創価大学ニュース「SUN」104号 2020 Winter

同じ人間は2人としていない。本来は、どこに行っても多様性の集まり。 「マイノリティーがいることが “当たり前”になれば、 『多様性』という言葉は 必要なくなる」 鶴田 真紀/Maki Tsuruta 1977年、茨城県生まれ。立教大学大学院文学研究科教育学専攻博士課程後期 課程を単位取得退学。立教大学から博士(教育学)を取得。現在、創価大学教育学 部准教授。専門は、教育社会学、障害児教育の社会学。日本教育社会学会、日本特 殊教育学会会員。著書に『発達障害の教育社会学:教育実践の相互行為研究』 (ハーベスト社)など。 廣道 純/ Jun hiromichi 高校1年時に交通事故で車いす生活となる。 退院後、当時の車いすマラソン世界記録保持者のもとへ弟子入りし、素質を開 花させる。シドニーパラリンピックで銀メダル、アテネパラリンピックで銅メダル、北 京パラリンピックで8位入賞、ロンドンパラリンピックで6位入賞と、4大会連続入 賞の偉業を達成。東京パラリンピックで5度目の出場を目指している。 by 廣道純 07 鶴田 :本学の学生も多様性ということを 柔軟にとらえている気がします。私のゼ ミナールで学生が「鶴田ゼミは多様性に あふれている」と言ったことがありまし た。ただ、学生は皆、同じ人種、同じ国 籍の、同じ文化を共有しているように見 え、私としては「あなたたち、どちらかと いうと同質性が強い集団じゃないの?」 と思っていたわけです。しかし、学生た ちはゼミでのディスカッションを通して、 互いの考え方の違いに気づき、他者との 境界を超えていこうとする実践を「多様 性」と表現したようです。 廣道 :考えの違いを多様性ととらえた 先生のゼミ生たちの話に「それがすべて やな」と僕は感じました。当然、同じ人 間は2人といません。本来はどこに行っ ても多様性の集まりなのです。国籍も、 障がいも関係なく、“皆違って当たり前” と最初から感じていたら、外国人も障 がい者もいて当たり前。さらに、男性も 女性もLGBTも当たり前となる。そうい う風になっていったら、「多様性」と身 構える必要がなくなります。 だからパラスポーツをメジャーにしたい からといって、パラスポーツの選手だけ を表に出していても意味がない。オリン ピック選手とパラリンピック選手が一緒 に活躍する姿を見てもらうことで、「同 じスポーツ選手なんだ」と認識を変え ていかなくてはいけないのです。 そこに、聴覚障がいのデフリンピック の選手、知的障がいのスペシャルオリ ンピックスの選手もごちゃまぜになって いけることが理想です。 鶴田 :そうした理想を目指して、今は まだ「多様性」という言葉があること によって、私たちも考えるきっかけを与 えられている段階かもしれませんね。 廣道 :そうですね。世界に出ると、ま だまだ日本の社会は変わる必要がある と感じます。例えば海外遠征で感じる のは、人々が過度に障がい者をサポー トしないということです。 僕は車いすでも自由に動けて、車にも 乗れます。そうしたことを海外の人々 は子どもの頃から身近に見て自然に学 んでいて、本当に必要なサポートがで きる土壌ができているのです。 日本では、つい何でも障がい者枠に当 てはめてしまうので、そのあたりから 変わる必要があると感じます。 鶴田 :創価大学が目指す「創造的世界 市民」の育成は、豊かな人間力で人種・ 言語・文化・歴史の異なる人々と共生し、 世界の平和に貢献する人物を育むもの です。そうした土壌から、「多様性」の 持つ見えない壁を超えるために活動す る卒業生が多くいます。彼らの活動が、 廣道さんのおっしゃる“当たり前” を実現 していってくれるといいですね。 廣道 :それは、素晴らしい。そうした 方が増えれば、もっと多くの人の可能性 が拓かれると思います。僕も期待して います。

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