地域在宅看護学とは?今、時代と社会が求める看護学
看護学部の1期生が受験する第106回看護師国家試験の1か月前に研究室を訪ねた。創価大学の看護師国家試験対策委員会の委員長としての責任感からか、こと勉強に関しては厳しい姿勢で臨んでいる様子がうかがえた。「知識と技術がないと良い看護は具現化できない」「笑顔と優しさだけでは人の命は救えない」が信条。およそ30年前に思いを巡らしていた看護の在り方が高齢社会を迎えた今、注目を浴びている。「今の時代だからこそ地域看護!」との一言に、地道な看護活動と研究に裏付けられた真実味がある。
昨年、看護学博士の学位を取得されました。
研究テーマは難病ケアや保健師の現任教育です。創価大学で教えているのは看護基礎教育で、看護師資格を取得する前の学生さんに対して行う教育です。現任教育というのは、ライセンスを取って仕事を始めた人達が勤務しながら専門能力を高めるために受ける教育のことです。看護職は一生勉強なので、ライセンスを取った方がわざわざ大学院に進学しなくても、職場にいながら受けられる教育が必要です。
学位取得論文のテーマですが、「地域看護実践の変容を促す対話型学習支援方法の開発─難病担当保健師と職場外支援者の協働─」です。簡単に言うと、難病ケアって難しいものですから、それに関わっている保健師さん達を教育面で支えるためにどうしたらいいか。また、難病保健活動への動機づけを高め機能強化のための学習支援方法について論じました。
難病看護に関する著書は『難病看護の基礎と実践 すべての看護の原点として』(桐書房)があります。私は日本難病看護学会の理事をしていますので、難病患者さん達のQOL(Quality of Life)向上に還元できるような研究をしたいと考えていて、学部生用というよりは医療現場で実際に看護を行っている人達に向けて本を発刊しました。
昨年夏のオープンキャンパスと秋の創大祭では、看護学部及び創大看護研究会の展示が印象的で、見学者への対応も丁寧で誠実さにあふれていました。日ごろの教育法は?

看護学部の授業は少人数制で、技術を習得する関係もあり演習・実習の授業が多く、教員と学生の距離が近いのが特徴です。
前任校では難病ケアの講義も担当しました。人工呼吸器装着の在宅療養者の患者さんに実際に来てもらって、ケアに必要な知識・技術、コミュニケーション方法などを一緒に学びました。この患者さんは言葉を発せられないので、コミュニケーションの「伝の心」というツールを使って文字を打ってもらい、それを付き添いの奥様が代読して講義して下さったのです。その後、文字盤を使って学生とコミュニケーションをとりました。
私達は患者さんから教わることが多いので、常に患者さんの声に耳を傾け看護職者としてどんな振る舞いをしたらいいのか、ということを学ぶ特別講義でした。
看護は「人」を対象とする学問であり実践と言われます。
看護職全体に求められる資質の一つは、コミュニケーション能力です。創価大学では最新の施設と設備が整った看護学部棟で、豊かな感性と高いコミュニケーション能力を磨くカリキュラムを用意し、講義の中に演習を組み込んでグループワークを通して他者と関係を作る力をトレーニングしています。
学生さんは、看護学部に入って訓練される部分もあるでしょうし、看護を目指し入学してくる学生の特性として、人のためにお役に立ちたいという資質を持っている学生が多いように思います。皆、「人」に関心がありますし、私が授業を行っていて感じることは、授業でよくレスポンス(反応)が返ってくることです。人としてのレスポンスが返って来るところは、本学の学生の良いところかなと。
昨年秋の創大祭で、看護学部生の決意文に「患者さんの生きる力を信じ、その方らしい生活を支える丁寧な看護を実践していきたい」とありました。
私達は看護職という立場で患者さんをケアさせていただくわけですが、私達が一方的に何かをやってあげる、何かを与えるということではなくて、その方が元々持っているものを私達が縁になって発揮できるようお手伝いしていくという点で“やってあげる看護”ではないと考えています。 これは看護の非常に大事なところです。普段から患者さんの生きる力を信じるとか引き出すということは全員が大事にしている点なので、この決意文にあるように、そこは看護学部生もきちんととらえて血肉になっているんだなと嬉しく思います。
誰一人同じ方はいらっしゃらないので、患者さんの立場に立って、その方の生きたいようにというか、患者さんの思いを尊重し実現できるように私達が支えていくんだという、看護職としての立場とか姿勢が身に付いているんだなと実感します。
この道に入ったきっかけは何でしょうか?
私は東京・中野区中野保健所で仕事をしていました。保健師活動の実践を何年かやった時に、自分がずっとこの道でやっていった方がいいのか、もっと違う使命があるのかという模索をし始めた年のことです。身の振り方に答えを出そうという思いがある一方、特別何かをやったわけではなく粛々と目の前の仕事をやり切っていました。
中野区は特別区なので一斉に保健師研修があります。たまたま参加した研修で、事前のレポートとか参加後の事後レポートを提出したところ、それが特別区の研修担当の先生の目に留まったようです。
その研修担当の先生が、当時、北里大学の教授が保健師出身で看護教員になってくれる人を探していたものですから、私の知らないところで名前や職場の連絡先を教えていたんです。今では個人情報保護法違反ですよね(笑)。北里大学の教授から電話連絡があり、奉職することになったのです。以来、看護教育の世界に身を置いて教育と研究を続けてきました。
創立者が最後の事業は教育と仰っていましたので「これは教育の道に進むべきだろう」という思いで返事をしました。
地域在宅看護の道を選んだ当時の反応はどうでしたか?

約30年前に私がこの分野を選んだ時に、周囲の反応は「どうしてそんな地味な分野を選ぶのか」と言われました。看護の中でも、ICU(集中治療室)とか救命救急とか、花形の華々しくて本当に命を救う救わないという部門からすると、何かとっても地味な分野で、その当時は、皆に理解されなかったのです。
ところが、今、日本の医療も様変わりして、病院がどんどん在院日数を短縮して自分の希望とは関係なく、急性期を乗り越えた患者さんが退院させられ、療養に移行させられる時代になりました。もう少し回復するまで病院にいたいと思っても、それは許されず自宅に帰って来るじゃないですか。
その人達が、「医療難民」となって路頭に迷わないように、この分野はもっと教育の中でも力を入れていかなければいけないですし、今教えている学生達にも数年間、臨床経験をしたら、近い将来、この分野に来てほしいと願っています。
とにかく退院後の受け皿が絶対的に足らないのが現状であり、課題です。実習で訪問看護ステーションに行ってみると、108歳の方もいらっしゃったし、90歳代の方もざらにいます。しかも一人の方が6つも7つも疾患をお持ちなんです。患者さん達の健康問題はすごい複雑化、重症化しています。受け皿としての訪問看護の拡充も求められるだけに、力ある訪問看護師をもっと輩出していかなければ日本の在宅ケアは成立しないので、その点では使命の大きい領域だと痛感しています。
臨床経験がある看護師であれば訪問看護師の仕事をできますか?
看護師は医師と一緒に行く場合もありますが、独立した形態の訪問看護ステーションという組織も各地にできてきて、そこから単独で訪問看護に行きます。
臨床経験がある方が訪問看護師の仕事をすぐできるわけではありません。訪問看護をやるのであれば訪問看護研修を受けていただくことと、病院と在宅ケアの違いを理解しないと療養者は受け入れてくれません。あと、患者さんによって難易度があります。非常にハイケアな方であったり小児の難しい事例であったり。そういう方の所へは少し経験を積んだ訪問看護師さんが行った方がいいと思うので、その方の職歴や能力に合わせて担当する事例を決めていき、自信が付いたら順次拡大をしていけばいいでしょう。
訪問看護には心理的負担や不安があると想像されます。
ありますね、だって一人ですもの。病棟勤務であれば分からなかったら医師を呼ぶとか、先輩ナースに来てもらうこともできますが、訪問看護ってたった一人で訪問するんです。自分の観察力だけにかかってくるわけです。もし患者(利用者)さんに異常があって、例えば自分の観察不足で見逃した場合、非常に重度な、救急車を呼ばなくてはいけない事態に発展するかもしれません。観察しケアすることも処置することも指導も全部一人でやることの大変さはあります。
また、非常に神経を使いますし訪問先で一人が背負う責任の重さは大きいですね。訪問から帰って来ても気になります。「あの人は本当に大丈夫だろうか」「次の訪問に行くまで倒れないでご自分で一人で暮らしていられるだろうか」とか、それは気がかりです。
今春卒業する一期生の中に、訪問看護や在宅ケアに関心がある学生もいますか?
おります。しかし、先ほど申し上げましたように、いきなりは無理でしょう。病院で何年間か臨床経験を積んで一人でアセスメント(患者や家族からの情報収集と問題の明確化)ができたりとか、少し力が付いたら在宅ケアにということで、卒業してストレートに訪問看護の道に進むことは勧めていません。
在宅ケアは看護の世界の中でも、どちらかというと少数派ですね。病院のいわゆるナースをやってらっしゃる方が多いので、なかなかここの分野は理解されていない傾向にあります。
しかし、2025年には団塊の世代が一気に後期高齢者となり日本は世界に例のない「超・超高齢社会」「多死社会」を迎えます。こうした動向を見据えて医療・介護ニーズに対応できるよう、その中心的役割を担う訪問看護ステーションをあと何か所作れるか増やせるか。受け皿が整っていない中で看護師不足が大きな社会問題になっています。
それだけに、在院日数短縮により退院する高齢者の方が「看護難民」とならないよう、ともかく人材を一生懸命育ててマンパワーを送り込まないといけないと痛感しています。今春卒業する一期生の就職先は、ほとんどが病院です。助産師を目指し進学に挑戦している人もいます。看護学部卒業生は社会に求められる看護師としての、それぞれの分野に羽ばたいてほしいと心から願っています。
看護師国家試験の合格発表は3月27日です(2月19日が試験日)。どのような思いで国家試験を受ける学生たちに関わってきましたか?
私は、創価大学の看護師国家試験対策委員会の委員長をしています。看護師としてどれだけ思いがあっても知識と技術がないと良い看護は具現化できないので、「ともかく勉強を」と強調しています。「笑顔と優しさだけでは人の命は救えない」と、あえて言っています。医療系学部にいる学生は学習量が勝負です。豊富な学習量が基礎にあった上で「寄り添う看護」が可能になることを知っていただきたいですね。 勉強についてですが、まずは授業に真面目に出席して勉強することです。きちんと生活を整えて学ぶこと、時間外でもどれだけ学習に時間を当てているかが大事です。スマホでの短い文章は書けても卒業論文は語彙力がないと書けません。日ごろからまとまった文章を読みこなし内容を理解する力を養う努力も欠かせません。
医療現場は命が関わってきます。一分一秒の判断が人の命に関わるような所に「学生が教育を受けたいと言っているから」といって、十分な準備がされていない学生を連れて行くことはできません。教育を受ける権利があると言っても、臨地で学ぶには最低限の知識や技術、態度といった準備を整える必要があるのです。
看護師国家試験の合格発表は3月末です。就職が内定していても看護師国家試験に落ちてしまうと内定も取り消されてしまいます。落ちたら看護師としては働けないので、病院によっては看護助手として採用してくれて一年間籍を置いてくれる病院もありますが、それが全部じゃないので。
看護学部を目指す受験生へひとことお願いします。
受験生の皆さんには、入学する前にこういう力を付けてきてほしいというよりも「看護学部を選ぶのであれば、本当に看護をやりたいのかどうかをしっかり自問自答して、自分で覚悟を決めて入ってきてください」ということです。看護学部の場合、学部の選択が将来の職業選択に直結してしまいますから。
高校生を対象とした一日看護体験などもありますし、自分で情報を得ようと思えばそれは触れられると思うので、親の意見は一つの意見として聞くけれども、それ以外にも自分なりに看護ってどういうことをするんだろうって。
そんなに優しい世界ではないので、自分が飛び込もうとする世界の厳しさも含めて、ちゃんとそこは18歳であっても自分なりに情報収集をした上で、本当に自分はこの道に進むんだって決めて入って来ていただきたいと思います。
白樺の木は荒れ地でも真っ先に育ち、大地を肥沃にし他の植物が育つ土壌を作ることで知られ「ナースツリー」(森の看護師)とも呼ばれます。
肥沃な土壌に変えていくというそのパイオニアとしての役割というところでいうと、今まさに創価大学看護学部のやっている取り組みそのものなんだなと感じます。
荒れ地でも強い生命力でいち早く芽生え自生して緑を形成する白樺(先駆者)として、常にパイオニア的というか、他の植物(後輩)が育つ土壌を作るべく看護教育と研究活動になお一層、積極的に取り組んでまいります。
[好きな言葉]
誠実。
[性格]
真面目
[趣味]
今は多忙につき残念ながら無し(あえて言うなら写真撮影とフォトブック・フォトムービーの作成)
[最近読んだ本]
季羽倭文子著『死に向き合って生きる ホスピスと出会い看護につとめた日々』(講談社)
※在宅で迎える死が穏やかで心が温かくなるものであることを教えてくれます。
[学歴]
- 千葉大学看護学部卒業
- 千葉大学大学院看護学研究科修士課程修了
- 千葉大学大学院看護学研究科博士後期課程修了
- 中野区中野保健所 保健師として勤務
- 北里大学看護学部助手→講師→助教授・准教授
- 大学院博士後期課程進学
- 創価大学看護学部 准教授
- 看護師、保健師、養護教諭、日本難病看護学会認定・難病看護師
- 公衆衛生看護学 第2版 日本看護協会出版会
- 実践 チーム医療論 実際と教育プログラム 医歯薬出版株式会社
- 難病看護の基礎と実践 すべての看護の原点として 桐書房