人間らしい働きかたを考えることが 充実した人生と持続可能な社会につながる

2020年10月28日 18時25分

教員インタビュー!第8弾・ 栗山先生に聞いてみました!

    悩みから逃げずに模索し続けたことが
    新しい世界に挑戦するエネルギーになった


     私の専門は「人的資源管理(ヒューマン・リソース・マネジメント)」と呼ばれる分野です。日本ではあまりこの言い方はされませんが、主に働く場における人のマネジメントをさす言葉です。ビジネスの共通語でもあり、世界標準の分野名です。
    私は人のマネジメントでもっとも大切なのは「人を手段としない」ことだと考えています。手段として扱われると、人は本来持っている豊かな可能性を発揮できません。どうすれば人を手段としない職場や社会環境を作ることができるのか、それをみなさんと一緒に考えていきたいのです。

     高校時代は、仲のよい友人たちが進路を模索し始める時期です。私は自分に自信が持てず、取り残されたような気持ちで悩み多い日々を送っていました。バレー部で引退までがんばりましたが、満足のいく結果を出せませんでした。とにかく夢中になれるものを探して、もがいていた感じです。詩や哲学書、日本文学や外国文学も手当たり次第に読みました。科目では英語がわりと好きで、これがのちのち役に立つことになります。

     実家は大阪で自動車修理工場をしていました。経営は順調で、将来家業を継ぐかもしれないと家から通える大阪の大学の経営・経済系の学部を受験するつもりでした。でも創価大学の説明会に行って、偏差値の序列を突き抜けた人間性に基づく価値観があることに強いインパクトを受けました。生き生きと活動する現役学生の姿に、自分もここで学びたいと思ったのです。今思えば、高校時代に悩み苦しんだことが、新天地でゼロから始めようというエネルギーにつながったのだと思います。

     私は8期生になりますが、創価大学には当時模擬試験では測れない独自の基準があると言われており、受験勉強は気を抜けませんでした。経済学部に進み、経済学を勉強しました。しかし理論的思考だけでは物足りず、現実の人間の姿が見えてこないもどかしさと、「実際の経営と机上の理論は違うのでは?」という思いがありました。ここでも学部で不完全燃焼だったことが、大学院に進学して勉強しようという気持ちにつながりました。



    大学院での出会いとバンコク留学が
    現在の研究につながる大きな転機に


     幸い大学院に社会政策や労働運動史を専門とする先生がおられました。弟さんとともに戦後の民主的労働運動を主導された方で、具体的な経験に基づいた指導をされていました。この先生に政府機関(当時は労働省)、労働組合、経営者の団体などに同行させていただき、さまざまな立場から労働に関わる方々とお話しすることができました。ILO(国連で労働を担当する国際労働機関)の東京支局にも紹介してもらい、足を運んで勉強する大事さを学んだのです。

     創価大学の大学院には奨学金付きで交換留学ができる制度があり、タイの首都バンコクにある名門、チュラロンコン大学に留学しました。実はバンコクはアジア太平洋における国連の中心地で、ILOの大きな事務所もあります。そこに入り浸り、日本人職員と仲良くなりました。それまで国連職員は雲の上の人のように思っていましたが、実際には普通の「おじさん」たちで、ジャパニーズイングリッシュを駆使しながら面白い仕事をしていました。私は研究者を目指していましたが、まずILOの職員になってキャリアを積んでいきたいという夢ができました。まわりに話すとアドバイスや情報がどんどん集まり、専門書や関連の仕事などを紹介してもらったのです。
     おかげでILOの登竜門の試験に25歳で合格することができました。大きな国際組織ですから、研究職として希望を出してから実際の部署が決まるまで長く待たなければなりません。そこで日本ILO協会(当時)でアルバイトの身分で給与をもらいながら、大学院の博士課程で学びました。スイス・ジュネーブの本部に専門官として赴任したのは、ちょうど大学院を終えた28歳のときです。
    ILOで学んだ情報発信のポイントと
    それまでの“常識”を相対化する大切さ


     当時の日本はバブル崩壊前で、その経済競争力が世界から注目されていました。それなのに日本の人的資源管理についてはほとんど発信されておらず、“不思議な国”と見られていました。そこで私にお鉢が回ってきたのです。私の仕事は日本の「強み」とその理由を英語で情報発信することでした。しっかり相手に伝わる言葉を見つける大切さを痛感し、それが私の財産になりました。ILOでも英語力や専門性では諸外国の同僚にかなわないと自信を持てずにいたのですが、日本について発信するのであれば、誰にも負けません。それが研究者としての自信につながったのです。

     同僚は120を超える国から来ていますから、自分自身の働き方や日本の労働文化を見直すことにもなりました。最初から個室を与えられ「そんなに仕事ばかりしていては将来につながらない。目の前の仕事に割くのは30%にして、30%を仕事以外の研究にあて、残りの30%で履歴書を書け(笑)」と言われました。ここで学んだことが、私の教育・研究の原点になります。

     ジュネーブは国際連盟の本部がある素晴らしい国際都市です。創価大学教員として、2004年からは休暇期間中に2週間、ジュネーブを中心に国際赤十字委員会などの国際機関や大学・ビジネススクールを学生とともに訪問し、専門家から英語で講義を受けるグローバルプログラムを実施しました。私は12年間その引率をしました。専門家の真剣さに触れると、学生たちは強いインパクトを受け、まさに一瞬で変わるのを実感しています。
    人間の尊厳と可能性を大事にする
    「ディーセント・ワーク」という考え方


     国連ではSDGs(持続可能な開発目標)として17の項目を掲げています。ILOはそのために次の3つを原則としています。これらは私の教育・研究の指針でもあります。
    1)労働は商品ではない(人間の尊厳)
    2)永続する平和は社会正義を基礎としてのみ確立することができる(社会正義)
    3)一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である(貧困は脅威)

     SDGsと労働の関係に注目すると、もっとも関連が深いのは、「ディーセント・ワーク(性別を問わず誰もが十分に生活の糧を得ることができ、働きがいのある人間らしい仕事)」を掲げた開発目標8です(下図)。残念ながら、グローバル化の負の側面として、逆に貧富の差が大きくなっているのが実情です。
     ディーセント・ワークを実現するのにまず大切なのは雇用です。特に日本のサービス業は、賃金が低いパートタイムや学生アルバイトを多用することで成り立っています。学生アルバイトの賃金は最低賃金と同レベルです。かろうじて生きていけるけれど、生活の豊かさにはつながらず、将来のための貯蓄や教育への投資もできません。非正規雇用と呼ばれる層がいま、コロナ禍で仕事を失っています。正規・非正規間の格差は、これからの日本の課題です。

     この状況を変えるには、もっと一人ひとりの仕事の付加価値が高い、つまり高い料金を喜んで払ってもらえるビジネスを生み出す必要があります。欧米では高校にも起業家精神(アントレプレナーシップ)を学ぶ科目があり、どうしたらお金になって社会の役に立つビジネスを展開できるかという発想法を勉強します。日本人は仕事というと雇われることを前提にしますが、発想を変えて、自分が経営する立場で考えてみることです。簿記や人のマネジメントについての理解も必要になり、経営学の面白さが見えてきます。そういう発想ができれば企業を見る目も養われ、よい就職にもつながっていくことでしょう。



    社会正義が十分機能していることが
    持続可能な成長と価値創造には欠かせない


     貧困の撲滅をうたう開発目標1も関係します(下図)。人間らしい生活には、失業や病気の際にも最低限の生活を国が保障する社会保障制度が欠かせません。日本では失業は悪いことのように思われていますが、スイスの友人から聞けば、レベルの高い失業給付はもちろんのこと、質の高い心理的カウンセリングや納得するまで多様な職種の職業訓練を、次のキャリアへの準備期間として受けられるとのことです。失業は恥ずかしいことではなく、人の尊厳性を守りながら、失業を乗り越える支援をすることが国家の利益になるという考え方です。
     社会保障の財源を確保するには、ビジネスを活発にすることです。しかもそのビジネスは、一部の人だけが利益を独占するものでは困ります。そこで「社会的起業」が世界的に注目されています。公的機関では手が届きにくい支援をビジネスとして行い、社会に価値をもたらすことを目標とします。貧困をなくすことにも経営学は貢献できるのです。
     もうひとつは公正についてうたった開発目標16です(下図)。公正さがないと社会全体が疲弊し、戦争につながることは歴史が証明しています。開発目標16は、特に未来からの使者である子どもたちを守ることに加え、必要な情報へのアクセスと意思決定の大切さを強調しています。多様な情報に触れ、それに基づいて自分のやりたい仕事やキャリアを選ぶことは、創造性を発揮することにつながります。
    コロナの先に必ずあるチャンスに向けて
    今は力を蓄えるとき


     これまで日本人の働き方は「休まず長時間職場にいること」(コミットメント)に重点がおかれていました。1980〜90年代にはそれでうまくいっていたのです。しかし21世紀になって、人のマネジメントは、「一人ひとりが自ら望んで働き、創意工夫して仕事ができる関係づくり」に重点が移っています。これをコミットメントに対してエンゲージメントと言います。
     Withコロナの時代には、誰でも世界と直接オンラインでやりとりできる環境が整い、働き方も変わります。これから大学に進むみなさんには、誰もが自発的に高い付加価値を創造できる職場の大切さと、それがさまざまな社会問題の解決につながることを知ってほしいと思います。

     コロナの時代にはたくさんの制約があります。大学でも通常通りの授業や行事の実施は難しく、海外留学も中断されています。しかし、このような時にこそ気づくことや、学びを深められることもあるはずです。そうやって実力を蓄えて次の飛躍のチャンスに備えることが大事なのではないでしょうか。みなさんとともに、ぜひこのピンチをチャンスに転じていきたいですね。


    <ご来歴>
    栗山 直樹教授 プロフィール
    創価大学経済学研究科大学院博士後期課程、経済学博士。
    1988年~1991年 ILO(国際労働機関事務局)専門官
    1991年~1992年 日本ILO協会「世界の労働」編集長
    1992年 創価大学経営学部専任講師
    1995年 同助教授
    2001年 同教授
    ページ公開日:2020年10月28日 18時25分
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