Vol.09

【特別対談】福岡ソフトバンクホークス 工藤公康監督 × 馬場善久学長

「自ら考え、動き、自ら変わる」
(広報誌「SUN」2018年4月号:「特集1」より転載)

2017年日本一に輝いた福岡ソフトバンクホークス。そのプロ野球最強チームを率いる工藤監督の人の能力を開花させる考えやマインドとは何か。馬場学長がホークスのキャンプ地を訪ね対談が実現。プロ野球に限らず、教育界や一般社会でも取りざたされる「自ら考え、動き、自らの可能性を広げる」という共通のテーマが浮かび上がってきました。
創価大学 馬場学長
創価大学 馬場学長

馬場学長(以下、馬場):先日はロサンゼルスのアメリカ創価大学を訪問していただいたと聞きました。ご覧になって、いかがでしたか。
工藤監督(以下、工藤):大変に素晴らしい施設でした。スポーツをするのにすごく大事なグラウンドやウエイトトレーニング場を拝見したのですが、中でも感心したのが、そこで働いている人たちが、いつでもしっかりと仕事ができるような体制になっていたことです。
馬場:創価大学では、人間教育を建学の精神の一つにしています。人間教育とは、学生一人ひとりに無限の可能性があり、その可能性を磨き上げようというものです。その結果として社会に貢献できる人材を輩出したい。在学4年間で、人生あるいは人間としての基本を身につけてもらいたいと考えています。
監督の著書を読ませていただき、基礎練習の反復と考える訓練をするというところに、非常に感銘を受けたのですが、そこのところを少しお聞かせ願えませんか。

「基礎練習の反復」と「考える訓練」

工藤:高校を卒業してすぐに西武ライオンズに入団することになって、最初に一番感じたのは、やはりアマチュアとのレベルの違いでした。さすがに高校野球とプロ野球は違うなと。そこで僕はある意味落胆というか、なんでこんなところに入っちゃったんだろうと思ってしまいました。練習でも走ればいつも後ろの方で、投げても下から数えて何番目という球の遅さでした。もう何をやっていいか分からないという感じでしたね。
当時はちょうど広岡さんが監督になったばかりのときで、投内連携(投手・内野手の守備練習)では、ファーストのベースカバーやピッチャーからセカンドへのスローイングなどを、2時間もやらせるんですね。広岡監督は一言、「ファーストのベース(カバー)は目をつぶってでも踏めるようになりなさい」と。最初、その意味が分からなかったのですが、練習を続けていくうちに、確かにベースは見なくても踏めるようになっている自分に気がつきました。もちろん、何が大事かということも分からないまま、朝から晩まですごい練習量でやってきたのですが、やったことがどんどん身につき、いつでも思い通りに動けるようになりました。それで「ああ、こういうことを言ってたのか」と広岡監督の言葉も理解していったわけです。
僕は選手たちに「僕の言葉を今はすべて理解しなくてもいい、だけど体はいつでも動けるようにしておけ」とよく言います。プロでは1年成功しても必ず次の年に成功するとは限らない。やってきたことを積み上げていかないと本当の成功にはたどり着けません。プロとして5年10年と続けていくためには、ホップ・ステップ・ジャンプの繰り返しを延々とやり続けていかないといけないのです。そうしないとこの世界では生きていけません。

福岡ソフトバンクホークス 工藤監督
福岡ソフトバンクホークス 工藤監督

1 年でも長く続けていくということ

工藤:僕が広岡監督に教わったのは4年間でしたが、食事や体調管理など、プロとしてやらなければならない大事なことを学びました。
僕は半袖を着て、いつも広岡監督に怒られてました。ピッチャーで半袖を着ていると、指先まで流れてきた汗でボールが滑る。それでホームランでも打たれてしまったら後悔する。納得して僕は、夏場でも長袖で通すようにしました。選手によっていろいろですが、僕は広岡監督の教えをずっと守り続けました。
冬場にピッチャーが半袖でランニングしていれば、僕は注意をします。指先はピッチャーにとって一番大事な感覚の部分です。それを冷やしてしまって走るというのは良くない。もちろん反論する選手もいます。でも1年でも長く選手生活を続けるためなら、その大切さは分かってもらえるのかなと思っています。
馬場:基礎練習の反復というお話は、学生に置き換えると、様々な知識やスキルを得るための勉強もまた反復練習なわけで、その知識やスキルを実際の場で使うことができるようになるまでが学問なのだと思います。

可能性への飽くなきチャレンジ

馬場:監督は、入団3年目にマイナーリーグのサンノゼ(カリフォルニアリーグ1A※のサンノゼビーズ)に行ったことが、非常に大きな経験になったとおっしゃっていますね。私もほぼ同じ時期に留学しており、同じカリフォルニアの空気を吸っていたようです。確かサンノゼでは、1日15ドルで暮らしたということが書かれていましたが。
工藤:僕らは、所属球団がお金を出して派遣してくれるというシステムで、契約のお金をもらいつつミールマネー(食費)も受け取っていました。だから1日15ドルで暮らすのは苦ではなかったのですが、アメリカの1Aの選手は大変ですよ。彼らは朝ハンバーガー、昼ホットドッグ、夜はまたハンバーガーという生活で、1Aがハンバーガーリーグと呼ばれる所以です。
ただ、お金がなくても野球がやりたい、野球で頑張りたい、そういう人たちが夢中になってやっているのがすごく印象に残っています。でも向こうの契約は厳しく、わずか一週間でクビになったりもする。クビになった選手に「これからどうするの?」と聞いたら、「俺はたまたま打てなかっただけ。力がないわけじゃないんだ。またチャレンジして必ずアメリカンドリームを掴む」と真顔で言うのです。ああ、これはアメリカの教育システムの一つなんだなと感じました。とても前向きに考え、自分で模索し、一度ダメでもまた這い上がってやるという気持ちを聞いたときは、とても新鮮でした。
実は「自分はもう1、2年で終わる選手なんだろうな」と考えていて、半分やる気を失っていた時期だったのです。彼らの一生懸命さを見て「自分は今まで何していたんだろう」と自戒し、帰国後には一つひとつのことに一生懸命取り組むようになりました。その後「案外、人は諦めないで一生懸命やれば、成長していけるんだ」ということが体験できて、そこからモノの考え方や見方が本当に変わりました。だから僕は、子どもたちにはいつも「誰にでも無限の可能性があるんだよ」「誰でも天才になれるんだよ」と言っています。努力することで一芸に秀でる、天才になり得るということを学びました。

やらされることからの脱皮

馬場:やらされる練習からやる練習へ、気持ちの持ち方ひとつで大きく変わったんですね。
工藤:そうですね。プロに入ってピッチャーが言われることは、大体決まっています。肩を開くな、前に突っ込むな、後ろに残せ、肘を上げろ。そこに「なぜ?」という疑問があっても、コーチに言われた通りにやらないといけなくて、すごく嫌な思いをしていました。だったら一つひとつわからないことは自分で解明していこうと。そういうところから自分の研究心が芽生え、生理学やバイオメカニズムなどを学び、例えば「開くとはこういうこと」と、今ではすべての説明がつくようになりました。
疑問をそのままにしないで、行動に結びつけられるようになったのは、アメリカに行って学んだことですね。
馬場:私もアメリカでは最初の頃は英語で苦労しましたが、ただ言葉や環境が変わることで、自分を客観的に見ることができますね。先ほどの基礎練習の話にもつながりますが、自分にとって何が最善なのかを自分で選択していくということが求められます。アメリカではいつも自らが選択しなければならないケースが多いことは、私もよく感じました。
工藤:そのような意識が芽生えるのが早い子もいれば、もちろん遅い子もいますが、何かに気がついて何かが選べる環境や選択肢があれば、そこから自分の人生を作っていけますし、すごくいいことだと思います。
馬場:創価大学ではアクティブラーニング(能動的学習)に十数年前から取り組んでいます。ある教育心理学の議論では、見たり聞いたり読んだりしても、日が経つと記憶は薄れていくそうです。ただし、自分で得た知識を話したり、あるいは書いたり、自分から何らかの形で伝達することで長期に記憶されると言われています。監督がおっしゃられた「自らやる練習」がそれにつながると思います。

変わる勇気

宮崎春季キャンプの地で対談
宮崎春季キャンプの地で対談

馬場:監督の著書の中で一番感銘したことは「変わる勇気」でした。
「創価」には価値創造の意味があり、日々価値を創造すること、そのために自分は何ができるのかを考え行動することが、本学の一つの伝統となっています。常に新しいことに挑戦し続けておられる監督の生き方が、まさに価値創造を体現しているのではないかと思えます。
工藤:僕には天狗になり、遊んでばかりいてダメになった時期もあります。ただあるときを境に「やらないでこのまま終わるより、まずはやってみよう」と気持ちが変わりました。
紹介されたトレーナー主導で、野球の常識にはないことを始めました。その先生に「実験台」と言われましたが、結局、ハムストリングのケガをハードな筋トレで治してしまうのです。まだまだ知らないことがたくさんあるのだなと驚きました。そこで一からトレーニング方法を学ぶことになるのですが、「世の中にはこれがすべてだというものはなかなかない」ということにも気づきました。そこから、新しいものはとにかく採り入れよう、やってみようと思えるようになりました。スポーツも学問も自ら積極的に、様々なことから吸収するという意味においては、大きな違いはないのかなと思います。

馬場:創価大学は、現在スーパーグローバル大学として50カ国・地域から学生、教職員が集う多様なキャンパスを構築しています。学生には、この環境を活用して、学習・課外活動など積極的に取り組んでもらいたいと期待しています。
変化の激しい社会の中で、学生一人ひとりが、また、社会で頑張っている卒業生が活躍できるように、監督からエールをお願いします。
工藤:例えば野球で言いますが、練習は「何のためにやっているのか」、「なぜやらなきゃいけないのか」、「やったらどうなっていくのか」と、先々のイメージを持つことや目標を持つことが重要です。コーチは選手の手助けをしますが、結局、自分がやったことで自立でき、成長すると思います。常々「何のために」を考えてほしいですね。
馬場:最後に、本学出身の石川柊太投手、田中正義投手は今季どうでしょうか。
工藤:去年ブレイクした石川投手のコメントなどから、彼の成長が感じられてすごく嬉しいですね。ケガで昨年は出遅れてしまいましたが、田中投手には本当に期待しています。今年は、一つひとつの説明を聞いて理解し、自分で動くようになっていますから。
馬場:今年は期待できそうですね。
工藤:楽しみにしていてください。僕は人を育てながらチームを優勝に導きたい、いつもそう思っていますから。
馬場:本年も日本一を「もう1頂!」(2018年福岡ソフトバンクホークスのスローガン)できますよう願っています。今日は本当に貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。

創価大学学長 馬場善久
1953年生まれ 富山県出身。 創価大学経済学部卒
カリフォルニア大学サンディエゴ校経済学研究科博士課程修了。Ph.D.取得。
専門は計量経済学。創価大学経済学部講師、助教授を経て、教授となる。
教務部長、副学長を経て、2013年学長に就任。

福岡ソフトバンクホークス監督 工藤公康 氏
1963年生まれ 愛知県出身。
現役時代は、西武、ダイエー、巨人の3球団で日本シリーズを制覇。
優勝請負人と呼ばれ14度優勝、11度日本一を経験。
日本シリーズ通算最多奪三振記録を保持。
2015年から福岡ソフトバンクホークスの監督として指揮を執る。

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なお当選は発送を持ってかえさせていただきます。
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石川 柊太 Syuta Ishikawa
1991年生まれ 東京都出身
投手(最速155km/h )
8勝3敗1ホールド、防御率3.29(2017年)。
年間ローテーションを守れる先発ピッチャーとして2桁勝利、規定投球回数のクリアが目標。
田中 正義 Seigi Tanaka
1994 年生まれ 神奈川県出身
投手(最速156km/h)
再起を期すこの1年。
開幕1軍入りを目指し、ケガで泣いた昨年の分まで活躍を誓う。
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