沖縄県からの受託研究事業 オニヒトデ総合対策に奮闘。地元TVで紹介

山本 修一 理工学部共生創造理工学科 教授

沖縄県からの受託事業として、“グロテスクなエイリアン”ことオニヒトデ駆除対策の研究に取り組んでいる山本教授。体長30㌢。その名前を聞いただけで思わず引いてしまいそう。しかし、あの豊かで美しい沖縄の海でわがもの顔でサンゴを食い荒らすと知って、つい身を乗り出し質問を連発してしまった。一方で、私たち人間活動による自然環境への影響も計り知れないものがあるとの指摘に、思わず襟を正した。幅広く文明論や科学技術の分野にまで話が及んで奥深く、示唆に満ちていた。

現在、どういう研究をしているのですか?

地球化学というのは、地球を化学の目、すなわち原子や分子、化学的な組成変化の観点から現在の地球や過去の歴史を探究する学問です。なかでも私が研究しているのは、生物を構成している炭素などの元素や有機物が、地球上でどのような挙動をしているのか、またそれらの歴史的な変遷を研究することで、地球の歴史から現在のあり方、さらには未来はどうなっていくかを考える研究です。これには人間によってつくられてきた人工的な化合物も含まれます。
今、人間活動による温室効果ガスの増加で地球の温暖化が懸念されています。かつて産業革命が始まった1750年ごろ280ppmであった大気中の二酸化炭素(CO2)濃度が高くなり、今年410ppmを超えたことが報道されています。過去にCO2の濃度が高い時代もあれば低い時代もあった。その当時の地球の状態はどうだったかが詳細に分かれば、将来予測がより正確にできます。
過去の地球を、気候変動や環境の変動といった観点から解析するプロジェクトも実施。私がやっていることは、湖や海の底にたまっている堆積物をボーリング掘削します。簡単に言えば、海底や湖底にパイプを突っ込んで引き抜くことですが、結構大がかりです。
日本だったら琵琶湖。ロシアのバイカル湖は世界で一番古い古代湖です。水深1,600㍍超で海みたいに広く大きく、およそ3,000万年の歴史をもつと考えられています。ボーリングして柱状の試料を採取し、堆積物コアといいますが、それを切っていく。古い時代の堆積物が下の方にあって、段々と新しい時代へと積もったもの。そのなかに歴史が刻まれている。それをさまざまな化学的な手法で分析し、過去の情報を読み取っていきます。

特に力を入れている研究テーマは何でしょうか?

特に生物に関連した有機化合物を分析しています。その時代の周辺環境の中で植物が繁茂し、やがて枯れ落ちて湖に入っていく。湖の中には植物プランクトンも生きていて、それらも死ぬと沈殿します。その有機物を分析し、周辺環境や湖の中はどんな環境だったのかを解読します。
テレビ番組に科学捜査ドラマがありますね。あれと同じで過去に生きていた生物の証拠を読み取っていく。過去の世界の痕跡がどんなものがあるか。その生物がいたということを確かめるためには、その生物特有の特徴ある化合物とかがある。それを指標にすれば、その生物がいたということが分かる。生物だけでなく、環境の変化を示す指標もあって、これらはたくさんあるほど地球の過去の詳細な情報を読み取れる。歴史の解読だけでなく、その解読するための指標を探すことも私のテーマの一つです。

現在、沖縄県のオニヒトデ総合対策事業として受託研究を行っていますね。

これも力を入れている研究テーマの一つです。サンゴ礁に危機をもたらしている原因には、海水温度の上昇による白化現象、赤土等の流出とオニヒトデの大量発生があります。オニヒトデは、サンゴを抱え込んで溶かして中身だけを吸い取って食べるのです。非常にグロテスクなエイリアンみたいです、毛がいっぱいあって。大きくなると30㌢ぐらいになる。沖縄だけじゃなくて、世界で一番大きなサンゴ礁であるオーストラリアのグレートバリアリーフでも1960年代から1970年代に大量発生し、サンゴを壊滅的な状況に追いやってきました。
沖縄でも1970年代から大量発生が見受けられるようになり、2000年頃から最近までに沖縄島のほぼ全域のサンゴ礁で大々的な食害を受けました。以来、何とかして食い止めたい、オニヒトデを駆除するためにはどうしたらいいか、ということで沖縄県の受託事業として2015年から毎年、琉球大学の瀬底研究施設の研究室をお借りし、実験を行っています。オニヒトデの赤ちゃん、幼生のころは1㍉にも満たないほどの大きさです。顕微鏡で見ないと分からない程度です。しかも、透明で、氷の妖精と知られるクリオネに似て、親のオニヒトデと幼生はとても似ても似つかない綺麗なものです。そんな赤ちゃんが大きくなってサンゴ礁を食い荒らす。その一番根元から断つ方法を研究しています。先日、私たちのグループのオニヒトデ対策の取り組みの様子が琉球テレビで報道され、私の研究室の学生たちもインタビューを受けました。

インタビューに答える大学院生。南の島のミスワリン 第81回放送『沖縄サンゴプロジェクト』 RBC琉球放送、2018年7月28日に放送された。
インタビューに答える大学院生。南の島のミスワリン 第81回放送『沖縄サンゴプロジェクト』 RBC琉球放送、2018年7月28日に放送された。

オニヒトデは何を食べて成長するのでしょうか?

オニヒトデと食害にあったサンゴ(白い部分)
オニヒトデと食害にあったサンゴ(白い部分)

それが実はよく分かっていないところがあります。オニヒトデの大量発生のメカニズムとして「幼生生き残り仮説」があり、これは何らかの理由で幼生の生き残る確率が高まるときに大量発生が起きるというものです。その理由を探すことが大切です。基本的には植物プランクトンを食べて成長するのですが、それだけではどうも説明できません。沖縄でも植物プランクトンが十分にないところでも大発生することがあるからです。何を食べているか分かれば人為的に餌を減らすことができ、大量発生を防ぐことにつながる。そこで科学的にそれを知りたい。
一つは、安定同位体。例えば炭素や窒素には普通の炭素や窒素と比べて質量の大きい安定同位体というのがあります。それらを炭素や窒素の安定同位体比と言いますが、餌特有の値をもっています。もし、オニヒトデの幼生が餌を食べて体に取り入れれば、幼生の同位体比は食べた餌の値に近づいてきます。その原理を使って、幼生が何を食べているかを調べる実験を今やっています。
植物プランクトンを食べていることは分かっています。しかし、それだけでは説明できない。サンゴ礁は貧栄養海域といって、栄養塩が極めて少ない海域にあります。透明度の高い、きれいなサンゴ礁というイメージがあると思いますが、あれは栄養塩が少なく、そのため一次生産者である植物プランクなどが少ないからです。

栄養素が少ない海域なのに、なぜかオニヒトデが育つと…?

そこが一番不思議なところです。私の研究室で明らかにしてきたことの一つは、植物プランクトン以外に、いろんな生物の死骸なども水中を漂っていて、そういうものを食べて生き残っている可能性があることです。細々とでも生き残っているうちに、十分な植物プランクトンが供給されるとき、一気に成長するのでは・・・。
もう一つは、それがどこから来るかですね。植物プランクトンを育てる栄養塩の多くは陸から来ていると考えられますが、それが自然か、それとも人間活動に由来するのか、これを明らかにすることが重要と思っています。また、植物プランクトン以外の生き残りを支えている可能性のある生物の死骸のような餌も人間活動によって河川を通じてもたらされている可能性もあります。今年から、それを明らかにする研究も始めました。

オニヒトデには天敵がいますか?

天敵はいます。ホラガイという、吹くと「ブォ~」という音でおなじみですね。あのホラガイが減っていることもオニヒトデが増える原因になると言われています。多分、ホラガイを人間が採り過ぎたのではないかな。こう考えると、人間がやってることが、結局は自然界に大きなダメージを与えることにつながっているわけです。

現在、絶滅危惧種が世界では26,000種以上、日本でも動植物を含めて1,600種以上と言われています。

生物の絶滅は、人類のいない地質時代にも起こっていて、大きなものだけでも5回知られています。現在の生物の絶滅は地球の歴史上では6回目で、人類によるものです。大きな原因は乱獲や開発による生息地の喪失によるものですが、そのもとにあるのは人口増加です。今地球上に人類は75億人もいて、なおかつ一人一人が使っているエネルギーは膨大なものになっています。現代文明に浴する平均点な人間一人が生きるために使っているエネルギーは、4トンの象が生きる上で使っているエネルギーとほぼ同じだと言われます。じゃぁ、この地球上に75億頭の象が住めるのか、ということで、とても無理でしょう。
人間は、今地球に対して負荷を相当与えています。その負荷を計る指標の一つがエコロジカル・フットプリントです。これはいわば人間が生きていくために必要な地球の面積を計算するもので、世界では地球の面積の1.3倍使っている、つまり酷使していることが計算上出ています。日本人一人当たり4.7グローバルヘクタール(gha)程度で、仮に世界のすべての人間が日本人程度の生きた方をするとすれば、地球が2.3個必要になります。つまり、あり得ないことになります。この先、人間は100億人近くなるだろうと言われています。ますます地球を酷使することになるでしょう。いずれにしても、このような人間を支えてきたのは自然ですよね。そこは決して忘れてはいけないところですね。

オニヒトデの幼生(左)と生活史
オニヒトデの幼生(左)と生活史

生態系への影響を、どうとらえたらいいでしょうか?

約1万年前から現代までの時代は、地質年代で「完新世」といい、現代人類が世界に拡散し始めた時代です。今、その人間活動の活発化を捉える新しい時代区分として、Anthropocene(人新世)が提案されています。これは自然界に匹敵するほどの物質の移動や自然界ではあり得ないような生物の移動や物質の生産が人類によって行われている時代との位置づけです。たとえば、最近日本でも問題になった毒性を持った特定外来生物のセアカゴケグモやヒアリが海外から荷物と一緒にやってきたのは、その例ですね。おそらく自然界における生物の移動では考えられない現象でしょう。それは生物だけでなく、鉄やアルミニウムなどの金属、石油や石炭などの化石燃料の輸出・輸入による移動も、自然界では起こりえない現象です。こうした物質の移動も自然界や生態系に大きな影響を与えていっていると考えられますが、実体は不明です。

人間が良かれと思ってやってきた事例が多いですね。

農薬や食品添加物やプラスチックにしても、かつて問題になったPCB(ポリ塩化ビフェニル)もそうです。人間が作ってきたもので、かつ、それらは「素晴らしいものだ」と言われてきたものばかりです。それは人間から見て、しかもそのわずかな時代において素晴らしいものに過ぎません。
プラスチックは、きれいで、なかなか壊れない。大量にいろんな形のものも作れる。ところが、壊れないということは自然に長く残るということです。あまり深く考えていなかったわけです。それが今起こっているマイクロプラスチックの問題です。農薬だって自然の中に残っていくとは思ってなかった。それが長く残って生物の体の中に入り、死へ追いやったりする。結局、その時代の価値観にもとづいて、人間にとって良かれと思ってやってきたことが、環境や他の生き物には悪い方に働いていることが多くあります。結局はそのしっぺ返しとして人間に跳ね返ってくるのですが。

環境に負荷をかけ過ぎ現代文明は暴走している、との見方もあります。

最近読んだ本に『文明の環境史観』(安田喜憲著、中公叢書)があります。文明は大地、気候、風土と人間との関わりあいの中で誕生し発展してきたが、現代文明はいつしか、その関わりを忘却し暴走しているようにみえる、という趣旨で共感を覚えました。牧口常三郎先生の『人生地理学』の「地人相関」も同様の視点を与えるものです。

学生へのメッセージをお願いします。

高校時代から大学生の学生時代は、人生の方向性を決める最も重要な時期です。この時代に、どんなこと(生きる哲学)を学び、どんな人間関係を結んだかが最も重要です。しかし、それが本当に実感をもって分かるのは、残念ながら年をとってからです。ゆえに、学生時代に経験したことを命に刻みこんでおくこと、と申し上げたいですね。

研究室の学生と
研究室の学生と
山本 修一
[好きな言葉]
「命の器」
[性格]
自然散策と写真撮影
[最近読んだ本]
『文明の環境史観』安田喜憲、中公叢書
文明は大地、気候、風土と人間との関わりあいのなかで誕生し、発展してきた。しかし、現代文明はいつしか、その関わりを忘却し、暴走しているようにみえる。
[経歴]
1977 横浜国立大学・工学部卒業
1983 東京都立大学大学院・理学研究科・博士課程修了(理学博士)
1983 日本学術振興会・奨励研究員
1985 桐蔭学園工業高等専門学校(現・桐蔭横浜大学)・専任講師
1987 創価大学・教育学部・助教授
1990 東洋哲学研究所・研究員
1996 創価大学・教育学部・教授
2003 オレゴン州立大学・客員研究員
2004 東洋哲学研究所・主任研究員
2005 創価大学・工学部(現・理工学部)・教授
[主な著書―いずれも共著書]
●地球化学分野
“Deep Ocean Circulation,Physical and Chemical Aspects” (1993), Elsevier Science Publishers
『森北古墳群』(1999), 創価大学・会津坂下町教育委員会
“Dynamics and Characterization of Marine Organic Matter”(2000), Kluwer
“Natural and Laboratory Simulated Thermal Geochmeical Processes” (2003), Kluwer Academic Publishers
『腐植物質分析ハンドブック』(2007), 三恵社
『環境中の腐植物質』(2008), 三共出版
『講座地球化学 第8巻 地球化学実験法』(2010), 培風館
●環境倫理分野
“Psychology and Buddhism: from individual to global community”(2003), Kluwer Academic/Plenum Publishers
『大乗仏教の挑戦』(2006), 東洋哲学研究所刊
『地球環境と仏教 大乗仏教の挑戦3』(2008), 東洋哲学研究所刊
『教育−人間の可能性を信じて 大乗仏教の挑戦 8』(2013), 東洋哲学研究所刊
『持続可能な地球文明への道 大乗仏教の挑戦 9』(2014), 東洋哲学研究所刊
“Exploring Buddhism and Science”(2015), Singapore: Buddhist College of Singapore
[論文]
地球化学および環境倫理分野の論文多数
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