資源循環型社会の形成は土壌の保全から━文明も暮らしも、土壌という土台があってこそ━
研究室の名は「環境土壌学研究室」。一瞬、”創大に農学部があったかな?”と見返してしまった。話をうかがって、様々な生命や暮らしや文明を支える土台が「土壌」であり、環境問題と絡んで科学者も注目するほどの時代の先端をいく学問領域であると知った。そういえば、足の裏の「土踏まず」も、実は「私」を支えている。未来を開く大事な資源は足元にあり、を多々実感するインタビューとなった。
研究室の名前が「環境土壌学研究室」となっています。
私の専門は土壌学です。土壌がどうやってでき、植物の生長を支えるのに必要な栄養分が土壌にどれだけあるかなどを扱っています。その他、微生物についても研究しています。土中にはたくさんの微生物が生息しています。それがどのように増えたり減ったりするのか。いわば、土壌学のピュアな学問を大学院で研究してきました。
今、大学で取り組んでいる研究は、その土壌学のピュアな分野だけではなく、平たく言うと応用土壌学、あるいは環境土壌学という分野です。私の研究室の名前になっていますが、土壌学を周りの様々な環境と絡めて研究しようと試みています。
その一つが、社会の中から出てくる様々なオーガニックなごみの問題です。全部焼却したり埋め立てをしてという、ごみ処理の問題があります。焼却することで二酸化炭素(CO2)が出て温室効果ガスが排出され温暖化の一因にもなっています。
そのごみをリサイクルしながら、ごみの中にある植物の栄養分を土壌に還元し、土壌環境の改善と植物や農作物を作るための栄養分を供給することで循環するという研究に取り組んでいます。
現在、どんな実験をしているのですか?
有機系のごみを処理する方法としてメタン発酵という処理があります。有機物を酸素が入ってない状態の槽の中に微生物と一緒に入れると、その微生物が全部有機物を分解し、CO2とメタンに変換してくれます。メタンというのは、普通のガスコンロで使っているメタンと同じなのでエネルギーとして使える。その発酵処理の未分解の残り、残渣(さ)物はメタン発酵消化液と呼ばれますが、その中には植物が使える栄養分がいっぱい入っています。それを液肥として肥料代わりに使おうというわけです。
メタン発酵後の消化液を液体の肥料として土壌に蒔いたときに、化学肥料と比べた実験結果を研究室の入り口に展示してあります。それを見ると、植物の生長の大きさが違う。化学肥料のほうが大きく育っているのがわかりますが、消化液を蒔いたものも化学肥料と同程度の生長が見込める。そうすると化学肥料を使わないで消化液だけでも植物はちゃんと育つことが証明されています。
化学肥料も結局、石油でできた肥料なので、化学肥料を使わないとすると、それだけ石油製品を使わないで済みます。
もう一つは「バイオ炭」と言いますが、その有機系のごみを炭化させて炭にして、炭を土壌に混ぜて土壌の環境を改善する。あるいは、その炭と他の様々なバイオ有機物を混ぜることで植物の栄養分をそこから供給する。最終的に土壌に混ぜるというところは全部一緒ですが、ここに至るまでの、どういうごみをどういうプロセスで処理するのかというところは、今二つの方法で研究をしているところです。
大学時代は、文学部英文学科の学生でしたね?

はい、文学部英文学科でした。転機となったのは創価大学の交換留学生として、ブラジルのパラナ連邦大学に留学したことです。私が3年生の時に創大との協定が結ばれ、交換留学生第1号で留学しました。
いろんなブラジルの社会を見たり、アマゾンにも行ったりして環境問題に対する意識が芽生えたのです。その頃、ブラジルで持続的開発に関する国際会議があって、ブラジル国内でも環境問題に対する意識が高い時期でした。実際にアマゾンに行って森林が焼けている現場を見て「環境問題は大事だ」と痛感。そこから興味を持ち出し、創大卒業後、筑波大学の環境問題を学ぶ修士課程に進学し、理系に方向転換しました。
今、バイオ炭(biochar)が注目されている理由は?
研究テーマとしてのバイオ炭研究は、まだ長くても20~30年ぐらいのスパンでしか研究が進んでいません。日本の研究の流れと海外での研究の流れは少し違うプロセスを踏んでいます。日本では、炭って非常に生活の中にどこでも浸透していて、様々なところで使われている素材ですよね。
浄水器に付いていたり、脱臭剤や靴のインソール(中敷き)にも炭が入っていたりとか。炭の持つ効用は、日本の社会ではいたる所で使われています。それは、昔の人たちが農業などで経験的に効果があると認めて商品化されてきたものでした。研究対象として実験をし、炭を扱うということは日本ではあまりなかったと思います。
それが、この20年ほど前から、アメリカやオーストラリアを中心に、炭が様々な有害物質を吸収したり水をきれいにしたりとか、土壌の環境を改善する効果が認められ、海外で研究対象のバイオ炭に火が付いたんです、炭だけに(笑い)。
日本にバイオ炭の研究が逆輸入してきた、とも言えますね?
海外の研究者と話をしていると、「日本の社会では、そんなに炭を生活の中で使ってるのか」と最初は驚かれ、「研究も進んでるんだろう」と誤解されたぐらいです。ふたを開けて見ると、そこまで研究が進んでいませんでした。
日本として炭の効果に注目して商品として成り立ってきた経緯と、海外で研究として進んだという経緯が、今少しずつ両方バランスよく混じり合い、海外でも浄水器などに炭を使い始めたり、日本の研究者の中でもバイオ炭を専門に扱っている研究者が少しずつ増えてきたことで、研究の対象としてのバイオ炭というのは非常に気運が盛り上がってきました。
バイオ炭の研究が一気に注目されることになった一因は、先ほど言った温暖化ガスのCO2を大気に放出しない方法で炭を作るという方法です。結局、ごみを燃やしてしまうとCO2で大気に放出されるのが、炭化ということは、有機物の炭素をCO2にしないでC(炭素)のまま炭にしている。それを土壌に混ぜるということなので炭素貯蔵という意味で注目を浴びています。
土壌の役割について、教えてください。
授業でも土壌学を勉強するときに最初に教えることは、土壌には大きく分けて幾つかの機能があるということです。私たちの大事な農作物を育てる機能、水を蓄える機能(貯水機能)と水を浄化する機能(浄水機能)、建築物を支える機能です。これらは非常に重要な機能で、全ての建築物は全部土壌の上に成り立っています。土壌の上にコンクリートを敷いている。土壌の基盤がしっかりしていないと上の建物が高いものは建てられない。建築物を支える機能です。
考古学的な観点で見ると、いろんな遺跡が地上の上に、そのまま残っていると雨風に当たって風化されて壊れてしまいがちですが、逆に土壌の中に埋まっている遺跡は、それが保存されて出てくるわけです。土壌の中に遺跡が埋没しているからこそ、実は何千年も保存されて出てきます。地上にあったものは風化されてなくなってしまいますから、土壌はそういう建築物を逆に保存する能力もあるわけです。
土壌は私たちの生活の中に欠かせない機能を持っている点に注目すると、「12・5世界土壌デー」のように「土壌を大事にしよう」というのは非常に重要な観点ですね。その中でも、私の研究内容としては農業に傾いているので、様々な機能の中でも農作物を支える機能というのは、一番大きな土壌の役割だと感じています。それをいかに支えるかというのは、土壌の中の微生物が全部やってくれているといってもいいでしょう。
土壌微生物は、多様な生命を支える土台とも言えそうですね?
微生物がいるからこそ、いろんな有機物を分解して栄養分も植物に供給してくれています。微生物がいるからこそ土壌中に、専門の言葉で言うと「団粒」と言って塊ができます。そして、塊ができると、塊と塊の間に空気の層ができます。細かい粘土質の土壌だと空気が少なくて水が通りにくく、逆に塊ができるとその間に空隙ができ、その間に水が貯まったりとか水が流れやすくなります。ほどよい土壌にしているのが団粒の役割です。それを、支えているのも土壌の微生物です。
だから、植物を育てる力、あるいは土壌の環境をいい環境で保つ力というのは、土壌中の微生物に負っていると言っても過言ではないです。
ニュースで土砂災害があったりとか、土壌が流れたりというのは非常に物理的に土壌が流れることは問題ですが、生物的なところが失われるのが本来、もっと危険というか、もっと悲しい事実にはなるとも言えるでしょう。
だから、常に微生物を何とかうまく回せるようにできないかというのが、土壌学的に見ると土壌を保全するには重要な観点ということになります。
土壌を顧みない文明は滅んでいる、というふうに見る人もいます。
文明と土壌の関係性ですが、歴史的な観点でみると、文明って必ず大きな河川の周りにできていますね。例えば、ナイル川やチグリス・ユーフラティス川、アマゾン川流域とかです。
きれいで大量の水がもちろん必要だから人間がそこに定住すると思うんですが、水があると必ずそこで定住した人が農業を始めます。農業をするには土壌が要ります。土壌でいい作物ができないと人も養えないし、いい文明が生まれません。水も大事でしょうけども、歴史上、肥沃ないい土壌の周りには長く栄えた文明が育ったと思います。
だから、世界中の土壌のタイプを見ても、大きな川の流れの周り、その川の源流というのは、大体、山のほうから流れていて、山にある栄養分を含んだ土砂なんかが川と一緒に流れてきます。
川というのは、多量の雨が降るとたまに氾濫します。氾濫するときに、山から持ってきた栄養分、土砂をそこに流してくれる作用があって、氾濫して水が引いた後に、そこで作物が非常によく育つということが実は起こります。氾濫は人間社会にとってネガティブなイメージですが、実は文明的に見るとそれを繰り返すことで土壌の肥沃度を自然に更新してくれていると見ることもできます。
メタン発酵について、詳しく解説をお願いします。
メタン発酵というのは、ごみ処理の一つの方法として、このメタン菌という微生物の力を借ります。メタン菌を使って有機物が分解できるということは、ヨーロッパなどでは何百年も昔から知られていました。
でも、それをメタン菌がやっている、またどういう環境でできるのかということは、100年ぐらい前から研究として出てきたのです。
有機物をメタン菌を含む汚泥と一緒に空気が入らない槽に入れて、基本的には37度ぐらい以上の温度でキープをしておくと、そのメタン菌が有機物を分解してくれます。メタン菌は、空気が入らないという嫌気的な環境で働きます。それを使って、その槽の上にチューブを指しておいて、分解されて出てきたバイオガスを回収することでメタンガスとCO2が取れます。そのバイオガスには両方が一緒に混ざって出てきますから、そこからCO2だけを除去してメタンを精製してきれいにして使います。これは、今の社会の中でも公共的に使われています。
現代社会は、石油製品に頼りきっていますが?
今、社会の中で石油製品でないものを探すのが大変なくらい石油製品に頼り切っています。石油原料のプラスチックって結局廃棄で燃やしてしまうとダイオキシンとか、いろんな有害物質が出るのが問題なので、それを土壌に返すだけで分解してくれるような、生分解性のプラスチックを開発するとか、重要になってくると思います。
今、問題になっているストローの問題も、なるべくプラスチックを使わないで生分解性を使ったりとか、いろんな材料を混ぜて紙原料で硬くしたような素材のストローもできたりして、なるべく脱石油化を目指しているセクターはいっぱいあると思います。
その中で、生分解性もそうですが、土壌に戻すと、また、それが土壌に還元されて使われるものです。おそらく何十年か先には、そういう石油に代わった様々な生分解性の物質が本当に土壌に戻すだけで、きれいに分解されるのか。実際に分解されても、それがその土壌に悪影響しないのかというような観点で土壌学の研究が進むかもしれないですね。
ゼミ生や留学生とのふれあいについて。
本学の理工学部には農学系がないので、その中で、農業に少し関連をして研究ができる数少ない研究室として一つあるので、そういう農業とか汚泥リサイクル、還元型社会とか、そういうことに興味がある学生が、私のゼミに来てくれるのは非常にうれしい限りです。皆さん、結構、いろんな発想を持っていて、私も学生から刺激を受けて毎日やっております。
また、留学生の多くは大学院生です。今まで、私がやってきた海外との共同研究先のメキシコの留学生と、あとはブラジル人やマレーシア人もいますし、エチオピアでやっているプロジェクトからもドクターで来たりとか。
今春、創大にSDGs(持続可能な開発目標)の推進センターができました。
まさに、SDGsに直結するテーマが多いのが誇りです。農業だったり、廃棄物の問題だったり、水の問題もそうですし、いろんなところにかかわってきます。「環境土壌学研究室」という名も、あまり聞きなれない名前でしょうが、時代の最先端を目指してやっています。
[好きな言葉]
桜梅桃李
[性格]
やや内向的で現実的、計画的だけど臨機応変、整理整頓がうまい。
[モットー]
仕事、プライベート、家族、友人関係など、何事に対しても全力で「楽しむ」
[経歴]
・1970年 大阪府生まれ
・1993年 創価大学 文学部 英文学科 卒業
・1995年 筑波大学 大学院 修士課程 環境科学研究科 環境科学専攻 修了
・2003年 アメリカ フロリダ大学大学院 博士課程 土壌・水科学学部 修了 Ph.D. (土壌学)
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・2003年 アメリカ コーネル大学 作物・土壌科学学部 ポストドクター研究員
・2005年 アメリカ フロリダ大学 南西フロリダ研究・教育所 ポストドクター研究員
・2010年 創価大学 工学部 環境共生工学科 准教授
・2015年 創価大学 理工学部共生創造理工学科 准教授
・2016年 創価大学 国際部副部長
[主な著書・共著など]
- Lehmann, J., Z. Lan, C. Hyland, S. Sato, D. Solomon, and Q. Ketterings. 2005. Long-term dynamics of phosphorus forms and retention in manure-amended soils. Environmental Science and Technology 39: 6672–6680.
- Sato, S., D. Solomon, C. Hyland, Q. Ketterings, and J. Lehmann. 2005. Phosphorus speciation in manure and manure-amended soils using XANES spectroscopy. Environmental Science and Technology 39: 7485–7491.
- Sato, S. and N.B. Comerford. 2008. The non-recoverable phosphorus following sorption onto a Brazilian Ultisol. Biology and Fertility of Soils 44: 649–652.
- Sato, S., K.T. Morgan, M. Ozores-Hampton, and E.H. Simonne. 2009. Spatial and temporal distributions in sandy soils with seepage irrigation: I Ammonium and nitrate. Soil Science Society of America Journal 73:1044–1052.
- Sato, S., K.T. Morgan, M. Ozores-Hampton, and E.H. Simonne. 2009. Spatial and temporal distributions in sandy soils with seepage irrigation: II Phosphorus and potassium. Soil Science Society of America Journal 73:1053–1060.
- Sato, S., E.G. Neves, D. Solomon, B. Liang, and J. Lehmann. 2009. Biogenic calcium phosphate transformation in soils over millennial time scales. Journal of Soils and Sediments 9: 194–205.
- Mizuta, K. and S. Sato. 2015. Soil aggregate formation and stability induced by starch and cellulose. Soil Biology & Biochemistry 87: 90-96.
- Watanabe, S. and S. Sato. 2015. Priming effect of bamboo (Phyllostanchys edulis Carrière) biochar application in a soil amended with legume. Soil Science and Plant Nutrition 61: 934-939.
- Wang, S., M. Zhao, M. Zhoua, Y.C. Li, J. Wang, B. Gao, S. Sato, K. Feng, W. Yin, A.D. Igalavithana, P. Oleszczuk, X. Wang, Y.S.Ok. 2019. Biochar-supported nZVI (nZVI/BC) for contaminant removal from soil and water: a critical review. Journal of Hazardous Materials 373: 820-834.