清水 昭夫 教授

「溶液」と「圧力」を使って さまざまな“困りごと”を解決!

物理化学という“基礎中の基礎の学問”で 幅広い応用研究を楽しむ

 私の専門は「物理化学」です。物理化学をひと言でいえば「空気みたいな存在」です。基礎の基礎すぎて、みなさんが意識すらしないようなさまざまな現象のメカニズムを、根本に立ち返って解き明かしています。

 

たとえば物質が液体になぜ溶けるのか?温度を上げると一般的に反応はなぜ速くなるのか?などは、多くの人が一見わかっていると思っていますが、実はきちんと説明できないことも多くあります。これをきちんと説明できるようになる、具体的に数字で表すようにするのが物理化学ではないかと思います。

 

したがって、そのいちばん基本のところは、物理化学の考え方を使って説明することができます。ですから、大学で学ぶ分析化学、有機化学、無機化学にもすべて物理化学的な概念が入っているのです。

 

そのため「ここからここまでが物理化学」と区切ることはできません。まさに空気のような学問領域です。

逆にいえば物理化学は、自分がやりたい研究開発を実現するための基礎体力のような役割をします。スポーツの種目ではなく、筋トレや有酸素運動のようなもので、非常に広い範囲に応用できます。私の研究室の研究内容が多岐にわたっているのはそのためです。

 

物理化学の中でも、私の研究の根幹にあるのが「溶液」と「圧力」です。どちらもみなさんが中学の理科で習った、基礎中の基礎ですね。私の研究室ではそれらをどのように社会の役に立つ応用へとつなげているのか、順を追って説明していきたいと思います。

現実離れした希望や夢より 置かれた環境でのベストを選ぶ

私は鳥取県出身です。首都圏のように私学が多いわけではなく、大学進学を前提にすると、自然と高校の選択肢も絞られるような環境でした。私は大学進学を考えていましたので、県内の公立の進学校に進みました。

 

授業科目では化学が好きでした。化学は同じ条件で実験をすれば同じ結果が出るので、普遍性があってわかりやすいと思ったのです。

当時は今のように大学についての情報がネット上にありませんでしたから、自分の学力と、化学系に進みたいという希望から、進学先の大学と学部を選びました。

 

実は「将来何がやりたいか」は特に決めていませんでした。そのころも今も、あえて特定の希望を持たないのが私のやり方です。夢や希望にこだわると、むしろ自分の可能性を狭めてしまうと思うからです。

それよりも、その時々に自分が置かれた環境の中で、「今何をするのがベストなのか」を考えて実行する。その状況判断が大切だと思います。

大学で「溶液」と「圧力」に出会い その面白さに触れる

 大学入学後は、化学系の主だった科目は全て履修し、その上で自分にいちばん合っていそうな領域を探していきました。2年生の時に受けた物理化学の授業がとても面白かったので、その先生のもとで卒業研究をすることにしました。

 

卒業研究に選んだのは、溶液化学と言われる分野です。溶液とはふつう、なんらかの液体(溶媒)の中に固体や気体、別の液体(溶質)などが溶け込んでいるものをさします。私は溶媒としての水の性質を研究していました。具体的には水分子がどのような回転をしているのか、例えば塩を水に混ぜると、水がどの方向から塩にくっつくのかなど、水分子の動きを追っていたのです。

 

所属した研究室では、高圧力をかけることで溶液の性質がどのように変わるか、高圧力は生物(特にタンパク質)にどのような影響を与えるのかといった研究を幅広く実験したりしていました。

私の卒業研究ではたまたま圧力は使わなかったのですが、ほかの研究を見聞きし、「いつかは圧力の研究もしてみたい」と思っていました。

 

その後は大学院に進学し、水溶液の示す物理化学的な性質について基礎的な研究を続けました。大学院で基礎の基礎を研究したことが、現在でもさまざまな応用研究をする際にとても役に立っています。

温度に比べて活用度の低い 「圧力」を使った研究にあえて挑む

 そういうわけで、私は今も大学時代に学んだ「溶液」と「圧力」をベースに研究をしています。

圧力は、温度とともに物質のふるまいに影響を与える2大因子です。また、圧力と温度にも相関関係があります。標高の高いところでご飯を炊くと水の沸点が下がっておいしく炊けないし、逆に圧力鍋を使うと沸点が上がるため、短時間で調理ができるのはよく知られていますね。

ところが、身近な事例はこれくらいで、圧力は温度に比べてあまり活用されていないのが現状です。それはなぜなのでしょうか。

 

まず、高圧力を用いた研究の流れを見てみると、地球科学と海洋科学の分野で行われてきました。その理由は簡単で、地球内部では数万気圧がかかっているし、海では10m水深が下がると1気圧高くなるので、深海の1番深いところでは1000気圧もかかっています。したがって、必然的に高圧力が重要になります。しかし、他の分野では調べたくても装置がなかったり、装置が高価であるためだと思われます。

 

しかし、水に浸けて物質に圧力をかける“静水圧”を用いると、食品の栄養分を損なわない、色も生の状態を保つ、さらに食感の改善などができることなどから、高圧力が食品科学の分野で注目され工業的にも使われるようになりました。

 

しかし、これまでは1000気圧以上の高圧力が使われており、専門分野からすると1000気圧は低圧と言われますが、普通の人から見れば非常に高圧です。したがって、少なくとも100気圧以下の高圧力がどのようなものに使えるかは、そのような高圧下で物質の性質がどのように変わるかを調べると面白い結果が出せるチャンスの多い領域だと言えるでしょう。

 

実際に、しなびた野菜を水に入れてわずか1気圧程度で加圧すると、新鮮な野菜のようなみずみずしさが回復することがみいだされています。基礎的な学問は難しいと思うかもしれませんが、ものの本質を考える物理化学という基礎があったからこそこのような発想に至ったのかもしれません。

 

装置にコストがかかるといっても、海に沈めれば最大1000気圧もの圧力がかけられるわけです。ちょっと発想を転換すれば、日本は島国なので、海という「圧力容器」に恵まれています。まず固定観念を捨ててみることが大事です。

 

思い込みにとらわれずに 面白そうなテーマはとにかくやってみる

 私の研究室では、面白そうなテーマがあったらまず圧力で解決できないか考えます。また「イオン液体」(室温に近い温度で液状に溶けている塩)という特殊な液体を使った研究もしています。

 

いくつか例をご紹介しましょう。あるとき知り合いの生物の研究者が、「細胞を保存するときは凍らせるんだけど、凍らせると何か違うんだよね」とぼやいたのです。「それならば凍らせなければいいのでは?」と考えたのが、細胞を保存する研究を始めたきっかけです。

圧力を変えて実験した結果、細胞の場合は200気圧くらいでうまく保存できることがわかりました。圧力を利用することで臓器やiPS細胞を良い状態を保ったまま輸送できるようになるかもしれません。

 もう一つが、水で洗っても取れない疎水性(水に溶けない)農薬の除去です。先ほど、圧力を使った食品殺菌の話をしましたが、これは高圧をかけると細菌のタンパク質が壊れる(変性)現象を利用しています。

それと同じように、750気圧程度の圧力をかけると疎水性農薬と野菜や果物の表面との相互作用が弱くなり、簡単に取れることがわかりました。もちろん、野菜や果物は新鮮なままです。

 

研究テーマには「溶液」と「圧力」の合わせ技もあります。自然素材として注目されている植物繊維のセルロースは、私たちが研究しているイオン液体にとてもよく溶けるので、それを原料にプラスチックに近い強度を持った透明性の高い容器やストローなどを作ることができます。将来のマイクロプラスチック削減にも貢献できそうですね。

さらにその技術を応用し、セルロース100%で関節のすり減った軟骨の代わりになる、医療用人工軟骨ほどの強い強度を持つハイドロゲルの開発にも取り組んでいます。

ハイドロゲルはたくさん水を含んでプルプルとしたゼリー状の組織で、それを軟骨の代わりにするのですが、セルロースだけでは強度が足りないために加強剤を使うことで高くすることができます。ただ、架橋剤がアレルギーを引き起こす危険性が危惧されています。しかし、イオン液体はセルロースを非常によく溶かすこと、さらに特殊な前処理を行うことで、架橋剤なしでも強度を非常に高くすることができることがわかってきました。

 

イオン液体でセルロースを溶かしたあとにイオン液体を水と置き換えて、はじめてゲル状になります。その時に圧力をかけてやれば、その時間が短縮されると共に均一なハイドロゲルができて、強度の問題も解決するのではないかと考えています。

確かな基礎力とプレゼン力を育て 応用につなげられる“引き出し”を増やす

 卒業研究の学生を指導するときには、「これを解決できないだろうか?」という目に見えるテーマから入っていきます。ただし、物理化学という“基礎体力”と、それを応用に結びつける発想力はしっかり身につくようにしています。

 

 たとえば、ある年にダブルスクールで香水の専門学校にも通う学生が研究室に入りました。「香水は調合したあとに冷暗所で半年から一年保存しないと香りがまろやかにならないのが困る」というので、香水専門学校の先生の協力を得て、香水に圧力をかけて熟成させる研究をしました。私には違いがよくわからなかったのですが、実際に香りがまろやかになったそうです。

 

また、昨年研究室に所属していた女子学生は、ホウレンソウを冷蔵庫でしなびさせ、それを水と一緒に袋に入れて圧力をかけ、細胞に水を浸透させてまたみずみずしさを回復させる実験をしていました。この研究は見た目の悪さだけで捨ててしまうような葉物野菜などの食品ロスの削減につながります。

さらに発展させれば、美容や塗り薬の浸透などに活用できるかもしれませんし、漬物や唐揚げなどの料理に素早く均一に味をしみ込ませるのにも向いています。

私は常々「直感的に面白いと思ったらやってみよう!」と学生たちに言っています。研究室の重点的な研究テーマもありますが、学生が自ら興味を持って動いてくれるのを待ちます。その方がやる気が出るし、自分で工夫して実験するので得るところが多いのです。

もう一つ重視しているのは、プレゼンテーション力をつけることです。実験して結果が出たらそれで終わりではなく、結果を相手にきちんと理解できるように報告しなければなりません。学会発表でも原稿はバージョン10くらいまで作ってもらい、徹底的に指導します。

 

学生たちが卒業して数年後、あるいは10数年後にどのような職についていて、どんな課題に直面するのかは予想できません。ですから、大学生のうちにたくさん“引き出し”を作っておきましょう。何かあった場合にはその引き出しから使えそうなものを取り出して工夫し、解決につなげる力を身につけてほしいと思います。

先生にとって研究とは?漢字一文字で表すと?

「動」
「とりあえず動いてみて、それから考える」というのが私のモットーなので、「動」です。
研究だけでなく、仕事全般に言えることだと思いますが、頭の中でいろいろ考えるよりも、まず行動してみることが大切です。研究の場合は、仮説を立てて実験してみます。その結果を受けて、次にやるべきことを考えて実行していけばよいのです。

(プロフィール)

清水昭夫 教授

 

1964年 鳥取県生まれ。
1991年 立命館大学大学院博士課程後期課程修了
     工学博士
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1991
年 創価大学工学部生物工学科助手
1995年 創価大学工学部生物工学科講師
1999年 創価大学工学部生物工学科助教授
2001年 創価大学工学研究科生物工学専攻前期課程担当
2003年 創価大学工学部環境共生工学科助教授
2005年 創価大学工学部環境共生工学科教授
2013年 創価大学工学研究科環境共生工学専攻博士後期担当
2015年 創価大学理工学部共生創造理工学科教授(改組に伴い所属の名称変更)

 

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