『これが答えだ! 少子化問題』
通信教育部 准教授 清水 強志
著者自身、「これから論じるのは、『地方創生、一億総活躍など、出生率の低下に歯止めをかけることを目的とする政策が、国民の希望をかなえようとすればするほど、少子化対策としての実効性を期待できなくなる』というパラドクスである」(p.13)と本書について紹介しています。そして、「少なくとも現状のような少子化対策の傾向が継続するならば、出生率の十全な回復は難しいという見込みを持っている」(p.23)と述べています。
上記の文章を読むと、著者の思想を危ぶむ人がいるかもしれませんが、赤川学氏は東京大学大学院人文社会系研究科准教授(専門分野:社会学)、つまり、「東大の先生(社会学者)」という「ラベル」と知ると、「この指摘は的を射ているのかもしれない」と、多少冷静な気持ちになって、読んでみたいと考え直した方がいるのではないでしょうか。
念のため、強調しますが、著者は種々の政策を否定しているのではなく、政策における(少子化対策ではないところの)重要さを認めたり、少子化対策になっていない、あるいは、少子化対策としては効果が低いということを指摘したりしています。
少子化対策が強く叫ばれている昨今において、ぜひ、常識にとらわれず、東大の先生による「社会学的なまなざし」の1つを虚心坦懐に知り、皆さんの視野を広げて欲しいと考え、約5年前(2017年)に発刊された『これが答えだ! 少子化問題』を紹介したいと思います。
とはいえ、大切なことは著者の主張を100%無批判に受け入れるのではなく、きちんとクリティカル・シンキングをしながら読んで欲しいと願っています。
本書の構成は以下の通りです。
はじめに
序章 「希望出生率」とは何か?
第1章 女性が働けば、子どもは増えるのか?
第2章 希望子ども数が増えれば、子どもは増えるのか?
第3章 男性を支援すれば、子どもは増えるのか?
第4章 豊かになれば、子どもは増えるのか?
第5章 進撃の高田保馬―その少子化論の悪魔的魅力
第6章 地方創生と一億総活躍で、子どもは増えるのか?
あとがき
まず、第1章では、「女性が働けば、子ども数が増える」という説の妥当性について、統計分析をもとに検証しています。このように聞くと、意外に思われる方がいるかもしれませんが、実は、日本における女性の社会進出の促進には、子どもを増やすという少子化対策の意図も含まれているのです。そのため、この説の妥当性を検証することは非常に重要になります。なお、第1章の結論の述べ方に注意して欲しいのですが、著者は、日本では「女性が働く(働きやすい)から子どもがたくさん生まれる(出生率が高い)という因果関係が存在しない」(p.50、下線清水)と結論づけていますが、だからと言って、「女性が働くと出生率が低くなる」とは述べていないことに留意する必要があります。
また、(第2章のなかで)著者は、出生率低下の要因は、非婚化の進行と結婚した夫婦が生む子ども数の減少に分けることができ、「少子化の要因の殆どは、結婚した夫婦が子どもを産まなくなっているのではなく、結婚しない人の割合が増加したことにある。(中略)このような状況では、第2子以降の出生確率の上昇が、出生率全体の回復に寄与する割合はわずかなものにとどまるだろう」(pp.61-62)と述べています。
さらに、著者は「実際に出生率回復に成功した国があるのだから、日本もそれに見習うべきだ、という意見はもっともらしく聞こえる。しかし、筆者は、ある国情の違いから、日本や東アジアの低出生率国は、フランスやスウェーデン、あるいはロシアのようになることは難しいし、それらの国で行われた少子化政策を実施したからといって、出生率回復を期待することは難しいと考えている」(p.58)と述べ、その理由を第4章以降で詳しく述べています。
このように、本書は興味深い内容であふれています。ぜひ、「あとがき」まで、じっくりと思索しながら読んでいただければ幸いです。
とはいえ、本書には、リサーチ・リテラシーを高めるという隠れた目的もあると述べられている通り、多変量解析による分析結果が多数紹介されています。しかし、ここでそれらについて説明することは容易ではありませんし、また独学で学ぶことも難しいと思われます。そこで、本書を読む際のアドバイスとしては、分析に用いられている多変量解析の理解には力点を置かず、分析結果(の記述)をきちんと把握するようにして欲しいと考えます{つまり、「(分析方法はよくわからないけれど、)〇〇という分析を行うと、□□ということが明らかになるのか」等々、ということです^^}。その上で、著者が幾度となく指摘しているように、本書を通して、(1)分析に用いるデータの選定も含め、データ分析は慎重に行わなければならないこと、また(2)分析結果を読み取る際の「解釈」は難しいということをきちんと読み取って欲しいと思います。
他方、相関分析{一方の数値が高くなると、もう一方の数値も上がる(あるいは下がる)という直線的な関係を調べるもの。例:テスト勉強の時間が増えると、テストの点数が上がる、など}は、一般によく用いられる統計分析の1つですので、きちんと理解して欲しいと考えます。その際、相関関係と因果関係は同一視してはならず、因果関係がないにも関わらず因果関係があるように見える「疑似相関」というものがあること、あるいは、原因と結果を逆にとらえてしまうことが多いことなどを、ぜひ、この機会に深く学んでほしいと思います。ちなみに、第1章における結論の補足になりますが、筆者は、女性の労働力は出生率に影響しないというだけではなく、両者は「疑似相関」であり、実際には、第3の変数である「都市化」が両者に影響しているということを指摘しています(pp.40-43)。
『これが答えだ! 少子化問題』
赤川学著
ちくま新書1235
836円(税込)
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