15 中村 勝司さん 文学部1995年卒業(20期) United States International Univ-Africa 日本語教員 日本語教育を通じて、ケニアと日本を繋ぐ 人と文化の懸け橋になる。 「我が使命の地はケニア」。文学部日本語日本文学 科の1期生である中村さんは、創価大学で育んだ強 い志のもと、ケニアの人々のために人生を捧げてい る。大学卒業後に進学したナイロビ大学院時代を含 めると、ケニア在住歴は27年。永きにわたり、ナイロ ビにある私立大学「United States International Univ-Africa(アメリカ国際大学)」の教壇に立ち、日 本語教育を通じて、日本とケニアの懸け橋になって いる。 「ケニア日本語教師会にも創設当初から関わってお り、日本語弁論大会、東アフリカ日本語教育会議、 日本語能力試験などを運営してきました。そうした働 きを評価いただき、日本とケニアの友好50周年を機 に日本大使館公館長の表彰も受けました。今も師で ある創立者への誓いを果たす日々です」 中村さんがアフリカに関心を持ったのは高校生の ころ。「大変な思いをしている人たちのところへ行こ う」と、日本語教師として日本とアフリカとの懸け橋 になる夢を持って創価大学へ。入学した1990年は、 創立者とアフリカからの要人の会談が一気に増加し た1年。牢獄生活を勝ち抜いたネルソン・マンデラ元 大統領をはじめ、ケニアのモイ元大統領などアフリカ 言語、文化、留学……日本とケニアの交流を深める 活動の原点はアフリカの未来のために捧げた青春時代。 の要人を中村さんはパン・アフリカン友好会の一員 として歌声で歓迎する役割を担った。 「アフリカの平和と幸福のために全力で行動されて いる創立者とともに我々もと、ときに涙を流し、生命 の底から歌いました」と話す中村さんたちパン・アフ リカン友好会のメンバーの姿に、創立者は「魂が伝 わってくるような歌でした。今後、いかなる形であれ、 あなたたちのなかでアフリカへ留学する人があれば、 必ず私に報告しなさい。全力をあげて応援します」と メッセージを送ってくれたという。 その言葉に決意を固め、中村さん自身は4年次に ケニア留学。卒業後はナイロビ大学の大学院に進み、 その後もケニアで教壇に立ちながら創立者が拓いた アフリカ留学の道をさらに大きく拓くために精力的に 活動を続けた。今では、創価大学の夏期短期ボラン ティア研修をアメリカ国際大学で受け入れるなど、両 大学で交換留学生を送り合う関係を築いている。 「アフリカからの要人を歓迎する毎回の式典が、創 立者への誓いの場でした。今の自分があるのも、こう した誓い場をつくっていただいたお陰です。そして、 アフリカの未来のために青春を捧げられたことは、私 の人生の原点です」 日本とアフリカの懸け橋となる日本語教師になるために、 1990年文学部日本語日本文学科の1期生として入学。パン・ アフリカン友好会での活動で思いを強くし、4年次にケニアへ 留学、卒業後はナイロビ大学の大学院に進学し、以来27年 間、ケニアで日本とアフリカの交流に貢献している。 中村 勝司さん Over the border ◀アメリカ国際大学 での創大夏期ボラン ティア研修の様子
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