『イングランド銀行公式 経済がよくわかる10章』
通信教育部 准教授 堂前 豊
■著者と背景
本書は、イングランド銀行公式の経済学入門書(Can’t We Just Print More Money? : Economics in Ten Simple Questionsの日本語翻訳書)です。
イングランド銀行は、イギリスの中央銀行です。1694年に、「イギリス国民の幸福と便益に資する」ことを目的として創設されました。この理念に基づいて、イングランド銀行では、一般の人々が経済学について理解を深めることができるような活動も活発に行っているようです。
序文には、「多くの人々に経済学を知ってもらおうと続けた努力の最新の試みが、本書である。イングランド銀行は若い人たちに資産管理の基本と基礎的な経済学の考え方を解説する広範な教育プログラムを開発してきた。(中略)こうした教育プログラムの経験を活かして、『これ一冊読めば十分』と言えるような読みやすくわかりやすい経済学の入門書の出版をめざすことになった。(中略)国内のすべての公立学校に一冊ずつ本書を送る予定」(8頁)と記されています。
■概 要
序章「経済学はどこにでも」では、エコノミストの日常を題材にして「経済学はどこにでも転がっている」(23頁)ことや、なぜ経済学が大事なのかなどについて概説しています。そのうえで、「読者の身近なことを取り上げ、経済学の主な概念に親しめるようにすることがこの本の目的だ。」(40頁)としています。
経済学は、「個人や個々の企業の選択に関わっている」(40頁)ミクロ経済学と「個々の選択が積み重なった結果としてのシステムとして経済を捉える」(41頁)マクロ経済学に大別されます。
本書では、第1章から第3章までがミクロ経済学、第4章から第10章までがマクロ経済学の領域に対応しています。
第1章「食べたい朝ごはんを選べるのはなぜ?」では市場について、第2章「経済学は気候変動問題を解決できる?」では市場の失敗とその解決策について説明しています。第3章「どうすれば賃金は上がる?」では、経済学では労働をどのように考えるかなどについて説明しています。
第4章「ひいひいおばあちゃんの代より私たちのほうがゆたかなのはなぜ?」では経済成長について、第5章「私の服の大半がアジア製なのはなぜ?」では貿易について、第6章「どうしてフレッド(注)はもう10ペンスでは買えないの?」ではインフレーションについて説明しています。
第7章「そもそもお金って何?」では、お金の歴史、機能や未来について、第8章「タンス預金が好ましくない理由は?」では、銀行の役割について説明しています。
第9章「どうして危機が起きると誰もわからなかったのですか?」では、経済危機の歴史と要因について、第10章「中央銀行がどんどんお金を刷ることはできないの?」では量的緩和などの金融政策や財政政策について説明しています。
終章「あなたも経済学者」では、本書で行った「経済学の旅」を振り返っています。
■特 徴
本書では、どのような問いを立てて、いかなる答えを導いているかを、容易に確認できます。章のタイトルを問いの形で示すだけでなく、付録で「経済学に関する51の質問」とそれらの答えに相当する本文のページも紹介しています。
問いを眺めるだけでも、問題意識が喚起されます。例えば、第9章のタイトル「どうして危機が起きると誰もわからなかったのですか?」は、「女王陛下からの質問」(328頁)です。2007~08年のグローバル金融危機について、エリザベス女王がロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで居並ぶ経済学者に対して発した言葉として知られています。本文を読む前に、私は、イングランド銀行がどのような答えを示しているかについて、思わず想像を巡らせました。
なお、第10章「中央銀行がどんどんお金を刷ることはできないの?」では、バブル崩壊後の日本の金融政策についても、多くの紙幅を割いて、わかりやすい説明をしています。
イングランド銀行のアンドリュー・ベーリー総裁は、序文の最後に、「経済学は、期待通りの結果が得られなかったときなどにしばしば批判されて嘲笑されるけれども、世界をよりよい場所にすることに貢献できる学問だと信じている。本書を読んで、私がそう信じる理由をわかっていただければ幸いである。」(9頁)と述べています。
私は、その願いが多くの人に届く内容になっているのではと感じました。ぜひ、お薦めしたい一書です。
注:フレッドについて、本文では、「どんどん値上がりする人気のお菓子」(214頁)、「大手菓子メーカー、キャドバリーのアイコンとも言えるカエル型の緑のチョコレート」(214頁)と紹介しています。
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