理数系教育のシステムが破壊されたカンボジアで教育支援

鈴木 将史 教授 教育学部
(広報誌「SUN」2016年7月号:「学問探訪」に掲載記事より)

教師がほとんど虐殺されてしまい、その影響が数十年続いていたカンボジア

今から40年ほど前、カンボジアではポル・ポト政権によって知識階級が弾圧され、ほとんどの教師が虐殺されてしまいました。学校教育は一時ストップし、その影響は平和を取り戻した今も続いています。鈴木教授は、16年前からカンボジアに足を運び、JICA(国際協力機構)の『カンボジア理数科教育改善プロジェクト』で数学教育の支援を行ってきました。
「数学や理科は、体系的な積み上げや論理的思考が必要な教科です。カンボジアでは、学校教育を再建するため、読み書きができる人を見つけてとりあえず教師にしたため、数学や理科をきちんと教える人がいない状態でした。教師を養成する国立教育学校(NIE)の機能を強化しようとしても、NIEの教官自体が高校程度の数学の問題を解けなかったのです」
例えば、「A地点からB地点を経由してC地点へ行く。AからBへは2通り、BからCへは3通りの道があるとき、AからCへは何通りの方法で行くことができるか」というような問題に、教官が「5通り」と答えてしまう、そんな状況だったそうです。

教師を指導する教官のレベルアップや、教科書・指導書の作成を支援

現地事務所でデスクワーク中の鈴木教授
現地事務所でデスクワーク中の鈴木教授

最初に計画していたNIEの教官の教授力の強化や教員養成カリキュラムの整備の前に、まず教官のレベルアップが必要になりました。
「教官たちも数学を体系的に教わったことがありません。教科書に書かれていることを覚えているだけなので、間違いを指摘しても、『それは教科書に書いてない』という反応が返ってきて話がかみ合いませんでした。そこで、集中的に講義を行い、数学的論理展開の理解がいかに大切かを訓練していきました」

教科書自体も誤った説明やミスプリントがたくさんあり、新しい教科書作りの支援も必要でした。
「2013年からは、中学校教員に配布される理数科の教師用指導書作りを始めました。教える順番や生徒への質問の仕方、 知っておきたい高度な関連知識などについて、英語で私が原稿を書き、現地のカウンターパート(担当者)がクメール語に訳して作りました。指導書があれば、カンボジア中の中学できちんと数学を教えられるようになると期待しています」

改善の光が見えてきたカンボジア。日本の数学教育は安泰か?

プロジェクトはひとまず今春で終了。どのような成果が出ているのでしょうか?
「理数科教育には論理性が大事だということが少しずつわかってもらえるようになってきたと感じています。幸いなことに、新しい教育大臣は海外在住の経験もあり、人材育成教育に力を注いでいこうとしています。カンボジアの理数科教育はこれから徐々に変わっていくでしょう。その土台を作るお手伝いができたと思っています」

ひるがえって日本はどうでしょうか?
「日本の理数科教育のレベルは高いのですが、全体的に文章題などを解く力が弱くなってきています。暗記中心の受験勉強の弊害も指摘されています。論理的思考を教える算数教育や数学教育の重要性は日本でも同じです。カンボジアの教育改善にかかわって、日本の数学も心配になってきました」

『カンボジア中等理数教育改善 プロジェクト』クロージングセミナー
『カンボジア中等理数教育改善 プロジェクト』クロージングセミナー
鈴木 将史 Masashi Suzuki
東京生まれ。1982年東京大学理学部数学科卒業。1989年同大学院理学系研究科博士課程単位取得。1992年愛知教育大学数学教育講座助教授。2007年創価大学教育学部児童教育学科教授に就任。2012年4月より教育学部長を務める。確率論や数学教育を研究するかたわら、カンボジアにおける数学教育支援にも力を注ぐ。
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