准教授

樋口 直樹

ヒグチ ナオキ

Profile

専門分野

中東地域研究、政治社会学(脱民主化研究)、ジャーナリズム論

研究テーマ

戦争・記憶・アイデンティティが民主主義の後退(脱民主化)に与える影響

研究内容

私は中東地域研究、政治社会学、ジャーナリズム論を横断しながら、戦争や社会的トラウマ、集合的記憶、民族・国家・宗派などのアイデンティティが、民主主義の後退にどのように作用するのかを研究しています。ここでいう政治社会学とは、政治制度や権力の動きだけでなく、それを支える社会意識、言説、アイデンティティの働きにも注目して政治を捉える分野です。とりわけ私は、戦時下のイスラエルにおいて「反ユダヤ主義」という言説がどのように用いられ、批判者が「内なる敵」としてどのように位置づけられていくのかに関心を寄せています。

この研究の出発点となったのは、2023年10月以降の「ガザ戦争」(イスラエルとイスラム組織ハマスの大規模戦闘)をめぐる問いでした。国際社会が繰り返し停戦を求めるなか、なぜイスラエルは攻撃を長期化させたのか。この問いを考えるうえで欠かせないのがユダヤ人の歴史的経験、とりわけホロコースト(ユダヤ人大虐殺)に代表される迫害の記憶と、それに結びつく被害者意識の問題です。イスラエル政府は自国の軍事行動に対する国際社会の批判について、しばしば「反ユダヤ主義」と結びつけて不当な批判であると反論してきました。さらに、こうした言説は国外だけでなく国内にも向けられ、政府の戦争方針や占領政策に異議を唱える人々までが「内なる敵」として位置づけられる場合があります。

私はこの現象を単なる中東政治の事例としてではなく、民主主義の劣化を考えるうえで重要な事例として捉えています。従来の脱民主化研究では、選挙制度の改変、司法の弱体化、メディア統制といった制度面の変化が主に注目されてきました。しかし、私はそこに戦争、社会的トラウマ、集合的記憶、アイデンティティ政治、そして言論空間の変容という要素を接続することで、民主主義が後退していく過程をより立体的に明らかにしたいと考えています。とりわけ、ある言説がいかにして批判者を排除し、異論を封じ、社会のなかに「敵」を作り出していくのかという点に関心を持っています。

私は1989年に創価大学法学部を卒業し、毎日新聞社に記者として入社しました。地方での警察、行政取材などを経て、主に国際分野の取材・執筆に従事してきました。2003年から2006年にかけてはエルサレムに駐在し、第二次インティファーダのさなかで現地取材を行いました。また、ウィーン駐在中の2011年から2013年にかけては、中東を席巻した民主化要求運動「アラブの春」、特にエジプトでの民衆革命の顛末を現地から報じました。

取材現場では日々起きる出来事を追うことに全力を注いできましたが、長年の記者生活を経て、そこで得た経験や知見をさらに深め、研究と教育を通じて次世代に伝えたいと考えるようになりました。そこで、勤続30年を機に早期退職し、京都の大学院に進学し、研究生活に入りました。現在の研究は、記者として培った現場感覚と大学院での学術的探究とを結びつけながら、現代世界における民主主義の脆弱性を考察する試みでもあります。

担当科目

共通総合演習A/B、メディア演習Ⅰ/Ⅱ/Ⅲ/Ⅳ(ジャーナリズム)、特殊講義Ⅴ/Ⅵ(自由民主主義論)

ゼミテーマ

脱民主化研究――言論空間にみる記憶・アイデンティティ・戦争の陰

ゼミ紹介

本ゼミでは、2023年10月以降の「ガザ戦争」と、2011年の「エジプト民衆革命」に続く軍事クーデターを主な事例として、中東における脱民主化のプロセスを、メディア言論の分析や関係者へのインタビューなどを通じて考察します。民主主義の後退は選挙制度や統治機構の変化だけによって進むのではありません。戦争や社会的トラウマ、集合的記憶、民族・国家・宗派などのアイデンティティが社会のなかでどのような言説を生み出し、異論や批判をどのように排除していくのかを考えることが重要です。本ゼミではそうした政治と言葉の関係に着目しながら、現代中東の複雑な現実を読み解いていきます。

ゼミ運営においては、ジャーナリスティックな現場感覚と学術的厳密性の両立を重視します。第一に、実務家教員としての強みを生かし、30年にわたる取材経験と中東で培った人的ネットワークを活用したフィールド・リサーチを重視します。文献や報道資料の検討に加え、オンラインでの現地インタビューや、可能な場合には現地調査も視野に入れながら、さまざまな出来事を具体的な文脈のなかで理解する力を養います。第二に、3年次には関連する研究会や学会などでの発表を目指し、論文執筆とプレゼンテーションの力を実践的に鍛えます。自ら問いを立て、資料を集め、分析し、他者に伝えるという一連の過程を通して、研究に必要な基礎力と発信力を培うことを目標としています。

メッセージ・ひとこと

世界で起きている戦争や政治的対立は、遠い地域の出来事のように見えて、実は私たち自身の社会のあり方とも深くつながっています。言論の自由、少数者の排除、歴史認識、メディアの責任といった問題は、中東に限らず、現代の民主主義を考えるうえで避けて通れない課題です。出来事を表面的に追うだけでなく、その背後にある歴史、記憶、アイデンティティ、政治的文脈を丁寧に読み解くことが、複雑な時代を理解するための大切な力になると考えています。現場での肌感覚と、資料の客観的な分析力の両方を大切にしながら、現代世界の動向と行く末を自分の頭で考え、自分の言葉で論じ、的確に発信する力をつけていきましょう。