「社会の役に立つ革新性のある研究がしたい」~創薬研究者としてボストンで奮闘!

世界最大規模のバイオテック都市であるアメリカ ボストンの地で創薬研究者として働く宍戸英樹さん。2010年に本学工学研究科(現:理工学研究科)で博士号を修得後、本学の助教として2年間にわたり教鞭と研究に従事しました。
その後、2012年から希少疾患に関する研究をするため、オレゴン州ポートランドにあるOregon Health & Science Universityの研究室にポスドク(博士研究員)として所属。研究資金の獲得や論文掲載など実績を重ね、2016年には民間企業の研究者として就職を勝ち取るなど、異国の地で創薬研究者として活躍しています。
科学雑誌『Nature Communications』に、致死性の遺伝子疾患として欧米においてよく知られている嚢胞性線維症(のうほうせいせんいしょう)に関する新しい知見を昨年8月に発表するほか、夢に向かってキャリアアップに挑戦。本年10月下旬より、フラッグシップパイオニアリンググループ(新型コロナウイルスワクチンを開発したモデルナ社もそのうちの一つ)内の製薬会社にて、Senior Scientist(研究主幹)としてAIを用いた創薬開発に取り組んでいます。
今回の創大Daysでは、宍戸さんに研究者を目指した原点や、創価大学で学んだこと、現在のお仕事とこれからの目標などについて語っていただきまいた。
研究者を目指すきっかけを教えてください。
創価学園に在学していたときに、「いつか海外、できればアメリカで研究者として成功したい」と夢見るようなりました。そう思うようになったのには、3つのきっかけがありました。一つ目は、在学中に海外の大学教員の講演を何度か拝聴する機会があり、日本ではなく世界という大きな視野をもつようになったこと。二つ目は、仲の良かった同級生10人くらいがアメリカの大学や大学院に進学したこと。三つ目は、休み時間の楽しみの一つが「図書館で科学雑誌のNewtonを読むこと」だったことです。当時は折しも2000年代の前半で、遺伝子治療や再生医療そして人工臓器など非現実的で夢物語のような内容をNewton誌から学び、驚きと同時にとても感銘を受けました。高校では化学と物理を選択し、生物は履修してなかったのですが、これからの時代は医療に関する研究だと思い、今の職業である生物系の研究者になりたいと思いました。
学生時代のことについて教えてください。
研究者になるための土台を築こうと、創価大学32期生として工学部生物工学科(現:理工学部共生創造理工学科)に入学しました。高校時代はバスケットボール部の活動に熱を注ぎ、そこまで勉強に力を入れてきませんでした。大学では学業を中心に頑張ろうと決意し、「社会の役に立つような革新性がある研究者になる」との目標を掲げて学生生活をスタートしました。高校レベルの生物学の知識がほとんどなかったので少し不安はありましたが、創価大学はすべての学生が成長できるように、きめ細かく学生をサポートするシステムがあったので、問題なくスムーズに学問に打ち込めました。
ただ家庭の経済状況が厳しかったので、学費の一部と生活費を自分で工面する必要があり、大学1年生の頃はアルバイトを3つ掛けもちしての生活でした。その影響で、普段勉強に打ち込める時間は、授業中、空きコマ、アルバイト前の夕方5時までと限られていました。そのため授業時間内で内容を全て理解できるよう、集中して受講するとともに、どうすれば効率的に学びが深まるのかを考えながら学んでいました。当時は自分の好きなことをする時間がなく辛かったですが、今思えばそうした環境だったからこそ、限られた時間内で最大のパフォーマンスを発揮するための思考と習慣が身についたと思います。
大学2年次には、成績等で選考される給付型奨学金(当時の創友会の奨学金制度)に採用され、月2万円の支援をいただくことができました。また、大学3年次には特待生に選んでいただき、学業に打ち込み結果を出せば出すほど、経済的に恩恵を受けることができました。奨学金のおかげで、アルバイトの時間を減らすことができ、さらに勉強に打ち込む時間が増えていきました。頑張る学生を経済的な面からサポートしてくれるのは創価大学の特長であり、今の自分があるのも奨学金制度のおかげであると実感しています。

もともと創薬関係の研究者を目指していたのでしょうか?

当時工学部にあった3年次特別選抜という制度を利用して、大学を3年次で早期終了し、飛び級で修士課程を始めました。一年分の学費が浮いたので、経済的にすごく助かりました。大学院では丸田晋策先生の研究室に所属し、遺伝子工学や生物物理学の技術を利用して社会に役立つものを開発するバイオナノテクノロジー研究に没頭しました。創価大学で博士号を修得し、助教の契約期間も終わりに近づいた頃、研究の本場である科学大国アメリカでポスドク研究員としての挑戦を決意しました。
これまでに培った研究技術を土台としつつ、世界でより多くの困っている人に貢献する研究がしたいと思うようになり、研究分野も博士課程の内容とは異なっていましたが、オレゴン州ポートランドにあるOregon Health & Science University医学部のスカッチ研究室に応募しました。約100人の応募の中から採用してもらうことができ、アメリカで働く第一歩を踏み出すことができました。
研究室主宰者のDr.スカッチが大型の研究費を獲得したタイミングと幸いにも重なったことで、私がその研究を担当することになり、前職でも引き続き取り組んでいた「嚢胞性線維症」の新薬開発に関わる研究と出会うことができました。
アメリカで苦労したこと、これまでのキャリアについて教えてください。
渡米直後は英語での議論がとても難しく、週1回の生データを用いた1対1のミーティングがとても大変で、いつも緊張していたのを今も覚えています。また1~2ヶ月に1度担当が回ってくるラボミーティングは、最初の頃はパワーポイントのセリフをすべて暗記して臨むようにしていました。何とかくらいつきながら、死に物狂いでがんばった結果、アメリカの民間組織から研究費と給料をいただけるポスドクフェローシップを獲得でき、また共著者としてScienceに研究成果を発表することもできました。
その後、大学の研究機関から民間企業への道に進もうと決め、恩師であるDr.スカッチが役員を務めるCystic Fibrosis Foundationのボストン研究所に、2016年からシニアポスドクとして就職し、これまでの功績が評価されて2019年にはScientistに昇進することができました。
渡米時の目標は、アメリカで自分の研究室を運営することだったので、民間企業の研究員になることには迷いがありました。しかし、なぜそもそもアメリカで研究室を運営したかったかというと、「社会の役に立つような革新性がある研究がしたかったからだ」ということを思い出しました。実はそのような研究は創薬分野の民間企業でも行われています。しかもアカデミックよりも患者により近い立ち位置で、そして社会に直接還元するかたちで研究をすることができるので、今ではこの選択をしてよかったと思っています。
創価大学での学びは現在の研究に生きていますか?

創価大学工学部、工学研究科での学びは現在の研究活動でも大きく生きています。特に基本となる知識は、学部1~3年生の授業で学んだ内容がダイレクトに繋がっています。創価大学では実習室や実験器具なども充実しており、教員の先生方も土台となる考え方を論理的かつ丁寧に教えてくださり、今思うと本当にありがたかったと思います。研究は基本の組み合わせが大事であり、その積み重ねが応用への展開になると日々感じており、今でも大学の実験実習講義で学んだ実験手法を使うことがよくあります。
また、創価大学では素晴らしい友人に恵まれました。切磋琢磨しながら学びあい、明るく励ましあい、将来の夢に向かって共に努力を続けてきた経験は何ものにも代え難い財産です。特にアメリカでは、言葉の壁や文化の壁などの逆境も多いです。そのような環境だからこそ、学生時代に培った忍耐力や継続する力が、目の前の課題を乗り越える力になっていると感じます。
『Nature Communications』への論文掲載おめでとうございます。研究内容を教えてください。
昨年8月に科学雑誌『Nature Communications』に掲載されたのは、致死性の遺伝子疾患として欧米においてよく知られている嚢胞性線維症(のうほうせいせんいしょう)に関する新しい知見を発表した論文です。
嚢胞性線維症の患者は、現在、アメリカに3万人以上、世界に7万人以上います。白人に多い遺伝子疾患で、出生直後から様々な臓器に症状を認めます。特に肺において粘り気の強い分泌物が細い気道をふさぎ、慢性的な細菌感染症や炎症を起こし、肺機能の低下により死にいたることが多い病気です。1950年代は平均寿命が10歳以下でしたが、抗生物質をはじめとする対処療法の進歩により、1990年代には20代後半まで延びました。2019年には、嚢胞性線維症の疾患原因タンパク質であるCFTRの構造異常を修復し、疾患の症状と進行を劇的抑えることができる経口薬がアメリカにおいて認可されました。その経口薬の成分であるTezacaftorは、CFTRの生合成中に一時的に存在するCFTRタンパク質の生合成中間体に作用すると考えられています。したがって、タンパク質の異常構造が発生するメカニズムの解明は、同じような機構で発症する疾患の創薬研究において重要な課題です。
『Nature Communications』掲載された論文では、タンパク質の新生鎖(生合成中間体)が疾病原因として重要な役割を担っていることを実験的に証明することができました。今後、新生鎖をターゲットとした新しい創薬研究が行われることが期待されます。その後、この知見を活かした創薬研究開発に関する論文を今夏に投稿することができ、現在査読審査中です。

今後の目標など教えてください。

アメリカは研究分野においても実力主義の世界であり、常日頃から自分の実力を磨くことが求められます。5年後、10年後、そして20年後も第一線で活躍するために、自分自身の成長曲線を常に上方に向かうように保つことが大事です。またアメリカの製薬業界では数年ごとにステップアップのための転職をすることが一般的です。これらの理由から私も転職活動する際は、自分にできることだけでなく、将来のキャリアの方向性を考えたうえで、今の自分に足りないものにチャレンジすることを一つの条件にしています。
この10月下旬からは、これまでに培ってきた技術と知識を新しい分野に生かすべく、AIをコア技術とした革新的な手法で創薬開発を行う製薬会社に転職し、Senior Scientist(研究主幹)として創薬開発に取り組んでいます。
夢はいつか希少疾患の創薬開発のスタートアップ企業を立ち上げることです。そのためにも、今は様々な製薬会社で働いて力をつける段階だと思っています。これからも現状に満足することなく、創価大学出身者としての誇りを胸に、夢に向かって日々努力し続けてまいります。
創価大学には自分の成長を本気で応援していくれる仲間や先輩がいます。また、学びたい人を全力でサポートする教育環境が整っています。そして、志を同じくする仲間と共に切磋琢磨することで、どんな課題にも立ち向かっていける力が身につきます。人生の土台を築く大学生活だと思いますので、学生の皆さんには、失敗を恐れずに自分のやりたいと思ったことは積極的に挑戦していってもらいたいと思います。
『Nature Communications』掲載論文

[略歴]
- 2010年 創価大学工学研究科博士課程修了
- 2010-2012年 創価大学工学部助教
- 2012-2016年 Oregon Health & Science University, Postdoctoral Research Fellow
- 2016-2019年 Cystic Fibrosis Foundation, Senior Research Fellow
- 2019年 Cystic Fibrosis Foundation, Scientist
- 2020年 株式会社インターアクション, 社外取締役(兼職)
- 2021年 フラッグシップパイオニアリンググループ企業,Senior Scientist(現職)
忍耐、継続
[性格]
おだやか
[趣味]ランニング(マラソン)
[好きな本]
歴史小説、伝記