身近にある「言語」が及ぼす 影響を意識すれば私たちの 社会はもっとよいものにできる

2020年09月15日 14時40分

教員インタビュー!第6弾・波多野 先生に聞いてみました!

    目に見えない言語の力が
    人々の意識や社会のあり方を左右する


     みなさんは毎日、ことば(=言語)を使って生活したり勉強したりしていますね。これを読んでくれている方々の多くは、ふだんは日本語を使い、外国語として英語を学んでいるのではないかと思います。
     経営学部における私のいちばんの使命は、学生の英語力を向上させることです。そして研究者としては、グローバル社会の中で「言語の生み出す力関係」に着目し、日本の英語教育や、外国人労働者と言語の問題、自動翻訳の可能性などについて研究を行っています。

     いったい「言語が生み出す力関係」とはなんでしょう? たとえば「これからは英語くらい話せないといけないのかな。苦手なのに」と思うことはありませんか。あるいは英語を流暢に話すだけで仕事ができそうに感じたり、逆に日本で働く外国人がたどたどしい日本語で話すのを『上から目線』で見たりしてしまうことはないでしょうか。
     そのように特定の言語がうまく使えるかどうかで優越感や劣等感、差別感情が生まれることがあります。それが言語による力関係の一つです。

     外国人労働者やその家族にとって言語の問題はさらに切実です。ことばがわからず不利益を被ることが多いからです。言語を習得する機会を十分保証するような教育政策や、公的機関や学校からのお知らせが多言語に対応しているなどの支援が必要になります。
     そのように社会には目に見えない言語の力が存在し、経済活動とも密接に関わっているのです。私の担当するグローバルビジネスコミュニケーションの授業では、言語の背景にある文化的な違いや、言語によって不利益を被っている人たちの存在にも触れるようにしています。
    アメリカで心理学を学ぶために
    得意ではなかった英語をがんばることに


     私の父は仕事の関係でよく海外の方々を家に招いていました。その人たちの話を聴いたのが海外に関心を持つきっかけでした。高校時代の私は、社会的な生き物としての「人間」やその心理に興味があり、アメリカで心理学を勉強したいと思うようになりました。
     とはいえ英語が得意だったわけではありません。なんとか留学できる程度の英語を身につけて渡米し、最初は2年制の大学に入学してその後、4年制大学に編入しました。
     学部では脳で情報をどのように処理しているかという「認知心理学」を専攻し、記憶のプロセスや視覚などを幅広く学びました。
     そのままアメリカの大学院に進むつもりでしたが、学費を貯めるためにいったん帰国して働きました。
     私の就いた仕事は、サポート校で英語を教えることでした。不登校の子どもたちが通信制で学びながら高校生活を体験するための学校です。
     この仕事をしたことで外国語学習のプロセスに非常に興味を持つようになり、その分野の研究ができるニューヨーク州立大学バッファロー校の大学院に進学しました。



    人の幸せに直接役立つ研究がしたくて
    博士課程では教育学に転じる


     修士課程での研究は、日本語の「ら」音の認知についてでした。日本語を母語とする人たちは、日本語を獲得する成長過程で、「これが『ら』だ」と感じる音の幅が定まっていくことがわかっています。
     この研究はとても興味深くはありましたが、もっと人の幸せに直結するような研究がしたいと思い、大学のアドバイザーに相談すると「それなら教育学の方がいいかもしれない」と教えてくれました。それで博士号は教育学で取ることにしました。

     教育学の博士課程にはモスクワ大学で教えていた先生がいらして、ロシアの心理学について学びました。
     当時アメリカの心理学は、個々人が受ける心理的影響を中心に組み立てられていました。しかし、レフ・ヴィゴツキーなどロシアの発達心理学は、人と交わることで考え方を構築していくところに重点をおきます。おかげで「言語も人との関わりの中で習得していくのだ」という新しい視点を得ることができました。
     そのときに学んだロシアの哲学者ミハイル・バフチンの考え方や、自分が日本人として英語を勉強した経験から、言語が社会にさまざまな「力関係」をつくり出していると感じ、それについて研究してみたいと思うようになりました。
     博士論文では、英語を学ぶ高校生、その保護者、高校教員はそれぞれ何を感じているのか、日本の英語教育に関わる人たちの声を集めて分析しました。文部科学省の職員にもインタビューし、日本では英語がどのような力関係の中で学ばれ広がっているのかを考察しています。



    急速に普及が進む機械翻訳は
    外国人とのコミュニケーションをどう変える?


     私はかねてから、機械翻訳が社会に及ぼす影響に関心を持っています。機械翻訳はここ数年で手軽で身近なものになり、教育やコミュニケーションに使える可能性が見えてきました。最近では外国人労働者の方が、役所の窓口で機械翻訳サービスを使えるような仕組みも出てきています。

     私が最も注目して研究しているのは、日本人が海外の企業と折衝するときに機械翻訳が使えるかどうかです。
     コロナ禍の前に、企業に機械翻訳についてアンケートをしました。すると「外国語のコミュニケーションにおいても礼儀やていねいさが大切であり、機械翻訳を使うことによってそれが失われる」と思って導入に慎重な方々が一定数いることがわかりました。
     一方、観光地や病院などにおける機械翻訳サービスは必要な情報が正確に伝われば十分です。私は外国語コミュニケーションはこの2つのタイプに分かれ、機械翻訳が果たす役割は主に前者よりも後者のコミュニケーションにあると思っていました。

     ところが新型コロナウイルス感染症の流行によってテレワークが進み、「オンライン会議は、思っていたよりも使えるものだ」という意識が日本中に広がりました。今後は事務的なコミュニケーションについては、対面からオンラインへ簡略化されていくと予想されます。
     おそらくこれからはオンライン会議用アプリケーションの中にも機械翻訳が入ってくるかもしれません。そうすると翻訳された表現に礼儀やていねいさが不足していても許されるようになり、一般企業においても機械翻訳が広く受け入れられるのではないかと思います。
    国際語としての地位は揺るがなくても
    英語一辺倒の教育には弊害がある


     ここまで読んで「機械翻訳でうまくいくのなら、わざわざ英語を勉強しなくてもいいのでは?」と思う人もいるでしょう。残念ですが、いまの高校生は英語をやっておいたほうがいいというのが私の考えです。
     私の授業では実際に機械翻訳を使ったコミュニケーションを体験してもらいます。正直なところ現在のレベルでは、翻訳の間違いが即座にわかるだけの英語力がないと、ビジネスには怖くて使えません。機械翻訳だけでコミュニケーションが完結するようになるまでは、まだ時間がかかることでしょう。

     グローバルなビジネスは英語で動いています。SDGs(持続可能な開発目標)を主導している国連のような国際機関もそうです。この傾向は当分変わらないでしょう。将来を考えて、子どもに英語を習得させようという傾向が強いのは日本だけではありません。
     しかし、早くから英語を学ばせればいいというわけでもないのです。英語がローカルの言葉でない場合、学校で使う言語を突然英語だけにしてしまうと、授業の内容をよく理解できないため、学校をドロップアウトする傾向にあることが知られています。
    ローカルな言葉とうまくブレンドしながら身につけられるよう、その国や地域の子どもたちが幸せになる言語政策を推し進めてほしいと思います。



    外国語学習は自国の社会や文化を振り返り
    多文化共生へと向かうツールにもなる


     私はシンガポールへの短期留学プログラムの引率もしています。シンガポールは7割が中国系住民ですが、歴史的・政治的理由から英語を共通語としており、他にもメジャーな言語が3つあります。どんな人がどんな言語を話しているのか、現地で実体験するなかで、今までお話ししたようなことも折にふれて伝えています。
     機械翻訳のおかげで、これから日本の英語教育の目的は実用だけではなく、日本語を客観的にみたり、自分たちの文化を相対的にみたりすることにも広がるかもしれません。そうすればSDGsや、本学の掲げる理想にも近づくことになります。

     言語は私たちが毎日使っているものですが、意外に気づかないことがあります。言語による力関係もその一つです。研究によってそれを発見していくことには、知的好奇心が満たされる楽しさがあります。
     また日常のものだからこそ、言語についての研究は社会の向上につながると期待できます。目に見えないし時間がかかっても、他の人たちの研究と合わせて社会をもっとよい方向に動かせるかもしれません。その使命感を持ちながら研究できるのも嬉しいことです。

     私自身、必要に迫られて英語を勉強したことが、現在の仕事につながっています。皆さんもとりあえずは「受験のために必要だから」でかまいませんので、英語を学びながら世界観を広げていきましょう。その後に、本当のところ英語が必要かどうかを自分自身に問いかけてみて選択するのが大事だと思います。


    (プロフィール)
    1998年 テネシー州立大学ノックスビル校教養学部心理学専攻(アメリカ合衆国) 卒業
    2005年 ニューヨーク州立大学バッファロー校心理学研究科認知心理学修士号(アメリカ合衆国) 修了

    2006年  ニューヨーク州立大学バッファロー校教育学研究科第二言語としての英語教育修士号(アメリカ合衆国)修了

    2013年 ニューヨーク州立大学バッファロー校教育学研究科外国語・第二言語教育博士号(アメリカ合衆国) 修了
    ページ公開日:2020年09月15日 14時40分
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