久保 いづみ 教授

生物が持つ働きを工学と組み合わせ 病気の診断や環境汚染物質の検出に役立てる

生物由来の物質でセンサーをつくり さまざまな化学物質を測る

私は生物の持つ機能を利用して、病気の診断に使える測定方法やツールの開発をしています。生物の持つ機能といってもいろいろありますが、タンパク質の仲間である酵素や抗体といった生体物質の特徴を使うことが多いです。目的に沿った人工酵素や人工抗体を合成し、電極とつなげてセンサーにすることもあります。
研究領域としては「バイオセンサー」や、生体物質と電子工学を組み合わせた「バイオエレクトロニクス」と呼ばれる分野になります。
私の研究の仕方は大きく分けて2通りです。まず、病気の指標となるような“測りたい対象”があって「それならこの生体物質が使えるのではないか」と考える場合と、逆に「この生体物質の特性を活かして何か測れるものはないだろうか」と探していく場合です。
ですから、酵素や抗体以外にも使えそうなものがあればなんでも使います。たとえば私の研究室では、細胞膜にある脂質の機能を利用して「環境ホルモン(内分泌かく乱物質)」を測る研究をしています。細胞膜を使った研究はほかではあまりされていないですね。
面白いアイデアを思いついても、ほかに同じような研究をしている人がいない場合があります。そんな時は、その研究の必要性や可能性について周囲に納得してもらうのに苦労します。でも、ほかの人がすでにやっていることを後追いしたのではオリジナルな研究にはなりません。それが研究の大変なところであり、面白いところでもあります。

研究者の道も視野に入れながら 生物の勉強をして企業の研究所に

私はサラリーマン家庭に育ち、都立高校に進学しました。高校時代は体操部で、ごくゆるく活動していました。部活動は頑張る時間ではなく、楽しむ時間でした。
大学は生物系の学部に行きたいと、進路選択では理系を選びました。私には生物系に進んだ14〜15歳上のいとこたちもいましたから、そちらの方向に進んでも食べていけると見当がつきましたし、親も特には反対しませんでした。
そのころはまだインターネットも普及していませんでしたから、本や雑誌で「この本を書かれた先生はこういう大学で研究されているのか」などの情報を得ていました。とはいえ「家から通える大学」が親の出した第一条件で、そのなかで、生物系のある大学という限られた選択肢から国立大学を受験することになり、文系科目を含め一通り勉強する必要がありました。
苦手だったのは漢文ですが、国語全体では結構点が取れていたと思います。
大学では生物学のなかでも植物学のコースに進み、微生物学から植物分類学まで幅広い実習をしました。大学入学前から、生物系に進むのであれば研究者として生きていく道もあると考えていましたが、卒業の時点では「早く社会に出て広い世界を見てみたい」と思い、大学院に進学せずに就職を選びました。
今と違って、女子の就職先が限られていた時代です。ちょうど女子学生にも門戸を開いていた電機関連の会社の研究所が、生物学系の学部を卒業した学生を募集していたので、そこに入社することができました。そこでの経験が私の現在の仕事につながっています。

大学との共同研究が縁となり 博士号を取得し研究者として自立

会社の研究所では、血糖値を測る医療機器の開発をしていました。血液中のブドウ糖を、酵素の反応を利用して測るのです。ほかにも汚水処理技術など、微生物の力を利用した開発などを進めており、私も新入社員として研究の端っこに入れてもらいました。
最初の仕事は、装置を市場に出す前にきちんと測定ができているかどうかを確認する研究でした。毎朝医務室に行っては自分の血を採血して、装置にかけて数値結果の正しさを検証していました。
その後、新しい測定器の開発のため、会社と大学の先生とで共同研究をすることになりました。私は共同研究先の先生の研究室での“修行”を命じられ、会社に所属したまま長津田にあった東京工業大学の資源化学研究所(現・化学生命科学研究所)の研究生になりました。
そこで酵素や微生物を使って腎臓の機能の指標となるクレアチニンを測るセンサーを開発することになったのです。先生はアイデアだけくださって、その先は私に任されました。自分が主体的に研究をしたのはこのときが初めてです。
半年くらいした段階で、先生に言われて研究結果をまとめ、学会発表をすることになりました。その流れで論文執筆を勧められたのです。
私は論文を書いたことはありませんでしたが、それまでも「やりなさい」と言われたことは自分なりにできてきたので、「やればなんとかなるだろう」という気持ちでいました。また、大学の研究室で同年齢の大学院生の研究を間近に見たり、ドクター論文の発表を聴いたりしているうちに、研究者とはこういうものだ、というイメージができるようにもなっていました。
そこで、関連する研究を続けながら時間をかけて論文を書いたところ、専門の学会誌に掲載されたのです。
そこでさらに先生が「せっかくここまで研究したんだから、博士論文を書いて博士号を取ったら」と勧めてくださいました。私はまた「言われたからにはやらなければ!」と、今度は博士論文を書きました。会社も学位取得をサポートしてくれて、今から考えるととてもありがたい環境でした。
博士論文は微生物と酵素を組み合わせてクレアチニンを測るだけでなく、微生物と酵素の組み合わせのパターンを変えれば尿素やアンモニア、尿酸などの物質も測れる、という内容でした。
学位取得後、「創価大学で生物工学科(当時)が新設されるので、行かないか」というお話があり、創価大学で教鞭をとることになりました。
ここで研究室を任され、自分の責任で研究し学生を指導することになったとき、私は研究者として自立したのだと思っています。

生体機能などをフルに使って こんなこともできる!測れる!

私の研究室では複数のテーマを並行して進めています。その一部を紹介しましょう。
たとえば、がんの早期発見と治療には、手軽に検査が受けられ、その結果がすぐにわかることが大切です。そこで血液中に含まれるがんに特有の物質「腫瘍マーカー」を安価で迅速に検出できる技術を開発しています。抗原抗体反応を使った「ELISAチップ」というツールにより、血液一滴からすぐにがんの診断ができることを目指しています。
生体機能というより物理的手法ですが、検査や分析を容易にするツールとしては、CD型ディスクを利用した「細胞Disk単離」も開発中です。研究室に在籍していた大学院生たちや、産業技術総合研究所の共同研究者と一緒に考え出したものです。「単離」というのは、細菌1つだけ、あるいはヒトの体細胞1つだけをほかのものと混じらないように分離することです。
ディスク上に狙った細胞1個を捕まえるのにちょうどよい幅と深さの溝(マイクロチャンバー)をたくさん備えた流路を彫り込んでおきます。このディスクを回転させると遠心力で細胞を含む少量の液が内側から外側へ流れていき、細胞がマイクロチャンバーに引っかかります。
このツールは細菌を検出するセンサーとしても使えますし、さらに捕まえたがん細胞をPCR(遺伝子増幅)装置にかけるなどして、がん遺伝子の発現を調べることもできます。
また、私たちを取り巻く環境の中にはさまざまな汚染物質が含まれています。その中に「内分泌撹乱化学物質(EDCs)」と呼ばれる化学物質のグループがあります。代表的なのはポリカーボネートというプラスチックの原料になるビスフェノールAです。
これらは細胞の中に入り込み、最終的には遺伝子の働きを狂わせてしまうことが知られています。胎児や乳児の時期に一定量のEDCsにさらされると、神経系の発達に影響を及ぼし、将来のがん化にも関係しているかもしれないと言われています。
EDCsとされている化学物質はたくさんありますから、それを1つずつ検出していたのでは手間も時間もかかります。そこで私たちはEDCsが細胞膜を通過するメカニズムを利用し、環境内に含まれるEDCsをまとめて検出できる仕組みを作ろうとしています。

研究の世界で失敗は当たり前! それは貴重な成長の機会でもある!

 私がみなさんに希望しているのは「失敗を恐れないでほしい」ということです。ほとんどの人が大学に入るまでに大した失敗をしていないためか、「成功したかどうか」を過度に気にする傾向があります。実験をしたときも「先生、これは成功ですか?」とすぐ聞きたがりますし、教科書通りの結果になるのが成功だと思っているようです。その考え方から抜け出せないと研究はできませんし、また抜け出した方がそれから先も生きていきやすいと思います。
実験の結果が予想と違ったら、なぜ違ったのかを考えることが大事です。人間は成功よりも失敗から多くのことを学びます。もし失敗したら成長するチャンスが与えられたのだと考え、大学生なりの失敗をたくさん重ねて大きく成長してほしいです。
特に将来研究者を目指すのであれば、いくら失敗しても、他人に評価されなくてもめげずに努力を重ねられるタフさが必要です。研究では、うまくいかないことが日常です。「あ、そうか。何か次の手を考えよう」と気持ちを切り替えればよいのだし、そんなに簡単にうまくいくことだったら、とっくにほかの誰かがやっていますよね(笑)。
たまにうまくいくと、その喜びは大きいですし、興味を持ってサポーターになってくれる人も出てくるものです。
私も不得意なことや、やったことのないことがありましたし、今もあります。でも、その時々に自分なりに考えて、自分なりの方法でなんとか道を切り拓いてきました。みなさんも最初から自分に限界を設けず、目の前に現れた扉を思いっきり押してみるといいと思います。

先生にとって研究とは? 漢字一文字で表すと?

「挑」

私はこれまでの研究生活において、一貫して失敗を恐れず、「挑む」姿勢で取り組んできました。研究を象徴する漢字を1つだけ選ぶなら、この文字だと思います。

▼プロフィール
理工学部 共生創造理工学科 久保 いづみ(クボ イヅミ)教授
1980 年東京大学 (理学部) 卒業
1986 年東京工業大学 にて工学博士取得

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