川井 秀樹 教授

「最後のフロンティア」脳の原理の解明に挑む!

アルツハイマー病では減少するアセチルコリン

私の研究室では、脳の大脳新皮質、中でも聴覚野という部分の神経回路の機能の解明や、聴覚野の形成、経験による神経回路の変化などをテーマに研究をしています。
 最も長く取り組んでいるのは、アセチルコリンによる神経伝達制御に関する研究です。アセチルコリンとはニューロン(神経細胞)とニューロンの間での情報を調節する神経伝達物質です。高校の生物で習った人もいるかもしれませんね。アセチルコリンが減少すると、集中力が低下します。また、アルツハイマー型の認知症ではアセチルコリンが減少していることがわかっています。

アセチルコリン受容体が情報選択にかかわっている!?

アセチルコリンを受け取る受容体は、大きくは二つに分けられ、そのうちの一つをニコチン性受容体といいます。ニコチン性受容体は、その名の通りニコチンによっても活性化されます。
 私たちが集中をしたり学習したりするときには、いろいろな情報の中から必要な情報を選択しています。例えば授業に集中している場合、先生の声などに注意を払いますが、エアコンの音などは重要ではないノイズとして無視します。このように情報を選択する上で重要な役割を、ニコチン性受容体が果たしているようなのです。そこで、ニコチンを用いて細胞やシナプス、神経回路のレベルでどのような作用により情報選択が行われているのかを研究しています。

聴覚野は独特の神経回路を持っている

また、一般的に失明すると、聴覚など他の感覚が敏感になると言われます。これは失明という経験により聴覚野が変化しているということを意味します。聴覚野の神経回路は、感覚系の情報のみを処理するのではなくて、感情や意志にも大きく作用すると考えられていて、視覚や触覚などの情報を処理する場所とは少し違った、面白い神経回路になっています。その神経回路の変化やメカニズムの解明にもとり組んでいます。

神経細胞ではない細胞が神経細胞になる?

かつては、脳の神経細胞は再生しないと言われていましたが、30年ぐらい前に、大人になっても神経細胞をつくり続けている場所があることがわかりました。大脳皮質では、そうした再生はないと今のところ考えられていますが、神経細胞以外の細胞(グリア細胞)が増殖することがあります。最近の研究で、脳こうそくなどで脳の一部の血流が減少した時に、グリア細胞の仲間が興奮状態を押さえる神経細胞になる可能性が示されました。脳がもつ自己治癒力のあらわれかもしれません。そこで、こうしたグリア細胞の特性やメカニズムを解明する研究も進めています。

「あの人は何を考えているのだろう」から脳への興味が芽生える

中学生や高校生のころは、バスケットボールに熱中していました。一方で、数学や化学も好きでした。数学は、現象を数学的に説明すると、ものごとの理解につながるというところに面白さを感じていました。化学は物質の変化というものにひかれていました。ものごとは常に変化をしているわけですが、化学という科目では、その変化、現象が起こっているところを目の前で見ることができます。色やにおいなど、ドラマチックな変化があり、化学反応式がまさにそこで起こっていることがわかる、そういうところにひかれたんだと思います。ですから、中学生の頃から理系に行こうという気持ちがありました。
 脳に興味を持ったのも、中学生の頃です。あるとき、いつも家の近くを通る知人が無言で家の前を歩いているのを見て、「あの人のことは知っているけれど、いったい何を考えているのだろう」と不思議に思ったことがあったのです。知っている人だけれども、考えていることは全く分からない。その脳の仕組み、脳の仕業のようなものが非常に不思議で、脳について勉強したい、研究したいと思うようになりました。

短期留学でアメリカの大学の知的な雰囲気に憧れる

また、中学生のときに3週間ほど、アメリカに短期留学したことがあります。そのとき、ワシントン大学の図書館に案内してもらったのですが、重厚なつくりの図書館で、椅子や机も大きくて立派で、本に囲まれた中で学生が静かに点在して勉強していました。その学問的な雰囲気に強く憧れ、アメリカの大学に行こう、と考えていました。
 高校卒業後は日本で一度大学に入ったのですが、アメリカの大学に入り直しました。夏休みにアメリカへ行っていろいろ調べると、大学付属の英語学校を持っているところがあり、そこに入学できれば大学に進学できるというプログラムがある大学を2つ、見つけました。イリノイ大学とミネソタ大学です。両方応募して、最初にミネソタ大学から入学の許可が来たので、ミネソタ大学の語学学校へ行きました。

柔軟なアメリカの大学の制度で楽しく勉強に打ち込む

 ミネソタ大学では選択科目が多く、必修科目が少ないというカリキュラムでした。私は化学科に入学しましたが、このカリキュラムのおかげで生物学系や心理学、コンピュータサイエンスの分野で脳の研究をされている先生の授業をたくさん取ることができ、いろいろな勉強ができました。
 化学科には脳の神経伝達物質の研究をされているラフテリィ教授がいらっしゃったので、そこで卒業研究をしました。とにかく研究が楽しかったです。
 大学院は薬理学科に入りました。ラフテリィ教授が、脳の研究をしたければ、医学部の薬理学科の方が幅広い勉強ができて可能性が開ける、とすすめてくださったのです。大学院のシステムも柔軟で、研究自体はラフテリィ教授のもとで続けることができました。
 アメリカでの大学生活は非常に楽しかったのですが、卒業のためには文系の科目も選択しなければなりません。理系の科目に関しては数式や化学式もありますし、専門用語もわかりますからいいのですが、文系の科目は言葉そのものに取り組まなければなりません。10週間で5センチメートルくらいの厚みの本を5冊も読まなければならなかったりして、そこはかなり苦労しました。

脳のもつ柔軟性やパワーに感動

博士課程修了後、アメリカのブラウン大学で研究員として勤めていた時に、マサチューセッツ工科大学の著名な先生の講演を聴く機会がありました。感覚は、嗅覚をのぞいて、脳の視床というところから大脳皮質へと伝達されますが、その講義の中で、視床のうち視覚を扱う部分が損傷すると、脳が再構築して視覚の情報が聴覚を扱う部分を経由して聴覚野に情報が送られるということを知りました。つまり、聴覚野が聴覚と視覚の両方を処理するようになるというのです。
 まさに目からうろこが落ちる思いで、脳のもつ柔軟性やパワーに感動を覚えました。脳の中でも聴覚野に興味を持ったのは、この経験がきっかけとなっています。

研究すればするほど、脳のもつ力も複雑さも見えてくる

「脳はラストフロンティアだ」という言われ方をよくしますが、脳の研究をしていると、本当にまだまだ分からないことばかりの臓器だなと感じます。中学生のときに知り合いの人が歩いているのを見て、脳ってどんなはたらきをしているんだろう、と思ったその疑問がいまだに続いていて、答えはまだ得られていない状態です。
 研究すればするほど脳のもつ力も、複雑さもわかってきます。しかし、そうした複雑さの中に、確かに原理は存在するのです。それを見つけて解明していく楽しみもあり、挑戦のしがいのある分野だと思います。

自分の好きなもの、得意なものは、一つ見つければいい

今、理科や数学の分野に興味がある人は、基礎となる学校の勉強をしっかりしておくことが大事だと思います。日本の中学、高校の教育のレベルは非常に高いので、ここでしっかり勉強していれば、将来は開かれていくと思います。
 また、まだ何をするか決めきれていない人もいると思います。仕事というのは結局、自分の好きなものや得意なものを一つ見つければいいわけですから、悩んでいるのであれば、是非、たくさん悩んで、本を読んだり人に話を聞いたりして悩みを解決する方向に見聞を広めてほしいですね。見聞を広げて、一つでいいので自分の可能性を見つけてほしいと思います。
 自分の目標ができれば、そこへ到達するにはいろいろな行き方があっていいわけですから、心のままに自分の興味を見つめ、深めていってほしいと思いますね。 

先生にとって研究とは? 漢字一文字で表すと? 「力」

研究には、人を変え、世界を変える力があります。新しい発見をして、これまでの概念を打ち破る力があります。新たなことを生みだし、社会を変える力があります。また、人を謙虚にさせて、人の運命を変える力があります。研究者は自然の摂理を理解しようとすればするほど、自然のもつ偉大な力の前には畏敬の念を抱かざるを得ないんですね。こうした考えから、「力」を選びました。

▼プロフィール
共生創造理工学科 川井 秀樹 准教授
1992年(米国)ミネソタ大学理工学部 化学科卒業
1998年 (米国)ミネソタ大学大学院 薬理学科卒業、Ph.D.取得
1998年 (米国)カリフォルニア大学サンディエゴ校 生物学部 神経生物グループ 研究員
2001年 (米国)ブラウン大学 神経科学科 研究員
2003年 (米国)カリフォルニア大学アーバイン校 神経生物・行動学科 研究員
2006年 (米国)カリフォルニア大学アーバイン校 神経生物・行動学科 企画研究員(研究代表者)
2009年 創価大学工学部 生命情報工学科 准教授
2020年 創価大学理工学部 共生創造理工学科 教授

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