生命の尊厳を基調にした生命力を引き出す慈愛の看護を探究
精神看護学が専門。思春期・青年期のメンタルヘルスについて研究してきた。「幼いころからいろんな人とかかわる機会が大事。それがその子の『心の芯』を作る」と言葉に思いを込める。熊本県出身。熊本といえばヤマザクラ「一心行の大桜」が”純白の大樹”として知られる。ナースの白衣について質問すると「白衣は患者さんからの信頼の象徴です」と凛とした受け答え。時代が求める生命の尊厳を基調とした看護師育成に余念がない。
まず、看護学部学部長に就任された抱負からお願いします。
看護学部設置より満6年、この4月には7期生を迎えました。多くの先生方、関係者、協力者、ご支援いただいた皆様のお蔭で今日の創大看護の歴史が刻まれたことに、感謝の思いでいっぱいです。
私は設置2年目に、精神看護学の教授として熊本より着任しました。創立者池田先生の魂魄を留め、世界における人間教育の拠点を目指す創価大学に奉職できることに、深い感謝を抱くと共に、身の引き締まる思いでした。それは今も変わることなく、日々学生に学び、一緒に成長する教員でありたいと願っております。
現在、看護学部では、新カリキュラム作成へ向けて着実に歩を進めています。今日の看護学教育の変革のスピードの速さは、とりもなおさず、社会構造の変化、少子高齢化の進展、人々の健康問題や生活の在り方の変化等に対応した力ある看護職が求められている証左です。私たち看護教育者は「不易と流行」を踏まえながら、変わらないもの変えてはいけないものと、人々や社会のニーズを見極め、それらに即応できる教育力が求められているのではないでしょうか。
この度、看護学部長として務める上で大事にしたいことは、「学生第一」の創立の精神を我が心とするということです。創大看護の草創期の建設にあたる感謝と決意を、共に教育にあたる先生方と共有し団結して参りたいと思います。そして今、時代の要請である「生命の尊厳を守り抜く」哲学を根底に据えた、創大看護の使命は一層、高まっていると感じております。
ご自身の現在行っている研究内容は?
私の専門は精神看護学で、これまで思春期・青年期のメンタルヘルスについて研究してきました。看護学部着任後は、精神看護学実習における学生支援や看護学生のコミュニケーション教育について研究しています。
学部内の精神看護学分野の先生方や他の看護学分野の先生方との共同研究により、討論しながらにぎやかに研究を進め、看護教育の授業改善にも役立てています。他大学の精神看護学分野の先生方との研究会では、病院や地域の訪問看護ステーションで働く方々との事例研究を通し、精神障がい者の方々の現実の生活と創意工夫のアプローチを学び合い刺激を受けています。
「この道」に入られた動機について。
私の大学生活は教育学部の中の看護教員養成課程という全国的には数少ない学科で始まり、そこは一学年20名というとても仲の良い居心地のいい学科でした。もともと看護に興味があったわけではありませんでしたが、学び始めると人間の心や体、そして看護について知り、とても興味がわいてきました。
大学卒業前には大学院進学を決め、受験先を調べて精神看護学分野の大学院に進学。自分の行く末や自信のない自分を変えないと生きていけないと思っていたため、すぐに就職して看護師になる道は選びませんでした。熊本から遠い千葉に娘を出してくれた両親には心から感謝しています。
大学院時代は臨床現場を肌で感じながら学びたいと精神病院で非常勤勤務をし、奨学金と合わせて学費や生活費を賄いました。大学院で自由に精神看護学を学んだことがこの道に入ったきっかけになりました。
現在、ネット依存が疑われる中高生が増え、オンラインゲームなどを使い過ぎ、暴力や引きこもりにつながる危険性が指摘されています。
難しい問題ですが、現実ですね。私は以前、教育学部の養護教諭養成課程にいましたので、そういう小中高の児童・生徒の調査。保健室の養護教諭の先生と、インターネットやゲーム等の影響についても研究をしていました。
自分の欲求や葛藤をうまくコントロールすることを学ぶ幼少期から思春期に、対人関係を学ぶ機会が少ないことは、人格形成に大きく影響すると考えられています。そこで、親以外のいろんな人とかかわる機会が幼いころからあることが、その子の「心の芯」を作っていくためには大事だと思っています。
近年、企業や教育機関などでもレジリエンス(困難を乗り越える力)を育む取り組みが注目を集めています。
看護教育における人間教育の視点に通じる取り組みですね。現代は先の見えにくい時代であり、個々人の生活や人生設計においても、同様のことがいえるのではないでしょうか。
創大では、看護学部新入生に対してユニフォームと聴診器の贈呈式が行われます。

不思議なもので、私たちはユニフォームを着ると「看護師になる」みたいなところがあります。それまで私服でいても、制服を着るということが責任感だったり、仕事に向かう姿勢が生まれます。いろんな家庭的な悩みや個人的な悩みがあったとしても、そこは置いておくという、そういうものの象徴のような気がします。あと、患者さんからの信頼のシンボル。それだけの責任が伴うと考えています。
聴診器も、看護は五感を使うのが基本です。見て、触って、においをかいでということが基本で、それを補助するものが聴診器です。体の中の状態を知り、バイタルサイン(生命兆候)を取るという意味での聴診器ですので、本当に患者さんの生きている、その印をいただく、教えていただくという道具だと認識しています。
ユニフォーム贈呈式を終えた新入生に、改めてお祝いの言葉をお願いします。
看護学部を目指して、本当に苦労してここに入って来ていただいた、すごく使命ある1年生だと思っています。人によっては、いろんな災害を経験し、それを踏まえて入学した方もいます。経済的に困難な中、親御さんも出してくださって入学した。そういう方々が人の命を守る看護師になりたいという、その使命を自覚して出発するのが贈呈式ですので、本当に厳粛な式典だと私は心得ています。
創立者より頂いたエンブレム(校章)と名前入りのユニフォームと聴診器は、世界に一つだけのものと言えます。4年間抱きしめて健康で、最後まで走り抜いてほしいと願っています。
本年3月、創価大の看護学部生が災害訓練(医療法人社団永生会南多摩病院主催)で「ベスト傷病者賞」を受賞しました。
災害時は、いろんな患者さんが発生します。その代表例として、幾つかの事例がパターンとしてあり、「こういう病気で何歳で、今、こういう状態ですということを演じてください」というのを学生が演じたわけです。
事前にしっかり準備し「この年代のこの状態だと呼吸がこれくらいだよね」とか、「こういう顔色で座っていられないよ」とか。もうそこは、これまでの勉強も生かしながら調べたりして、必死の演技をしてくれました。若いので思いっきりやったのでしょうね。学生を引率した担当の先生によれば、本当に真に迫っていたということでした。
看護師は「白衣の天使」と言われますが、患者の命と向き合う”白衣の戦士”と呼ぶ人もいます。
私もそう思います。天使というと、優しくて、ほほ笑んでいてという感じですが、やはり言うべきところはきっちり言って励ましてあげないと患者さんも、ぴしっとならなかったりしますし、その人の生きる力を引き出せないだろうと思っています。また、自分自身のメンタルコントロールも看護師は大事です。いろんな患者さんがいますし忙しい現場なので、自分をコントロールしながら人相手の仕事をしていかないといけない職業だと言えます。
看護学部の卒業生の一人が、実習では悩んだこともあったが「患者さんの生きる力に励まされ、命と向き合う看護の素晴らしさを実感した」と心境を述べています。
私も患者さんたちと接していたり、いろんな障がいを持っている方と接すると、むしろ、そういう病気とか障がいと戦ったり命に向き合っている人はすごいなと感じています。自分だったら、耐えられるだろうかと逆に思ってしまうぐらいなので、彼女が励まされたというのはすごく分かります。
必死に生きて治療に耐える姿を、看護師だから身近に見させていただけるのですが、そういう立場にある看護師という、貴重な時間を共有させていただくことでエネルギーをもらっている仕事だと実感します。
まさに、看護は患者と看護師の相互作用と言えそうですね?
私も同感です。看護師の姿勢次第で患者さんの反応とか、信頼度とか、任せてよいのかどうかとか、ありますね。いろんな特色、個性があります、看護師さんも。その中で看護は、こちらを提携して利用して、活用していただく。でも、患者さんから得るものもすごく看護師は多くあります。生き方ですとか健康の大事さ、苦しくてもそこを踏ん張れる強さを学ばせていただいたりとか。だから、本当に、こちら次第でもあると思うんです。同時に、自分の「自己理解」の部分、素直に自分の及ばないところも、肩ひじ張らずに自分で受け止める。そういう素直な姿勢が看護師には必要ですね。
「自己理解」と「他者理解」は、看護を展開する上で重要なキーワードというわけですね?
そうですね。幸運なことに、人間相手のお仕事ですので、いろんな患者さんと、スタッフもいろんな同僚とか上司とか。人間の中でもまれながら自分が思ってた自分じゃない部分も気付かされたりとか、人から言ってもらって、ここは自分の強みなんだなという自信になったり、患者さんからお礼を言われたりとか。そういう人間の中で磨いていただけるというのは、すごく思います。その結果、「自己理解」「他者理解」が進んでいくのではないでしょうか。
国連のSDGs(持続可能な開発目標)が今、大学の教育全体でも重視されてきています。SDGsと学びの関連性については?

特に健康ですね。「すべての人に健康と福祉を」というところと関係してくるでしょう。看護学部では、アメリカなど海外研修に行く学生も多いので、日本のみならず、海外の公衆衛生の現実、いろんな貧困地域も視察に行ってインタビューしたり、特に海外に行くと母子保健の問題とかを目の当たりにします。つまり、日本のように“生まれてほとんどの子どもが亡くならない“ということが現実ではない国へも行きます。
創大には助産師課程はないのですが、人の命は平等に守られるべきものという意識が国際看護研修で海外に行くと、逆に命がどう扱われているかとか視野が広がる。日本だと国が皆保険を作って制度として守っていく部分とか、医療費も保険で賄われています。海外は、そこを国が守ってくれないところもありますので、SDGsの「すべての人に健康と福祉を」という、そこがまだ世界的に見ると保障されてないという現実をひしひしと感じるからこそ、看護の学生は、国内だけではなく、外に打って出るという意識が高くなるのでしょう。
4年後の2023年には看護学部が設置されて満10年を迎えます。そこへ向けての抱負は?
創大にはグローバルな、いろんな世界の国々とのネットワークがあります。今、卒業生自身も海外に行く機会が多くなり、国際看護研修でたくさんの学生が在学中も海外に行っています。今後は海外の研究者との連携などもしつつ、教員自身も海外とのネットワークを少しずつ構築していきたということを考えております。あとは、創価の看護。生命尊厳を基調とした看護というものが国際看護とともに大事だと思っています。それは今、生命尊厳の哲学が求められている時代に、本当に大事な看護の基盤となりますので、そういう看護論ですね。具体的には、生命への深い慈愛を根底にもち、生きる力を引き出していく知恵と慈悲の看護実践とはどういうものかを、形として構築していけたらなと思っているところです。
[好きな言葉]
「桜梅桃李」、「異体同心」
[性格]
マイペース、ほのぼの
[趣味]
ゆっくりした時間を楽しむこと
[最近読んだ本]
・「人は何のために『祈る』のか」,祥伝社
・「モラル・ハラスメント」,紀伊国屋書店
[経歴]
・熊本大学教育学部特別教科(看護)教員養成課程卒業
・千葉大学大学院看護学研究科修士課程(精神看護学専攻)修了
・熊本大学教育学部(特別教科(看護)教員養成課程)勤務
・熊本大学教育学部(養護教諭養成課程)勤務
・熊本大学大学院社会文化科学研究科博士課程後期(公共社会政策学)修了 博士(学術)
・2014年4月から創価大学看護学部に勤務
[主な著書・共著など]
・看護学事典(日本看護協会出版会)共著
・最新看護学 学校で役立つ看護技術(東山書房)共著
・看護学生のための精神看護学概論(大学教育出版)共著