創価大学ニュース「SUN」100号 2019 Winter
07 落語研究会に入ろうと思ったきっかけは何ですか。 土屋 僕は学内で行われていたライブです。1年生の途中から2年 生の終わりまで、ずっとお客さんで見ていました。 塙 やはりライブですね。お笑いを生で見るのは初めてだったの で、めちゃくちゃ面白くて、もうここに入ろうとすぐに決めました。落研 に入ってからは、それまでの引きこもりがなおった感じですね。また、 落研は厳しいこともなく、先輩から後輩への面倒見もすごく良かった と思います。 印象の強かった思い出があれば教えてください。 塙 僕は当時住んでいた佐賀県から上京して公募推薦入試を受け たのですが、佐賀県出身の先輩たちが「この人の家に泊まれるよう にしといたから」とか、次の日には手作りの弁当まで持たされたり。合 格したら、入学者の垂れ幕みたいなものまで作って出迎えてもらっ たり。すごい良い思い出ですね。 大学4年の時には「何か思い出を残そう」ということで企画した 「100キロマラソン」が印象深いです。実家のある千葉県の我孫子か ら八王子まで24時間で完走するという。でもこれが全然計算通りに いかなくて、48時間かかるわ、モモからは出血しまくるわと、とんでも なかったですね。 土屋 僕は「100人コント」です。創立者に映像で見ていただけるとい うことで頑張りました。でも部員100人勢ぞろいし、一人一ボケの呼 吸合わせが大変で何度も何度も練習を繰り返したのを覚えてます。 塙 それから、ゼミの神立孝一教授に「ネタになってないからダメ なんだ」と指摘されたこともあります。「面白ければいいんじゃないで すか」と切り返したところ、「全然わかってないよ。お笑いを」と。「なん でこんなイチ経済学部の先生にそんなことを言われなきゃいけな いんだ」と思いましたね。でも今になってその意味が理解できるよう になりました。「要は漫才はフリートークとはちょっと違うんだよ」と。 自分も今は同じようなことを考えたりするので「神立先生ってすげ え、ちゃんとそういうの見てたんだな」と思いましたね。 土屋 僕は特に何か言われた記憶はないのですが、「人は社会に出 たらやっぱり信頼を勝ちとらなきゃいけない」ということはゼミの時に 教えてもらえたかなと思っています。 漫才協会の理事もつとめていますが、 これからの自分はどうありたいですか。 塙 協会の理事職は「責任感」からでしょうか。みんなはやりたがらな いですが、僕は大学の頃から人がやりたくないことを率先してやろう と決めていて、この場合も同じです。 土屋 そうですね、漫才協会の理事でもありますし、一人でも多くの 人に生でお笑いを見てもらいたい、楽しさをもっと広めていきたい、 後世に伝えていけたらと思います。そういう役割かなと思っています。 塙 僕は野球がめちゃくちゃ好きなんですよ。本当にできれば160 キロとか投げてみたい。でも実際には80キロでしか投げられない 現実。だから、ものすごくうまいもん食いたいけど、自分で作るより人 に代わりに作ってもらう方がいいのと同じです。自分の場合は、嫌な ことを笑いに変えたくても変えられない人がいっぱいいる世の中 で、それを代わりに作ってあげてるようなもの。自分たちが代わりに やって、人に喜んでもらえる、そんな職業人だったらいいなと思って います。 1971年に創部。現在の部員は120人を超える。年に6回大きなラ イブがあり、夏と冬の2回は一般にも披露。「大学芸会」という大学 のお笑いサークルが芸を競う大会では、2016年には団体優勝を果 たす。また、「大学生M-1グランプリ2018」では落語研究会から出 場した「ダイソンウェイパー」が218組の頂点に輝いた。出身者には ナイツの他、エレキコミックなど、第一線で活躍する芸人もいる。 創価大 落語研究会 ▶▶▶「ナイツのサイン入り色紙」プレゼント!詳細は巻末(P.23)をご覧ください 一人でも多くの人に 生でお笑いを見て もらいたい 楽しさをもっと広めて 後世に伝えていけたら 土屋 伸之 私たちの原点。そして未来への挑戦 ※一部敬称略
Made with FlippingBook
RkJQdWJsaXNoZXIy NDU4ODgz