通信教育で学ぶ価値とは?オンラインと対面授業を組み合わせた新たな学びの時代へ
7月半ばとはいえ、蝉しぐれの東京・八王子市の創価大学構内を抜けて通信教育部の木村富美子教授の研究室へ。「学びたいと思った時がその人にとっての“適齢期”」「学びの螺旋(らせん)階段を登っていくと見える景色が違ってきます」「卒業するために行動を起こし何をどうするという“動詞で考えよう”」といった、自身の体験に裏打ちされた語録が次々と飛び出し、あっという間に約束の取材時間が過ぎてしまいました。
<div style="text-align: right;"><span style="color:#808080;"><span style="font-size:14px;">※掲載内容は取材当時のものです。</span></span></div>
現在担当されている科目、講義について教えてください。

創価大学通信教育部の履修科目には、情報科学や数学基礎、自立学習入門などがあります。自立学習入門は、通教生が一人で学べるようにと教科書の読み方やレポートの書き方を専任教員が担当しています。私はコンピュータ・リテラシー(IT技術を使いこなす能力)も担当しています。
また、通学課程では「法学部生のための数理」を受け持っています。就活時の適性テストや一般教養科目などで「数的処理」があります。文系学生はどちらかというと数学が苦手な傾向にあるものですから、法学部の先生方と相談した講義です。
さらに、2013年に看護学部が開学し、学生一人ひとりがノートパソコンを使って学んでいますが、その看護学部の学生用のコンピュータ・リテラシーも担当しています。
私は経済学部出身で、数学も文系の数学ですから、データ処理とか仮説をデータで検証する際に統計を使うとか、ユーザーとして数学を使ってきましたので、学生さんにも「道具としてコンピュータを使っていくと便利ですよ」「数学を嫌がらないで」と、そういう授業をしています。
通信教育部で学ぶ心構えは?

今は生涯学習の時代なので、学びたいと思った時がその人にとっての“適齢期”だと思います。高校までとは違って大学の場合は、それまでとは異なる学び方をします。教員によって同じテーマでも学説が違うとか様々ありますので、大学では「学び方を学ぶ」ということを身に付けていただければ生涯、自立して学べる人になれると言いたいです。
そうすれば日々の生活の中でも問題意識を持って生きていくことができるのではないでしょうか。学校で習っただけの知識では解決できないかもしれませんが、自分自身で問題を解決する方法を身に付けていれば新しい問題にも対応できるようになれます。
私自身のことを振り返ってみても、大学へ進学しようと思った時に、大学は学び方を身に付けるんだという思いで進学したことを覚えています。ですから、これから通教生になろうかどうしようかと考えている方にとっても、大学は答えを見つけるところではなく答えを探すための方法を身に付ける学びの場、あるいは課題を見つける場であると思ってください。今後、様々なところで自分が問題意識を持ってアンテナを張るわけですから、常にアンテナをより高く張り巡らせていれば問題解決のヒントも得られるでしょうし、よりよい人生が送れると信じています。
どのような動機で学ぶ方が多いですか?
動機は人それぞれですね。他大学を卒業した方とか、他大学で理系を卒業したが文系を勉強したいとか、創価女子短期大学を卒業して学士まで行きたいという理由で入学される方、専門学校卒業生とか…。ちなみに短期大学を卒業された方は3年次に編入できます。
今は「ダイバシティー」(多様性)の推進が欠かせない時代ですので、本学には多様な通教生に多様な学び方を提供したいとの理念があり、通信教育部でもeラーニング(インターネットを利用した学習形態)を2005年度から始めています。
スクーリングの魅力を教えてください。
通教生の皆さんは日ごろ一人で教科書と格闘しているわけですが、スクーリングでは同じ科目を履修し共通の目標を持っている人たちと知り会えるのがとても楽しいようです。また、同じ科目ですから一つの疑問について「あっ、こんなふうな見方もあるのか」という具合に気づきの大切さも学んでいるようです。
たまたま隣に座った人が同じ地域だったとしたら地元に戻ってから交流を深めることもできます。本学では夏期スクーリング中に「ホームルーム」を地域ごとに開催しており、そこで全然知らなかった人と「あなたも通教生なの、これから一緒に勉強しましょう」と仲間意識が生まれ、それが学習を続ける上で励みになっていると感じます。
各教員に質問や相談が気軽に直接できることもスクーリング期間中の楽しみのようです。通学課程の場合、各教員が研究室などを開放して相談に応じる「オフィスアワー制度」というのを設定していますが、通信教育の場合も夏期スクーリング中に、このオフィスアワーを実施しています。
一番の難関はレポート作成と聞いています。そのサポートについては?

そうですね、やはり通教生にとって一番の難関はレポート作成だというアンケート調査結果もあります。レポートが書けなくてドロップアウトしてしまう人もいるようなので、本学では、入学直後で意欲が十分ある時に、レポートの書き方を体験してもらおうと「レポート作成(特別)講義」を年に何度か実施しております。
「レポート作成特別講義」は通信教育部の専任教員が「アカデミックアドバイザー」として担当しますが、各都道府県の指導員・副指導員は科目試験終了後に「レポート作成講義」を担当します(一部の会場で実施)。先ほど「ホームルーム」と申し上げましたが、各地域に担当を割り振って、私は中部担当ですが、自立学習入門の科目とかを各地域に行って講義するという体制になっています。
通信教育部を卒業するコツってありますか?
まず目標を立てて自分のイメージを持つことです。4年あるいは5、6年かけてもいいですが、卒業するというイメージをまず持って、自分で行動を起こすことです。通信教育の場合、自分が一歩動かないことには何も始まりません。そのためには何をどうすると“動詞で考える”よう、私は強調しています。
例えば卒業まで6年間の目標だとしたら、最初の1年は何をするか、次の1年は何をするか、というように計画を立て、その1年の内でさらに夏期スクーリング前とか夏とか秋とかと具体的に、一歩一歩やっていけば目標が現実になるのです。そういう強い思いをまず持つことが大事だと申し上げています。
私自身の体験ですが、高校3年の時に父親が亡くなって、弟が2人いたので、高校を卒業できればいいとの気持ちでした。母親は理解があって、「大学を行けるところまで行ってみたら。辞めるのはいつでも辞められるし」と背中を押してくれて、結果として大学も卒業できました。
ですから、あんまり神経質にならずにビジョン、夢を持って、あとはパッション、情熱ですね。学費が続かなくなったらどうしようとか、様々あるかもしれませんが、とりあえずやってみて、何か問題があったらまたそこで考えればいいといった「おおらかさ」も大切でしょう。私は楽観的な性格でマイペースなので、周りの雑音を気にせずに前へ前へと進むことができました(笑)。
京都造形芸術大学の通信教育で、11年間かけて陶芸を学び学士を取得し、今春卒業した96歳の男性がギネスブックの最長寿記録の認定書を手にしたという話題がありましたね。
やり遂げようとする意志が素晴らしいですね。卒業するために体力はもちろん、様々な意欲をバランスよくそこへもって行かれたことが見事です。
「学ぶ」ということは、そのプロセスも楽しめるわけです。問題をどういうふうに解いていくかとか。その方は造形で物を作ったりするわけですから余計、作りたい物が自分自身の手とか体を動かしながらイメージ通りにできたら、すごい喜びにつながったでしょうね。その実行力はもちろんのこと、それを実現する力、実現力を私は評価したいと思います。
通教生の場合も、レポートを書こうと思った時に、途中で挫折することがあるかもしれませんが、結果としてそれが実現できたというのは、その人が様々な努力、工夫をした結果だと思いますので、その実現力を大事にしていきたいですね。
木村先生が就任しているeラーニングセンター長としての抱負をお聞かせください。
2014年にICT(情報・通信に関する技術の総称)戦略室ができまして、その戦略室の下に情報ネットワークセンターとeラーニングセンターが置かれています。情報ネットワークセンターは情報インフラ、学内のネットワーク環境の管理とかで、eラーニングセンターの方はコンテンツ、中身ですね。
通学課程でもeラーニングをやっていて、通教の方もeラーニングを授業で導入しています。それ以外にJMOOC(一般社団法人日本オープンオンライン教育推進協議会)公認のプラットフォームで、本年6月下旬には中泉明彦教授(看護学部長)の講義を配信しました。
今後は、高校と大学の相互の連携として、高校生が推薦入学で合格が決まって大学生になるまでの間、eラーニングを活用できる取り組みなども視野に入れています。また、通信教育部の場合も、eラーニングという形で紙媒体の教科書から電子テキストのネット配信を徐々に実現できればと考えています。
eラーニングを用いたアクティブラーニング(能動的学習)は深い学びにつながるのでしょうか?
表面的に教科書を理解して科目試験、レポートに合格すれば単位は取得できます。大学で学ぶということは、高校までとは違って、社会にある様々な問題を解決できる人材に成長することが大事になってきます。
大学で教えてもらっていないからできませんではなく、教えてもらったことを踏まえ、自分自身で問題を見つけ、学んだ知識をつなげて解決・実現に至る。そこまでの学びがあってこそ「深い学び」と言えるのではないでしょうか。
通学課程でしたら、週に1回授業があって次週までに復習したり予習したりと、内容を自分の中に定着させるタイミングがあります。通信教育部の場合は、夏のスクーリングは4日間です。地方スクーリングでしたら2日間しかなく、(授業の内容を)受け止めきれずに消化不良ぎみになっていても、どんどん進んでしまうわけです。
予習してきて内容を咀嚼している人もいますが、予習が十分できなくて教室に行って「さあ学ぼう」と思っても理解が追い付かない人もいるかもしれません。
そこで、eラーニングを使ってあらかじめ教科書の中身を自分なりに学習し、教室で面接授業の時に理解できない点をクラスメート同士ディスカッションもできます。このアクティブラーニングをしていけば、通教の場合も深い学びが可能であると見ています。
(授業内容を)咀嚼してかつそれについてディスカッションをできるような、通学課程でいうアクティブラーニングのような、そういうツールとしてもeラーニングは期待できると確信しています。
アメリカの世界的な経済学者、故ガルブレイス博士は「年を取るほど学んでいくべき」との考えを表明していました。
若い時には見えない部分が、人生経験を深めていくにつれて見えてくる部分があります。また、全然問題に思わなかった部分が、様々な経験を積み重ねることによって見えてくる。だから余計、若い時に学んだこと、その時の理解が足りなかったことを、別の観点から学び直すということが大切になってくるのでしょう。
例えば、螺旋階段的な感じかなと思うんです。一周したとしても、年を重ねていくとそれが段々、立体的に重なっていって、螺旋階段を上がっていくと最初は同じ内容でもある一定の範囲しか見えなかったものが、見える景色が違ってくるのではないかなと思います。
見える景色が違うためには巨人の肩に乗らないといけないんですが、巨人の肩に乗って更に自分が螺旋階段を振り返ると、また更に違う景色が見えてくる。それと併せて、自分がある程度学んだという慢心を戒める言葉でもあるのかなとも読み取れます。
若い人は何も知らないんだみたいなことではなく、若い人は若い人なりの受け止め方があるでしょうから、自分は別の、若い人と比べると何十年も余計に(回数多く)ご飯をたくさん食べてきているわけなので、また違う景色が見えてくる可能性がある。そういう両方の意味が博士の言葉の背景にあるのではないでしょうか。
人生二毛作、多毛作の時代とも言われている昨今ですが。
それは本当に豊かな社会じゃないかなと思いますね。人生の最初の部分というのは多分、自分自身を食べさせる、家族を食べさせる、子どもを育てて子どもが自立できるようになるということで、ある程度、役割がメインになっていると思うんです。その過程でいろんな関心とか趣味とかあったと思います。その部分を二毛作目、三毛作目に花咲かせていくことによって、例えばロールモデル(模範となる人物)として「年を取りたくないね」と言われるよりは「あんなふうに年を取りたいな」と言われる人が周りに増えていけば、非常に豊かな社会になるのではないかなと考えます。
「年を取ってもあんなふうに輝いていられたらいいな」というふうなお手本があちこちにできれば、二毛作、三毛作ですね。
ここに卒業生の方から送られてきた手紙と写真があります(インタビュー中にその写真を披露)。息子さんが自立したので、今度は自分の為に司法試験をめざし勉強を開始したという方です。
ですから、定年後だけじゃなく、ある程度自分が義務を果したら今度は自分がというような、積極的な方ですね。おかげさまで、私はそういう様々な方から刺激を頂いてパワーももらっております(笑)。
最後に、通信教育部50周年、60周年への展望は?
創価大学には「学生のための大学」という理念が柱の一つにあります。通信教育部で学ぶ学生さんたちのスクーリングの対象になっているのは全体で124単位のうち30単位が対象です。それ以外は紙のぶ厚い教科書があって、それを読んでレポートを書いてと、文書のやり取りになります。
やはり、全科目がeラーニングである程度事前学習ができて、アクティブラーニング、反転授業みたいな形でスクーリングができ、面接授業の場合に活用できるようになったらいいなというのが将来の展望です。
現在はICT(情報・通信に関する技術の総称)でマルチメディアの時代ですから、教科書を読むのも、教科書のスタイルそのものも電子教科書みたいな形で、ある程度読める人はさっと読んで、疑問を持ったらそこのリンク先にアクセスして疑問を解消し学習できるとか、そういう仕組みになっていけば、より多様な学生のニーズに応えていけるという方向を模索中です。
もちろんICTが全てではないのですが、私は実は基本的にアナログ人間なものですから、手帳とかに記入してやっていますし、今のところまだICTが実際の現実の世界に追いついていないんです(笑)。目でざっと見た方が早いですし、まだまだ発展途上の傾向にある人は多いのでは。
ですからいつの時代になっても、人と人とが関わる部分というのは機械で置き換えができないと一方では感じています。医療や看護、教育の分野ですね。
反復練習とかドリルみたいなのは機械が自動判定してくれますから、それは任せていく。そうじゃない人と人とが関わる部分においては、時間が確保できるようなきめ細かい、それこそ学生一人一人に寄り添っていけるような、そういう創価大学にしていきたいと念願しています。

[好きな言葉]
一期一会
茶道に由来する言葉。この機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て、この一瞬を大切に思い、行動するようにとの心構えを説く言葉。
[性格]
マイペース、楽天的
[趣味]
音楽鑑賞、歌舞伎鑑賞、茶道
[最近読んだ本]
『大脱出』(A.ディートン著、松本裕訳、みすず書房)2015年ノーベル経済学賞受賞者
[経歴]
- 大阪大学経済学部卒業、東京都立大学大学院修士課程修了、博士(都市科学)
- 公益社団法人 日本経済研究センター 総合研究部・職員(短期経済予測、中期経済予測)
- 公益財団法人 国際科学振興財団 社会工学研究室・研究員(世界計量モデル開発、データベース構築)
- 株式会社 ソフトサイエンス 開発部勤務(パソコンソフト開発・販売)
- 創価大学システム科学研究所・講師(1990年9月着任)、2003年通信教育部・講師、2005年同助教授、2007年同准教授、2011年同教授、2014年eラーニングセンター長、現在に至る
- 萩原清子編著・朝日ちさと・木村富美子・堀江典子共著(2013)『環境の意思決定支援の基礎理論』勁草書房
- 木村富美子・水上象吾著(2010)『文系学生のための基礎数学』昭和堂
- 木村富美子(2016)「社会的企業の支援における中間支援組織の役割」、通信教育部論集、第19号、pp.15-34
- 木村富美子(2016)「レジリエンスの築き方に関する考察」、通信教育部論集、第18号、pp.50-66
- 木村富美子・萩原清子・堀江典子・朝日ちさと(2015)「社会的企業の特徴と社会的課題との関連に関する考察」、地域学研究、第45巻、第1号、pp.87-100