学生研究者として参加した南極海の観測航海。 そこで得られた学びと感動とは
成澤 美紅(理工学研究科 環境共生工学専攻 博士前期課程2年)
南大洋(南極大陸周辺の海域)に生息する動物プランクトンを研究する成澤美紅さんは、2024年1月11日~2月9日、国立極地研究所の共同利用研究員として、南大洋観測航海に参加しました。数少ない学生研究者の一人として、およそ1か月にわたり船上で生活しながら研究活動に取り組んできた成澤さんに、海氷が浮かぶ極寒の南大洋での観測や実験の様子と、そこで得られた学びなどについて話を聞きました。
南大洋観測航海に参加することになった経緯を教えてください。
指導教授である黒沢則夫先生にお話をいただいたことがきっかけです。私は、学部4年生のころから、黒沢先生の研究室で、南大洋の海水や流氷の中に見られるカイアシ類という動物プランクトンに関する研究をしています。研究に必要なサンプルの入手などで国立極地研究所の協力を受けていること、過去に研究室の先輩方もこの航海に参加していたことなどから、学生研究者として推薦していただき、観測航海に参加するという貴重な機会をいただきました。
カイアシ類について大学ではどのような研究を行っているのですか?
カイアシ類は、エビやカニと同じ甲殻類の仲間です。大きさは1㎜~1㎝程度と小さいのですが、全海洋に生息し、実は海で最も大きなバイオマス(生物量)がある動物と言われています。植物プランクトンなどを食べ、魚の仔魚や稚魚のえさになるため、海の生態系の中でとても重要な役割を果たしている生き物です。
私が研究対象としているカイアシ類は3種あり、いずれも海水だけでなく流氷の中でも暮らしていることが知られています。しかし、なぜあえて冷たい海に生息しているのか、どうやって流氷の中に入ったのかなど、生態については分からないことが多く、先行研究もあまりありません。
そこで私の研究では、南大洋で採集された氷の融解液を使い、種ごとの個体数密度(氷の体積当たりの個体数)の算出と遺伝子の解析に取り組んでいます。氷の融解液を顕微鏡で観察したり、1個体ごとにDNAを抽出したりする実験はとても地道な作業ですが、はるばる南極海から届けられたサンプルを使い、まだ世に知られていない生き物の生態を自らの手で明らかにできることに誇りを持って取り組んでいます。
今回の南大洋観測航海では、どのような調査を行ったのでしょうか?
私を含めた観測隊は、オーストラリア南西部のフリマントル港から東京海洋大学の練習船「海鷹丸」に乗り込み、南極海の氷縁域(海を覆う海氷の端に近い場所)を横切ってオーストラリア・タスマニア島のホバートに向かう間にさまざまな観測を実施しました。具体的には、一緒に乗船している研究者や船員の方と協力して、たくさんのセンサーが付いた観測装置や採水器による鉛直的なデータの収集、魚類やプランクトン類の採集などを行い、生態系の理解や経年変化を把握する上で重要なデータを得ることができました。
そのほかにも、氷縁域の海水からカイアシ類などの生き物を捕集し、それらの塩分耐性を明らかにする実験を行いました。実験結果はまだ分析中ですが、南大洋の生物の生態に対する理解が少しでも深まる成果になることを期待しています。当初、現地から研究対象のカイアシ類を生きた状態で持ち帰りたいと考えていたのですが、条件が整わず、実現できなかったのが少し心残りです。
南大洋での航海で学んだこと、苦労したことを教えてください。
長期間にわたる船旅も、南大洋へ行くことも、すべて初めてだったので、本当にたくさんの学びがありました。中でも、乗船中は、自分の研究テーマ以外のたくさんの観測にも参加し、海洋観測の手法や分析をじっくり学べたことは大きな収穫でした。学部時代、海洋学実習の授業で海洋観測の基礎的な手法や技術を学んでいたのですが、やはり大規模な船舶での観測作業、最新のセンサーを使った観測は現場でしか経験できないもので、毎日新しい知識を得ることができました。創大から観測隊に参加したのは私一人でしたが、観測は研究者の先生方や他大学の学生研究者、船員さん、操船実習中の東京海洋大学の学生も協力して行われ、「研究は一人ではできない」ということをあらためて痛感しました。
学びだけでなく、苦労もたくさんありました。特に印象深いのは船酔いですね。船旅にはつきものですし、黒沢先生や先輩方にも「酔い止めは絶対に飲んでおくように」と忠告されていたのですが、出港する前は天気が良く、海もおだやかで、つい油断して薬を飲まずに船に乗ってしまいました。ところが、船が港を出ると大時化になり、見事にひどい船酔いに……。出港した1月11日は、船内で鏡開きのお餅が振る舞われたのですが、食事どころかベッドから出ることもできなかった私は、それを食べ損ねてしまいました。今でも薬を飲んでおけばよかったと悔やんでいます(笑)。
船の上で感動したことはありましたか?
これまで写真でしか見たことがなかったカイアシ類たちの故郷を、自分の目で見ることができた時はとても感動しました。氷縁域は、栄養が豊富で植物プランクトンが繁茂し、海が緑色に見える日もありました。そうした自然の姿を実際に見ることで、研究に対するモチベーションも上がりました。
また、高校時代から海の環境や生物を研究したいと思っていた私は、大学受験で、今回乗船した海鷹丸を持つ東京海洋大学を第一志望にしていました。残念ながら合格することが叶わず、創価大学理工学部に進みましたが、気持ちを新たに創大でしっかり学んだことが実を結び、今回思わぬ形で高校時代に「乗れたらいいな」と思っていた海鷹丸に乗船できたことは、本当に嬉しかったです。
創大での学びや活動では、どのようなことが印象に残っていますか?
私が学んだ共生創造理工学科は、生物、環境、化学、物理といった幅広い分野の授業があり、少しでも興味がある分野を見つけたら、その学びにチャレンジしやすい環境だったと思います。私も元々学びたかった海洋に関する授業だけでなく、土壌や植物、遺伝子、生命科学、環境などさまざまな授業を履修することができました。専門分野の知識はもちろん、研究に対して多様なアプローチを考えられる視野の広さや、他領域の研究者と話す時に役立つ幅広い知識を得ることができたのは、創大の理工学部で学んだからこそだと思っています。
また、理工学部ではイベントの企画運営を行う団体にも所属し、創大祭で小麦粉とろうそくを使った「ミニ粉塵爆発」の実験を披露したことも思い出に残っています。
課外活動では女子サッカー部に所属し、コロナ禍で活動が難しい時期もありましたが、少ない人数でも工夫して練習したり、他大学の学生と一緒に練習したり、充実した時間を過ごすことができました。忘れられないのは、公式戦で初ゴールを決めたことです。あまりかっこいいゴールではなかったのですが、練習してきた日々が報われた気がしました。
大学院修了後の進路について教えてください。
宇宙開発や地球環境に関わるソフトウェアも手掛けているIT企業で、ソフトやシステムの研究開発に携わる予定です。自分のアイデアを生かした製品を世に送り出し、社会課題の解決や人の役に立つ仕事をしていきたいと思っています。
創大を目指す後輩たちにメッセージをお願いします。
先ほどもお話ししましたが、私は大学入試で挫折を経験し、創大には「とりあえず入ってからやりたいことを探そう」という気持ちで入学しました。しかし、友人が大きな志を持って学問に取り組む姿や、困難に立ち向かう姿を見て、自分が好きなことややりたいことを真剣に考えるようになりました。その結果、履修を続けるか悩んでいた教職の授業や、海の研究にもやる気が出て、無駄なことなんてない、今できることを何でも頑張ろうと思えるようになりました。意欲を持って研究に取り組んだことが今回の観測航海への参加に繋がり、今は、入学前の挫折を含めてすべてが大事な経験だったと思っています。
創大には、やりたいことを応援してくれる学生の仲間、親身になってくださる先生方や職員のみなさんがいます。やりたいことがある人も、まだ見つからない人も、ぜひ創大でたくさんの人と支え合いながら、いろいろなことに挑戦し、夢を見つけ、叶えてほしいと思っています。
[好きな言葉] 楽観主義の人は強い
[性格]
元気、細かいことは気にしない
[趣味]
旅行、スポーツ観戦、食べること
[最近読んだ本]
バッタを倒すぜアフリカで/前野ウルド浩太郎