『新しい世界-世界の賢人16人が語る未来-』
通信教育部 准教授 清水 強志
2019年12月、中国湖北省武漢市で新型コロナウイルスの感染者が初めて報告されて後、世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルス感染症(COVID‑19)の流行を「パンデミック」と宣言したのは2020年3月11日でした。フランスでは同年3月17日(〜5月11日)、イギリスでは3月23日(~6月15日)に全国的な第1回目のロックダウンを開始しましたが、他の国々でもさまざまな新型コロナウイルス感染症対策が始まりました。日本では、初の感染者が確認されたのは2020年1月15日で、その後、同年3月から全国の小中学校が最長で3カ月間一斉休校になり、(並行して)同年4月に初めての「緊急事態宣言」が発出されました。その後も、東京オリンピックの1年延期{緊急事態宣言下での開催(2021年7月~8月)}などさまざまなことがあり、他方では、ロシアによるウクライナに対する軍事侵攻(2022年2月~現在)が続いています。
皆さんは、この2年半以上のコロナ禍の生活のなかでどのようなことを考えていますか(考えましたか)? 私は、日々の新型コロナウイルスに関する統計データの読み方・解釈の違いやメディアの影響力に始まり、社会学者としては、個人の自由と国家の役割、ICT技術による管理・監視あるいは間接的コミュニケーションなどについて、さまざま考えさせられ続けています。
そこで、今回紹介したいのは、クーリエ・ジャポン編『新しい世界-世界の賢人16人が語る未来-』(講談社現代新書、2021年)です。「はじめに」には、「本書を一言で形容するならば、世界最高の知性と洞察力を兼ね備えた、いわば『21世紀の賢人』たちが、それぞれの専門分野の立場から世界のいまを分析しつつ、『世界のこれから』について論じた一冊と言えよう」(p.4)とあります。クーリエ・ジャポンというのは、「世界中のメディアから厳選した記事を日本語に翻訳して掲載する月額会員制のウェブメディア」(表紙カバーの説明)ですが、本書はその「クーリエ・ジャポン」で「特に反響の高かったインタビューを中心に加筆修正を行った」(pp.4-5)ものとも説明されています。
ところで、「パンデミック」の宣言からすでに約2年半以上経過した現在において、2020年3月~9月のインタビューを読むことに意味があると思いますか。答えは「YES」です。誤解を恐れずに述べますと、本書には、新型コロナウイルスの評価を主とする記事もありますが、新型コロナウイルス感染症がもたらした変革、すなわち、新しい世界の幕開けを指摘する賢人、さらに、コロナ以前にすでに見られていた(危惧すべき)状況・兆候が、新型コロナウイルス感染症の拡大を機に加速・強化され、より明確になったととらえる賢人もいます。それゆえに、この時期に世界の「賢人」たちが社会をどのように眺めていたのかを知り、また、「今」という時点からそれらの言説を評価することで、自分の視野を広め、かつ、自身の思索を深めるための良書になると考えています。
たとえば、「技術革新が人びとに自由と民主主義をもたらす」との考えを強く批判するモロゾフ氏は、「新型コロナウイルスの流行によって、これまで資本主義を批判してきた人々の警告が正しかったと示されたのは間違いない」(p.91)、「いま問うべきなのは、私たちがこれから先もソリューショニズムの信者であり続けたいかどうか」(p.97)などと述べています。あるいは、コミュニタリアニズムのマイケル・サンデル氏は、政治家たちが理想の仕組みであるかのように喧伝した能力主義の「闇の部分が見えていませんでした」(p.199)と述べ、人に対する態度を変える必要性を強調しています。なお、「スクリーン・ニューディール」に警鐘を鳴らすナオミ・クライン氏の指摘は、現代社会を考える上で非常に興味深い内容の1つと考えます。
他方、16人も掲載され、また、全訳でないことも多いため、1つ1つの記事が短く、やや唐突感や物足りなさなどを感じるかもしれません。しかし、逆に、さまざまな分野の多様な考え方(エッセンス)を知ることがきます。各インタビュー記事を読む前に、発行月、賢人の専門および思想の傾向、出身、キャリア等をきちんと把握した上で、丁寧に読むようにして下さい。
以下は本書の内容です。
<目次>
第1章 コロナと文明
ユヴァル・ノア・ハラリ「私たちが直面する危機」
エマニュエル・トッド「パンデミックがさらす社会のリスク」
ジャレド・ダイアモンド「危機を乗り越えられる国、乗り越えられない国」
フランシス・フクヤマ「ポピュリズムと『歴史の終わり』」
第2章 不透明な世界経済の羅針盤
ジョゼフ・スティグリッツ「コロナ後の世界経済」
ナシーム・ニコラス・タレブ「『反脆弱性』が成長を助ける」
エフゲニー・モロゾフ「ITソリューションの正体」
ナオミ・クライン「スクリーン・ニューディールは問題を解決しない」
第3章 不平等を考える
ダニエル・コーエン「豊かさと幸福の条件」
トマ・ピケティ「ビリオネアをなくす仕組み」
エステル・デュフロ「すべての問題の解決を市場に任せることはできない」
第4章 アフター・コロナの哲学
マルクス・ガブリエル「世界を破壊する『資本主義の感染の連鎖』」
マイケル・サンデル「能力主義の闇」
スラヴォイ・ジジェク「コロナ後の”偽りの日常”」
第5章 私たちはいかに生きるか
ボリス・シリュルニク「レジリエンスを生む新しい価値観」
アラン・ド・ボトン「絞首台の希望」
当然のことながら、本書の内容をすべて肯定的にとらえる必要はないと思っています。実際、社会学者の私としては、深く同意する内容が多くある一方で、まったく同意できない賢人もいました(笑)。しかしながら、それゆえに、私とは異なる「まなざし」(主張、分析方法、歴史観等)を正確に知っておくことは非常に大切なことだと思っています。ぜひ、賢人たちの声を
正確に理解し、自分の考えを再構築しながら読んで下さい。また、各賢人の主要著書も紹介されていますので、高い関心を抱いた賢人がいましたら、そちらも読んでみて下さい。
クーリエ・ジャポン編
『新しい世界-世界の賢人16人が語る未来-』
ISBN:9784065225462
2021年1月 講談社現代新書 900円+税
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