「人道的競争」を世界に広げ、SDGs達成に不可欠なグローバル人材を育てる

2015年、国連の「持続可能な開発サミット」で、人間、地球、および繁栄のために定められた行動計画「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択された。この計画の核になるのが、極度の貧困の撲滅、質の高い教育の提供、男女共同参画の推進、気候変動対策の実施など、17の持続可能な開発のための目標(SDGs: Sustainable Development Goals)だ。現在、2030年の目標年次に向け、各国政府や企業、教育機関など世界中の組織がSDGsの達成に向けて取り組みを加速している。しかし、約10年後の目標達成には課題も多い。
創価大学・国際平和学研究科のヴェセリン・ポポフスキ教授は、「持続可能性と平和」というテーマにSDGの観点を織り込み、研究を進めている。今回、同教授にインタビューし、SDGsの「目標13:気候変動に具体的な対策を」と「目標4:質の高い教育をみんなに」について伺った。同教授は、「国際関係」「平和と安全保障」「人権と国際法」などを専門としている。
記事のポイント
- 気候変動に歯止めをかけるには、米国のパリ協定への復帰が不可欠
- 近視眼的な考え方が、気候変動への取り組みを二の次に
- 人道的競争が、気候変動対策や、他のSDGsの取り組みに極めて重要
- 人道的競争を促進するには教育が基本となる
2015年12月、第21回気候変動枠組条約締結国会議(COP21)でパリ協定が採択され、「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べ2℃より十分低く(努力目標は1.5℃)保つ」ことが合意された。京都議定書に代わる、2020年以降の温室効果ガス排出削減等についての新たな国際枠組みだ。しかし、2017年6月、ドナルド・トランプ米大統領は、「(同協定は)米国に不利益をもたらす」一方、世界最大の排出国である中国と、世界第3位の排出国であるインドが「実質的な義務を課していない」として、パリ協定からの離脱を表明した。早ければ、2020年にも正式に離脱する構えだ。
教授は、世界第2位の排出国である米国の協定への復帰は、パリ協定の目標を達成し、地球温暖化に歯止めをかけるために不可欠だと説く。復帰の可能性については、「米国は民主主義であり、楽観視している」という。トランプ大統領がバラク・オバマ前大統領の地球温暖化対策を転換したことに対し、その流れを「押し戻す動き」が出てきているからだ。
例えば、2019年5月、米下院でパリ協定から米国が離脱するのを阻止する法案が賛成多数で可決された。翌月には、米国で事業を展開する大手自動車メーカーが、トランプ大統領に対し、利益率の低下や市場の分裂を避けるため、排ガス規制を緩和しないよう正式に要請した。教授は、一時的に停滞することがあっても、米国での環境政策推進の流れは止められないのではないかと分析する。
教授は、2018年に出版された「The Implementation of the Paris Agreement on Climate Change(気候変動についてのパリ協定の履行)」(英出版社ラウトリッジより刊行)の編者を務めるなど、国際的に著名な地球変動対策分析の専門家だ。その教授が現在最も懸念するのは、地球温暖化の脅威に対する世界的な切迫感の欠如だ。「長期的な環境や気候変動の課題に、常に関心を向けている人がいない、そこが問題です。非常に深刻な問題であるにもかかわらず、気候変動の脅威を感じることなく、(日常は)日光浴や外の樹木を愛でたりしています。今何か行動を起こさなければ、20年後には手遅れになることに気がついていないのです」
この傾向は、政界で顕著だ。環境保護政策で長い間世界を牽引してきた欧州でも、欧州連合(EU)懐疑派で反移民の立場を取るポピュリスムやナショナリズム勢力が台頭し、環境政策は最優先されなくなっていると、教授は指摘する。一縷(いちる)の望みは、2019年5月に行われた欧州議会議員選挙での環境政党の躍進だ。今後は、環境政策の推進を目指す各国の環境保護派の連携が必要だと、教授は語る。
人道的競争はSDGsの達成に重要
では、環境政策はどのように推進すればよいのか?
教授は、世界が責任感を持って気候変動に立ち向かうためには、「人道的競争」の概念の普及が必要だと語る。人道的競争とは、利己主義に走らず、他と共生しながら、より良い社会の構築に向けて競争することだ。「『気候変動に具体的な対策を』は、この概念を使える最も良い例です。空気、水、海はみんなのものですので、我々は自己中心的に考えてはなりません。世界を救うために、すべての国がともに行動しなければならない。それに気付くべきです」
人道的競争の必要性を最初に唱えたのは、地理学者で、教育改革や仏法による生活革新運動などを展開した、創価教育の創始者であり、創価学会初代会長の牧口常三郎(1871-1944)だ。(第二次世界大戦)戦時下に軍国主義、ナショナリズムに反対を唱えたため、検挙・投獄され、1944年に獄中死した。牧口会長は、人間が生まれ持つ競争力を軍事、政治、経済分野ではなく、人道主義に則って使うべきだと強調した。

事実、教授が創価大学で教鞭を取っているのは、「持続可能性と平和」における人道的競争の重要性を、創価学会の池田大作会長(当時)が1971年に設立し、「人間教育の最高学府たれ」、「新しき大文化建設の揺籃たれ」、「人類の平和を守るフォートレス(要塞)たれ」を建学の精神とする創価大学の学生に教えたいと願っているからだ。
教授は、同大学平和問題研究所の所員も務める。同研究所は1976年に、「平和の達成に関する諸問題の調査・研究を行い、平和社会の建設と人類の福祉の向上に貢献することを目的として」設立された。
同研究所で、教授は「持続可能性」と「平和」の二つの概念を融合する形で研究を進めている。「我々は子供たち、孫たちの世代の将来を考えなければなりません。今、責任ある行動を起こさなければ、次の世代に負の遺産を残すことになります。森林、水、土地などは限りある資源です。責任ある行動は、持続可能性を追求するために大切なのです」
質の高い教育が人道主義的競争を普及させるために不可欠
人道的競争を広く世の中に広めるには、質の高い教育を提供することが不可欠になると、教授は語る。「持続可能性と平和を達成するには人道的競争が効果的」ということを学生が学べば、社会に出てから、この概念を広める「大使」の役割を担うようになる。SDGsの達成に向けて、自ら責任ある行動を取れるようになる。長い道のりだが、適切な方法を用い、常に努力を惜しまなければ達成可能だという。「私の役割は、持続可能性と平和について、次世代のグローバル市民を教育することです」
特に、「平和」は、開発、人権、グッド・ガバナンス、人間安全保障など様々な概念を包含する。同研究所が、SDGsを中心的な研究課題に据えている所以だ。
創価大学では、学生が分析的に、または批判的思考に立脚して物事を考えられるグローバル市民の育成に力を入れている。同大学は、文部科学省のスーパーグローバル大学創成支援事業(グローバル化牽引型)に採択されているほか、世界55カ国・地域から690人の留学生を受け入れている。また、同大学の学生にも様々な留学や海外インターンシップ、ボランティア制度を用意している。
グローバル人材の育成について提案し続ける創価大学。「創価大学が世界市民教育に秀でているのは喜ばしいことです」と、教授は結んだ。

平和への世界的取り組み、国際法の発達や遵守責任のテーマの下、研究を行う。モスクワ国際関係大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス、キングス・カレッジ・ロンドンで学ぶ。エクセター大学(英国)、国連大学(日本)、ジンダル・グローバル大学(インド)で教職や研究職を歴任した後、創価大学教授に就任。ブルガリア出身。