経済学部:経済と歴史「なぜ経済学部で歴史を学ぶのか?」
経済学部 教授 寺西 宏友
経済学部にご入学いただいた方々に、必修の授業として「ミクロ経済学」「マクロ経済学」という経済理論の授業と並んで、「経済と歴史」という授業を履修していただいています。経済学部なので、経済理論の授業が必修というのは、誰も疑問に思わないのですが、なぜ経済学部で歴史を学ぶのかは、少し分かりにくいと思います。
「経済史」という科目は、日本の大学に経済学部という学部が生まれてからずっと存在してきているということをまず申し上げたいと思います。日本の大学の歴史の中で、はじめて「経済学部」という名前で学部が設置されたのは、1919年(大正8年)東京大学と京都大学でした。翌年、私立大学としては慶應大学が一番早く「経済学部」を設置しています。この頃すでに、経済学部としてのカリキュラムに「西洋経済史」や「日本経済史」という科目が必ず含まれていました。
では、何のために経済学部で歴史を学ぶ必要があったのでしょうか? その頃に使われていた教科書を見ると、中心的なテーマは資本主義の形成・発展の歴史でした。1920年頃というと、日本は、日清・日露戦争を経て産業革命を遂行し、世界の列強国の仲間入りを果たしていました。さらに1914~19年の第一次世界大戦では、欧州がまさに戦場となり、世界初の総力戦を戦い抜いていた欧州の列強諸国は、生産能力を激的に低下させ、壊滅的な経済的ダメージに見舞われました。その一方で莫大な利益を上げていたのが、参戦はしたものの戦火に見舞われることのなかった日本でありアメリカでした。特にアメリカはすさまじいばかりの経済発展を遂げていました。こうした歴史的背景の中で、経済学部で教えられた「歴史」関連の講義が、資本主義システムの形成過程ならびに発展の歴史にフォーカスしたのは当然のことであったと思います。特に日本では、明治維新以来の近代国家建設の最中にあったのですから、資本主義を前提とした経済発展が念頭に置かれていたのはごく自然なことでもありました。
もちろん、中には資本主義が万能ではなく、そのシステムのもたらす問題性に着目する学者もいました。第1次世界大戦の最中の1917年に、ロシア革命が起こり、史上初の社会主義国家・ソビエト連邦が誕生していました。これは、「資本主義」を批判したマルクスの提唱した労働階級による生産手段の独占を実現したものでした。マルクスは「資本論」という書物の中で、資本が生産過程に投入され、新たな付加価値を伴う商品を生産することで利潤が実現するということを明らかにしました。そして、その新たな商品の付加価値というのは、原材料に人間労働が働きかけることによって生まれるものなので、突き詰めていうと、利潤の源泉は人間の労働ということになると結論付けました。つまり、資本家が手にする利潤というのは、本来は労働者に賃金として支払われるべきものだということです。このことは、現在日本でも賃上げを実現することが経済の低迷を脱却する上で、喫緊の課題だと言われていることにも通じます。資本主義を語るうえで、こうしたマルクスによる批判的視点は、忘れられてはなりません。
しかし、大学の経済史の中で資本主義の発展を取り上げる場合は、往々にして肯定的にとらえられてきました。それは、その時代その時代の状況に規定されてのことでもありました。特に、1990年代に東西冷戦が終結し、多くの旧社会主義諸国が、自由主義市場経済を取り入れていくことになった時には、「市場メカニズム」を基礎に据えた経済運営こそが、正しいとする価値観から歴史を振り返ることがなされていたように思います。
では、現在の時点では、資本主義というシステムはどのように捉えられているでしょうか? 人類の存続を脅かすほどの劇的な気候変動を、私たちは強く実感しています。そのことが引き起こされているのは、人間の経済活動が自然環境の許容範囲をこえて負荷をかけているからです。また、世界での先進国と発展途上国の間の格差、さらには先進諸国の社会内部での行き過ぎた自由競争がもたらす所得格差というものが、見過ごすことが出来ないほどの事態に立ち至っています。こうした問題意識は、現在多くの人に共有されているのではないでしょうか?とするならば、今私たちが、この「経済史」という学問の中で学ぶべきことは、環境問題ならびに格差の問題を資本主義というシステムに内在する問題性ととらえ、歴史的にどのように形成されてきたのかということになると思います。
そもそも経済学という学問は、18世紀にアダム・スミスによって生み出されましたが、現在にいたるまで、社会・時代が大きな転換点を迎えるごとに、そのパラダイム(命題)を大きく変え続けてきています。自由な競争か平等性か、経済活動への政府の関わりは大きい方が良いのか小さい方が良いのか、自由貿易か保護貿易かといういくつもの対立軸自体が時代によって大きく変遷をしてきています。
結論として申し上げると、この「経済と歴史」という科目では、歴史の大きな転換点で新たな経済学が生まれてきたことをまず学びます。そして、現在の私たちの抱える問題意識に立って、そうした問題をもたらす資本主義の歴史的発展過程を学ぶことに重点を置きたいと思います。
受講生の皆さんと一緒に現在の資本主義がもたらす様々な問題を克服していくために、私たち一人一人がどうすれば良いのかということも議論をしていければと楽しみにしています。
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