『DXの第一人者が教える DX超入門』
通信教育部 教授 有里 典三
最近、新聞を読んでいてもニュースを聞いていても、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉と何度も遭遇する。アナログ世代にはよく理解できないが、簡単に言えば、DXとは「情報通信技術による変革」(p.16)を意味しているようだ。しかも、単にいまあるものをデジタル化して効率化することではなく、「製品やサービス、業務や組織をまるごと変えてしまう」(p.17)ことだという。「DXはつまるところ、デジタル技術を用いて、日々の生活や仕事を、まるで違う世界にする」(p.18)ことをめざしているらしい。では、「まるで違う世界」とは何か? そこには次の3つの共通項があるという(p.18)。
デジタル技術をもちいた日々の生活や仕事の変革は「第4の産業革命」と言われている。それもかなり劇的な変革である。社会学を専門とする者にとって、本書の最大の魅力は、「DXの本質を理解するための必要最低限のポイントを伝授」してくれる点にある。
では、実際にどのような改善が起こっているのか? ここに驚くべき数字がある。ヒトとヒト、モノとヒト、モノとモノをつなぐインターネットは、1995年時点と2020年時点を比較すると、インターネット接続人口は4,437万人から500億人へと25年間に1,000倍以上拡大したというのだ。時間がたつほど爆発的に増加する、「指数関数的な」成長といってよい。ヒトだけではなくモノもつながるので、モノのインターネットI oT(Internet of Things)と呼ばれている 。集まる情報は桁違いに膨大なビッグデータである(p.21)。
こうしたビッグデータをAIで解析することによって、「商売全体のモノの流れがよくわかるようになり、製造から輸送、販売までを可視化して余計な生産、余計な在庫をできる限りもたずに販売機会も逃さない、といった理想的な商売が」(p.23)可能になる。このような商売の劇的な変革をサプライチェーンマネジメントというのだそうだ。この手法を応用すれば、合理的な愚か者たちが生み出している年間643億トンともいわれる膨大な食品ロスを劇的に減らすことができるのではないだろうか。
DXは、長年あきらめていた不便さをすっきりと解決し、夢がかなう体験を提供してくれる。「パワフルな製品やサービスが次々と実用化され、その結果『まるで違う世界』が創出される」(p.26)。たとえば、1)自宅に居ながらどんなものでも買い物ができる世界(Eコマース)、2)財布をもたなくても買い物ができる(顔認証による電子決済)、3)どんなに遠い場所でも輸送手段を使わずにモノが届く(3Dプリンター)、4)一刻一秒を争う緊急手術でもゴッドハンドの医師が手術できる世界(遠隔医療)などである。こうした仕組みは、いずれも人の本性に訴え、顧客需要に強く訴求するものなので、一度利用したら誰も元に戻りたがらない。つまりは、不可逆性が高いのだ。そのため、古くからの秩序を壊してしまうこともある。それが原因で、実際に倒産に追い込まれる企業も現れている。ユニクロは、職場にAIを導入し、自動化することで従業員を10分の1にまで省人化することに成功したというが、今後AIが人間から今の仕事を次々に奪い去る危険性はないのだろうか。
「まるで違う世界」は組織、個人によって当然ながらありようが変わる。「営業部門」であれば、競合他社の追随を許さない顧客満足度と高い利益率を誇るサービスを考えだすだろう。「管理部門」であれば、とんでもなく効率的でセキュリティの高い情報管理の仕組みを考えるだろう。「個人」であれば、特殊な知識や技能の習得などに挑戦するかもしれない。
本書は、第1章 DXとは何か? 第2章 DXがもたらした変化、 第3章 代表的な技術、 第4章 DXを使いこなすための仕組みや思考法、という4章から構成されている。
本書の特徴はその読みやすさである。その理由として次の3つの要因を指摘できるだろう。第1は、本書には難解で面倒な専門知識の解説や高度な数式などが一切出てこない点である。本書を貫いているのは、「ほんの数年前の常識からすればとんでもなく高度な技術や情報を、誰でもつかえるような時代になったので、どんどん応用して、やりたいことをやりましょう!」 (p.3)というごくまっとうな提案だけである。「DXは好むと好まざるとにかかわらずやって来る大きな波のようなもの……どうせやって来る大波なら、うまく乗ってしまおう!」 (p.32)という積極的な姿勢こそが著者の基本的なスタンスである。
第2は、DXについてのずぶの素人に対して、様々な配慮をしながら行き届いた説明がなされている点である。たとえば、「DXには共通する構造があります。大事にすべきこと、気を付けることなど、うまく使いこなすためのコツがありますが、どれひとつ難しいことはありません。わかりやすい事例を紹介しながら、ときに私自身の経験も踏まえて説明」(p.5)したいと述べている。徹底して読者に寄り添った簡潔な説明に徹している。
第3に、成功も失敗も含めて、実に興味深いエピソードが多数紹介されている点である。これによって読者は、将来DXが実現する(あるいはすでに実現した「まるで違う世界」を具体的にイメージできる。たとえば、私が個人的に興味を引いた事例として、第1章の「留守の家に入り食品を届ける! ウォルマートのユニークなサービス」、第2章の「コダックの悲劇」、「凋落する新聞業界で黒字化したワシントン・ポスト」、「スターバックスで起きた怪現象」、「コロナ禍で活躍した位置情報サービス」、第3章の「3Dプリンターで輸送が不要になった!」、「機械学習で人間を超える」、「ブロックチェーンと暗号資産」などの事例を挙げておきたい。
本書はDXについての体系的なテキストとはいい難いが、DXの本質と現代社会に及ぼす変動の大きさを理解するには格好の入門書である。DXを使って新たな挑戦を考えている方や仕事上DXの推進が必要不可欠な読者にとっては、たいへんに心強い入門書といえるだろう。是非とも一読をお薦めしたい一書である。
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