Vol.52

学生研究者として南極観測へ-チャンスをつかむ原動力は研究への熱意

松田 亮 大学院理工学研究科環境共生工学専攻修士課程2年

 南極大陸や南極海(南大洋)は、人間による環境汚染の影響が少なく、地球環境研究の基礎となるデータを収集できる重要なエリアです。また、南大洋は地球温暖化の原因となる大気中のCO2の主な吸収源であり、その生態系の解明は将来の気候変動の予測に繋がると考えられることから、南極地域の観測研究は年々重要度を増しています。
 日本からも毎年南極地域観測隊にさまざまな分野の研究者が参加していますが、2021年度の第63次観測隊に数少ない学生研究者として参加したのが、本学大学院で南大洋の微生物を研究する松田亮さんです。入学後に出合った微生物の世界に魅了され、自ら学びの道を切り拓き、貴重なチャンスをつかんだ松田さん。今回の創大Daysでは、松田さんに観測隊での経験や大学院で取り組む研究について語っていただきました。

松田さんが参加した南極地域観測隊について教えてください。

 今回私が参加したのは、南極地域観測隊の中でも、東京海洋大学の練習船「海鷹丸」で南大洋を航海しながら行う研究調査です。指導教員の黒沢則夫教授とともに、国立極地研究所(極地研)、東京海洋大学、創価大学による合同研究チームの一員として乗船し、2021年12月から22年1月まで約2カ月間、海上での観測や調査を行いました。

観測隊にはどんな目的を持って参加したのですか?

 私の目的は、現在研究ターゲットにしている、南大洋に生息する原生生物の生きたサンプルを持ち帰ること、そして観測船上で培養を試みることでした。大学院では普段、南大洋で採取された固定サンプルの顕微鏡観察や、サンプルから抽出したDNA情報を元にその環境中にどんな生物が存在していたのかを調査する研究に取り組んでいます。私が注目している従属栄養性渦鞭毛虫というグループの原生生物は、植物プランクトンを食べて生きているのですが、通常の状態よりも極端に膨らんだ状態で見つかることがあります。その時期が南大洋の氷が溶けて植物プランクトンが大増殖した時期と重なることから、膨らんだ状態と南大洋の生態系が深く関わっているのではないかと考えて研究しています。
 ただ、ホルマリンなどで生物の組織や細胞の劣化を防いでいる固定サンプルは、長期の保存には向いていますが、死んだ細胞であるために動いている様子は観察できません。南大洋から生きたサンプルを持ち帰って実験に使えば、より多くのことが観察や分析が可能となり、さらに研究が深まると考えたのが観測隊に参加したいと思ったきっかけです。黒沢先生や共同研究先である極地研の先生にそのことを相談したところ、先生方も賛同してくださり、学生研究員に推薦していただきました。参加が決まったときには、これまで積み重ねた研究や熱意が認められたと感じられ嬉しかったです。

ただ、今回の観測隊では、残念ながらその目的を果たすことができなかったとうかがいました。

 そうなんです。海鷹丸での南極地域観測は、日本からオーストラリアのホバートに向かい、そこで必要な燃料などを補給した後、南大洋で調査航海を行う計画でした。ところが、ホバートでコロナ感染者が急増した影響で上陸を諦めざるを得ず、南大洋調査自体が中止になってしまいました。
 とはいえ、日本とオーストラリアを往復する航海の間にも、人工衛星による海洋観測の精度を高めるための現地観測や、海中の微小生物の多様性を環境DNAによって調査するための試料採取が行われ、私もチームの一員として調査をサポートしました。船内の実験室で海水サンプルの顕微鏡観察も行ったのですが、常に船が揺れているので観察しづらく、かなり苦労しました。そうした経験は、観測隊に参加したからこそ得られる貴重なもの。本来の目的が達成できなかったのは本当に残念だったのですが、船上での研究の基本を身につけられたので、有意義な時間を過ごせたと思っています。

観測隊を経験して、研究への取り組み方や考え方に変化はありましたか?

 今回船に乗って一番強く感じたのが、チームワークが研究にいかに大事か、ということでした。それは、黒沢先生が学生に常々教えてくださっていることでもあります。
 船上での観測や実験は、限られた設備と人員で行わなければなりません。たとえば、海に投下して海水の塩分や水温を計測するCTDという観測装置があるのですが、その採水器はクレーンを使わなければ動かせないほど大きく、観測前の準備をするだけでも何人もの人手が必要です。研究者同士はもちろん、船員の方々とも協力してようやく観測が行われる様子を目の当たりにして、研究にもチームワークやコミュニケーションが不可欠だと強く感じました。
 「研究」と聞くと一人で黙々と取り組むイメージがありますし、実際、私自身も実験室では一人で顕微鏡をのぞいている時間が長く、これまでは先生の言葉をしっかり理解できていなかったのかもしれません。大学の研究室を離れ、普段とは違う環境に置かれたことで、あらためて「研究は一人ではできない。ほかの人と関わりながら進めることが大切」という黒沢先生の言葉の重みを感じ、その意味を理解できたように思います。

2カ月近い航海でしたが、船上での生活はいかがでしたか?

 長期航海は人生で初めてでしたから、集団生活や船内でのルールに慣れるまでは少し苦労しました。ほかの研究者の方に「お互いに気遣って助け合うことが大事だよ」とアドバイスされていたので、変に緊張して気を遣いすぎてしまって、最初の1週間は全然周りになじめなくて…(苦笑)。ただ、周りの様子を見る余裕ができてからは自然体で過ごせるようになり、ほかの学生研究者とも仲良くなれました。
 ひどい船酔いも一度だけ経験しましたね。乗船2日目、油断して酔い止めの薬を飲まずにいたら大変な目に遭いました。ただ、その後は毎日欠かさず薬を飲んでいたので、元気に過ごせました。逆に、毎朝6時半にラジオ体操をして、食事も三食決まった時間にしっかり食べる規則正しい生活を送っていたので、かなり健康になった気がします。海鷹丸は海洋大専攻科生の遠洋航海実習も目的としていて、食事では延縄実習で獲れた新鮮なマグロのお刺身も出ましたし、年末年始には年越しそばやおせち料理もいただきました。ここ最近はあまりたくさん食べる方ではなかったのですが、不思議と船では毎日食が進みました。周りの方も「船の上ではなぜか普段よりおなかが減る」と言っていたので、“船旅あるある”なのかもしれませんね。

松田さんは、中学・高校時代からプランクトンや微生物に興味があったのですか?

 理科はどの分野も好きでしたが、大学に入るまでは、どちらかというと生物よりも物理や化学に興味がありました。創価大学理工学部の共生創造理工学科で学ぼうと思ったのは、理学と工学にまたがる幅広い領域を学べるだけでなく、専門領域を入学後に決められるのが魅力的だったからです。入学するときは、「いろんなことをいっぱい勉強しよう!」という気分でしたね。いろいろな分野の授業を受ける中で、学生生活のターニングポイントになったのが、2年生で受講した黒沢先生の微生物学の授業でした。
 高校までの知識で、微生物がさまざまな場所で活動していることは知っていました。しかし、黒沢先生の授業で、一般的な動物や植物が生きられないほど高温や低温の環境で活動する微生物もいると学び、衝撃を受けました。そして、微生物が極限環境にどう適応しているのかに興味がわき、すぐにでも研究したいと思いました。その意欲を黒沢先生に伝えたところ、すぐに研究室を見学させてくださり、そのまま3年生から研究室で実験させていただくことができたんです。やる気を行動に移し、真摯に研究に取り組む。その積み重ねがあったから南極観測に参加させてもらうことができたのかもしれません。

お話をうかがっていると、研究に対する松田さんの熱い思いが伝わってきます。研究のどんなところに魅力を感じていますか?

 実験をしていると、予想と違う結果が出ることは珍しくありません。予想が外れると「実験に失敗した」と捉えてしまいがちなのですが、本当はそうではないのかもしれない。その結果は、じっくり考えると論理的に説明がつくことで、失敗とは真逆の「新しい発見」なのかもしれません。私自身、学部生時代の研究で予想外の結果から新たな発見を導き出す経験をし、教科書に載っている知識やこれまでの常識が必ずしもその通りではないことを身にしみて感じました。その時、研究することの面白さに一気に引き込まれたんです。一見説明の付かない未知の現象に対して、先行研究を勉強したり、自分でさらに実験をしてみたり、さまざまなアプローチで原因を解き明かしていくことは本当に楽しいです。その楽しさが、研究を続けていく原動力になっています。

創価大学だからこそ学べたと思うこと、これからの抱負を教えてください。

指導教員の黒沢教授が南極観測隊(2012-2013年)に参加した際の写真。全面結氷した南極海。右奥は南極大陸の露岩地帯
指導教員の黒沢教授が南極観測隊(2012-2013年)に参加した際の写真。全面結氷した南極海。右奥は南極大陸の露岩地帯

 まずは、南大洋調査のリベンジが一番の目標です! もう一度観測隊に参加して、生きたサンプルを持ち帰り、今取り組んでいる研究をやり遂げたいですね。
 4月からは博士課程に進み、研究者として人のため、社会のためになる成果を発信していきたいと考えています。自分が学びたい分野を見つけ、研究者という目標を持つことができたのは、この大学で黒沢先生と出会えたからこそです。さらに、黒沢先生を通して、現在は極地研や東京海洋大学の先生方や学生の方々とも一緒に研究できるようになりました。創価大学には、黒沢先生だけでなく、学生の夢や目標の実現を手厚くサポートしてくれる先生方や先輩方が大勢います。私自身、学びたいという意欲に応えてくれる創価大学の環境で、仲間や先生に刺激を受け、大きく成長することができました。みなさんにもこの大学で自分の目標に向かってチャレンジしてほしいですね。

松田 亮 Mtsuda Ryo
[好きな言葉]
継続は力なり
[性格]

落ち着いている、やると決めたことはとことんやる

[趣味]
友人とレンタカーを借りて近場の温泉や銭湯に行くこと。日常を離れて解放感を味わえるのがたまりません
[最近読んだ本]
封印再度/森博嗣
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