新型コロナウイルス感染症が蔓延するなか、自らの感染リスクと背中合わせで治療や看護にあたる医療従事者とその家族に対する偏見や差別、いじめなどの不当な扱いが問題となっています。
福岡県古賀市立花鶴小学校の教壇に立つ、本学卒業生の芝尾大樹さん(2005年経済学部卒業)は、こうした課題に対し、児童たちが自分事として捉え、医療の最前線で奮闘する方に敬意を払うとともに、感謝できる心を育みたいとの一心で新たな教材作成にあたりました。完成した教材のタイトルは「温かい手」。看護師の母親と小学生の女の子の物語を描いた内容になっており、この教材を用いた道徳の授業が8月上旬に開始し、生き生きと学ぶ児童の様子がテレビや新聞等に報道されるなど教育現場で注目を集めております。

コロナ差別防止に向けた教材として注目されていますね。きっかけとなった出来事を教えてください。

私が勤務する花鶴小学校のある福岡県古賀市内には、県内で唯一の感染症指定医療機関である福岡東医療センターがあり、医療従事者の皆さんが過酷な状況で奮闘されています。多くの方が医療従事者の皆さんに敬意を払っている一方、偏見や差別などが一部で見られるという課題がありました。各種報道を通して知り得た情報では、「近所の人から避けられるようになった。自分だけでなく、子どもまでも友達から避けられるようになった」との訴えもあったようです。
そのような地域の課題が顕在化するなか、5月に校長先生から呼ばれ、「コロナによる差別などの課題に対し、子どもたちが学べる教材を作成できないか」と話がありました。私自身も数年前に難病指定の病気を患い(現在は完治)、福岡東医療センターの医師や看護師の皆さんに支えていただいたこともあって、学校現場に立つ一人として、教育を通して差別や偏見を絶つために恩返しができればとの思いがありました。校長からの話を受け、その場で「はい、やらせてください!」と二つ返事で引き受けました。

「温かい手」に込めた芝尾さんの思いを教えてください。

作成した教材「温かい手」
作成した教材「温かい手」

学生時代に培った「何ごとも挑戦しよう」との思いで引き受けたものの、前例がない教材作製でもあり試行錯誤の繰り返しでした。新聞や雑誌などに掲載されていた医療従事者の方の実体験に何度も目を通し、どういった気持ちで医療の現場に立っていたのか、ご家族はどんな気持ちだったのか、怖くなかったのかなど、その文章に込められた思いに寄り添う姿勢を大事にしました。また、これを機に「感謝の心」を学んでほしいとの思いを込めました。5月下旬から執筆にとりかかり、校長先生をはじめ多くの先生方にもアドバイスをいただきながら、7月上旬に仕上げることができました。
医療従事者への差別や偏見をなくす教材を自作し、授業を行うという情報はいつの間にか広がり、多くの報道機関から教材を活用した授業への取材依頼があり、取り組みの様子が福岡県を中心にメディアでも掲載されました。

メディア掲載

教材のストーリーについて教えてください。

作成した教材をもとに授業を進める様子
作成した教材をもとに授業を進める様子

今回の教材である「温かい手」は、看護師のお母さんと小学生の女の子を中心とした物語です。感染症指定医療機関に勤務するお母さんは、防護服を着て重症患者の心身のケアにあたっています。女の子が臨時休校から久しぶりに登校した日、友だちから「コロナにうつっているかもしれないから気をつけろよ」と言われ、帰宅後にお母さんに「もう病院に行かないでほしい」とお願いします。それに対し、お母さんが女の子の手をとりながら、患者さんからの感謝の言葉を励みにしていること、命を守る仕事に誇りを持っていることを伝えたところ、女の子が自分にできることを頑張ろうと前向きな姿勢に変わっていくストーリーになっています。
小学生が読みやすいようにとのことで、同僚の先生が挿絵を描いてくれ教材が完成し、本校5.6年生を対象とした道徳の授業で実施することになりました。

どのように教材を活用し、実際の授業を実施しているのでしょうか。

真剣に授業を受ける児童の様子
真剣に授業を受ける児童の様子

授業が終わった後に、児童が「自分事」として捉えられることを大事にしています。8月上旬に5年生のクラスで授業を実施した際は、事前に教材を読んできてもらったうえで行いました。コロナに立ち向かう医療現場の映像を視聴した後、私が「自分の命の危険や差別の可能性があるにも関わらず、どうして医療従事者の方は働くのだろう」と問いかけたところ、これまでにないほど積極的に手が上がりました。
「差別よりも苦しんでいる患者さんの命を助けたい思いが強いから」「命の危険があったとしても、苦しんでいる患者さんを救えるのは自分たちにしかできない使命だから」などの意見が出ました。2人1組や班単位でも意見交換をしてもらい、お互いの考えを共有するとともに、深め合う貴重な機会になったと思います。
児童からも「医療従事者の方に感謝の手紙を書きたいんですが、どこの病院に届けたらいいですか?」「医療従事者の方がこんなに苦労をしているにも関わらず患者さんのために命をかけてくれていることを初めて知りました。心から感謝したいです。」「もし、医療従事者や家族の方を差別する人がいたら医療従事者の方がどんな思いで戦っているのかを伝え、差別をなくしたいです。」「医療従事者の方がこれほど大変な思いをして命を守ってくれていることを知ったので、自分たちにできる手洗いやうがいなどをしっかりして、少しでも負担を減らし、応援したいです。」などの声が寄せられ、このような教材を作成して本当に良かったと思いました。児童たちが学んだことを通し、医療従事者の皆さんに感謝の言葉を伝えられるようになると嬉しいです。
多くのメディアに報道されたこともあり、福岡県内外の小学校等から教材利用の依頼がきています。多くの学校現場で活用いただき、医療従事者の皆さんへの感謝の心を通して、人に思いやりを持てる児童に成長していってもらいたいです。

最後にこれからの抱負などをお聞かせください。

児童が自ら考えられるよう進め方を工夫
児童が自ら考えられるよう進め方を工夫

今の私があるのは、創価大学での授業やゼミでの学びのほか、寮生活や行事役員などを通して、相手の立場に立って深く考え、行動することの大切さや、一人ひとりの個性を重んじること、何があっても楽観的に物事に挑戦していく姿勢を先輩、同期、後輩との人間関係のなかで学べたことが大きな財産になっています。
これからの抱負ですが、子どもたちが10年後、20年後の社会で、「人生って素晴らしいな」と実感できるように成長してもらいと思っています。そのためにも、自分から進んで知ること、考えること、判断すること、行動(表現)することができるような教育が重要と考えています。またその根幹には、人を大切にする心が必要だと考えています。先行きの見えない未来だからこそ、なりたい自分になれるように希望を与えられる教員になりたいです。

Profile
芝尾 大樹さん
卒業年度/学部:経済学部経済学科2005年卒業

[好きな言葉]
生きてるだけで丸もうけ(明石家さんまさん)
[性格]
超楽観主義
[趣味]
家族と一緒に遊び一緒に笑うこと、お笑い番組やドラマを妻と一緒に見ること
[最近読んだ本]
・『「教える」ということ』 著者:出口 治明
・『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』著者:ブレイディみかこ
・『教育格差』著者:松岡 亮二

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