高瀬 明 教授

ウイルスの研究が 「生命」のふしぎ解明につながる!!

単純で小さいのに影響力は強大 ウイルスは究極の“感染因子”!
 私はウイルスの研究をしています。ウイルスは大学のカリキュラムの「微生物学」という学問で習います。大きさは小さなもので約20nm(ルナノメートル)。これは髪の毛の太さ(平均0.08mm)の4000分の1くらいという小ささです。でも、その構造には無駄がありません。

 

 感染症を引き起こす病気体として、ウイルスと細菌がよく混同されます。細菌は1つの細胞からなる小さな生物、すなわち微生物の一種です。一方、ウイルスも微生物の一種ですが、ウイルスの設計図である遺伝子とそれを守るタンパク質や脂質の膜だけでできていて、とても単純な構造をしています。さまざまな生物の細胞に感染し、ウイルス遺伝子の情報をもとに、細胞に備わっている「タンパク質や遺伝子を作る機能」などを利用して子孫のウイルスを作ります。

 

 

 「こんなに無駄のない構造で生存し続けるウイルスってすごいなあ!」と感動し、そのしくみに興味を持ったことが、私がウイルスの研究者になった動機です。

 

 のちほどくわしく説明しますが、現在は主に、マウスに白血病と神経病変を起こすレトロウイルスと、インフルエンザウイルスについて研究しています。
自然豊かな田舎で育ち、 子どものころから理系が大好きだった
 私は兵庫県の田舎で生まれ育ちました。なんと幼少の頃の記憶といえば「草むらの中にいる私」です。隣の家さえ遠く、自然を相手に遊ぶ子どもでした。そういう育ち方をしたので自然現象全般に興味があり、理系の科目ならなんでも好きでした。勉強ばかりしていたわけではなく、中学、高校と毎日真っ黒になってテニスに明け暮れていました。音楽も大好きで、ピアノ教室にも通っていました。
進学先の獣医学部で ウイルスと運命の出合いを果たす!
 高校のころは特に自然や生命に関心が向かい、大学では、生物の中でも哺乳類について学びたいと思いました。大学の学部を調べてみて、「哺乳動物なら獣医学部がよさそうだな」と考えて、獣医学部のある大学を受験しました。

 

 

 獣医学部では、さまざまな方向から生き物のしくみや病気について興味深く学ぶことができました。その中でも微生物学の講義と実習がとても面白く、先生をたずねて微生物の研究室に出入りするようになりました。その研究室でインフルエンザウイルスの研究をしている先生に「手伝ってみる?」と声をかけられ、研究をお手伝いすることになりました。そこで初めてウイルスについて詳しく知りました。

 

 

 ウイルスにはたくさんの種類があり、あらゆる生き物に感染します。動植物はもちろん、細菌に感染するウイルスもあります。知れば知るほど、宿主とウイルスとの関係性にどんどんひき込まれていきました。

 

「マウス白血病ウイルス」を使って ウイルスのサバイバル戦略に迫る
 現在の研究テーマは、大まかにいえば、ウイルスがどのようなしくみで細胞に取りついて中に入っていくのか、細胞の中でどうやって増殖しているのかを解明することです。

 

 ウイルスが生き残るためには、すぐに宿主の細胞を壊してもいけないし、逆に宿主の免疫機構に自分が殺されてしまってもだめです。宿主を生かしたまま利用し、最大限に増殖できるようなしくみを何かもっているはずです。私が調べているのは、そのしくみです。
遺伝子の構造が単純だからこそ メカニズムが見えやすい!
 私は「マウス白血病ウイルス」を研究に使っています。このウイルスは遺伝子の数が少なく、単純です。しかし、遺伝子を正しく働かせるためのスイッチを操作する機能がどこにあるのかもよくわかっていません。でもちゃんとマウスの細胞で増殖し、マウスに白血病や神経病変を引き起こす性質も子孫のウイルスに伝えています。いったいどうやって遺伝子を正しく働かせているのでしょうか。研究の一例をご紹介しましょう。

 

 

 高校で生物を選択した人はわかるかと思いますが、遺伝子が働くには、まずDNAの持っている遺伝情報を元にメッセンジャーRNAが合成され、そこに細胞内のリボソームがくっついてタンパク質を合成します。私の研究室ではその一連の流れの中から「スプライシング」という現象に着目し、どういうしくみでマウス白血病ウイルスの遺伝子が正しく働くようになっているのかを調べました。

 

研究室での実験からわかったことと そこから生まれた新たな謎
 ヒトやマウスなどの遺伝情報は複雑で、その膨大な遺伝情報をそのまま写し取っても、正常にタンパク質が作られません。そこで、メッセンジャーRNAに遺伝情報を転写する際に、不要な情報を取り除く「スプライシング」が行われています。

 

 スプライシングは遺伝子構造の決まったところで起こります。私たちは、マウス白血病ウイルスの遺伝子の一部を人工的に取り除くと、スプライシングがうまくいかなくなることを実験で突きとめました(なんと約8000塩基がつながった遺伝子のなかの、たったの11塩基でした)。その11塩基のどこかに正しいスプライシングを指揮している「何か」があるはずです。
 マウス白血病ウイルスは宿主の細胞の中でスプライシングを行っています。しかも、先ほど紹介した通り、遺伝子構造が単純なので、ウイルスの遺伝子からは、スプライシングをコントロールするタンパク質は作られていません。それでもスプライシングが正しく行われている、ということは、宿主細胞の中に備わっている「何か」を借りているに違いありません。そこで、「いったい何を借りているんだろう?」という新たな疑問が生まれました。

 

 私たちは今、こうした「分子」というミクロな世界でのなぞ解きに挑んでいるところです。
マウス白血病ウイルスの研究が ヒトの病気の解明につながるかも!
 実はヒトにも、遺伝子のスプライシングの異常によって起こる病気がいくつかあります。マウス白血病ウイルスの研究が進めば、ヒトの細胞で起こっている未知の現象を明らかにできるきっかけになるかもしれません。いわば私の研究は、生命現象の根源的なメカニズムを、ウイルスというモデルを使って探っているということにもなります。

 

 

 他には、「インフルエンザウイルスは、なぜさまざまな宿主動物の間を伝搬できるのか。その分子メカニズムはどうなっているのか?」というテーマについても、本学および他大学の先生方と協力しながら研究を進めています。一つのことを深く掘れば掘るほど、思わぬところにつながる可能性が高くなり、楽しさが増すので、研究がやめられません。
大学での学びは 新しい発見に満ち溢れている!
 共生創造理工学科の1年生はまず、生命現象についてのいろいろなキーワードについて学んでいきます。授業などを通して、あなたが不思議に思ったことは、実はまだ解明されていないことかもしれません。単に自分の知識不足なのか、それとも本当にまだ世界の誰もが知らないことなのか、の区別がつくようになると、「じゃあ、自分で研究してみようか」と、研究が楽しみになってくるのです。

 

 

 私の研究室では、遺伝子工学や細胞培養の基本的な技術が一通り身につきます。最初は先輩と一緒に実験しますが、半年もすると、実験試料の取り扱いや機器の操作にもなれ、一人で実験ができるようになりますよ。卒業研究では過去に先輩たちがやってきた内容を踏まえ、研究を一歩先に進めます。この段階で、世界中で行われている関連の研究にも思いが至れば理想的です!

 

 ちなみに、研究用のウイルスは絶対外に漏れたり感染したりしないよう、超低温の冷凍庫で保管します。実験は講習を受けた後、バイオハザードを封じ込めることができる特別な実験室で、安全性を確保しながら行いますので、安心してください。
 大学時代は自分の知的好奇心に向き合い、興味を掘り下げて深めていける唯一のチャンスです。いろいろな事情はとりあえず脇に置いて、一度じっくり「本当にやりたいこと」を考えてみてほしいのです。自分の好きなことを深く掘り下げて考える経験は、人生で壁にぶつかった時に、冷静に問題の根源を探れるような思考力を養います。その後の人生にも必ずプラスになると思います。
研究を漢字一文字で表すと?
 私は、ウイルスの研究を長く続けてきて、研究とは、自然界の事象を深く掘り下げ、その中でぶつかった未知の謎に挑んでいくことであると感じるようになりました。研究という行いには、研究者の人間としてのあり方が反映される奥深さがあり、また、研究には、自分自身に向き合う機会を与えて成長させてくれる懐の深さがあると思います。
 ですから、私の研究のイメージは「深」です。

<経歴>

 兵庫県生まれ。父は兵庫県の家畜保健衛生所に勤める獣医師で、そのため田舎で牛やニワトリを眺めながら自然を友に育つ。中学・高校とテニス部に所属。
 北海道大学に進学し、北海道大学大学院獣医学研究科博士後期課程 修了。獣医学博士。英国NERC, Institute of Virology の博士研究員および国立精神・神経センター神経研究所の研究員を経て創価大学生命科学研究所に。2003年から現職。

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