわくします。
そうすると、少しでも早くその結果が見たくなります。漫画や小説の連載の続きを読むのを待ちきれない気持ちと同じです。「今日がんばっておけば明日の朝には結果がわかるから、そこまでやっておこう」とか、「朝早く研究室に来よう」とか、そんなふうに毎日楽しく研究をしています。

研究とは漢字一文字で表すと?

「試」
私の研究室では、結果がどうなるかわからないさまざまな現象を、一つひとつ実験で試していきます。ですから、これがいちばん私の研究のありようを表している漢字だと思います。

(プロフィール)

共生創造理工学科 中嶋一行 教授

 

学歴
1953年 岩手県生まれ
1976年 岩手大学農学部農芸化学科卒業
1978年 岩手大学大学院農学研究科修士課程修了
職歴
1978年 国立武蔵療養所・神経センター、流動研究員
1983年     同 研究員
1990年 国立精神・神経センター、室長
1999年 創価大学 生命科学研究所、講師
2001年     同 助教授
2007年 創価大学 工学部(現:理工学部)、教授

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