20世紀の枠組みがゆらぐ今、ベンチャー企業や地方の未来を考えよう

2020年11月26日 12時06分

教員インタビュー!第14弾・國島先生に聞いてみました!

    ベンチャー企業、中小企業が
    大きな影響力を持つ時代に


     私は経営管理論やベンチャー企業論、ローカルビジネス論、地方創生ワークショップの授業を担当しています。

     みなさんは「ベンチャー企業」と聞いてどのような企業を思い浮かべるでしょうか。「インターネットを使った会社」「最近、誕生した企業」などと考える人が多いのではないでしょうか。ベンチャー企業とは“革新的なアイデア・技術などをもとに、新しいサービスやビジネスを展開する企業”のことです。1990年代から2000年代にかけて、次々と会社が誕生しましたが、これらの企業はインターネット技術やアイデア提供を中心とした事業を行っているので、「ITベンチャー」「.comビジネス」などとも言われています。

     20世紀は大量生産、大量販売、大量廃棄といった「大企業」の「官僚制組織」が中心に経済を回している時代でした。小さな企業はいわゆる下請けで、大企業の陰に隠れている存在だったのです。しかし、1990年代後半から時代が大きく変わり、今まで絶大な影響力をもっていた大企業の業績が思うように振るわなくなる一方で、ベンチャー企業が台頭し、大きな影響力をもちはじめているのです。

     20世紀に中心であったアメリカ中西部は、ラストベルト(Rust Belt 、錆びた工業地帯)と呼ばれるようになりました。現在のアメリカ製造業の中心は西海岸のシリコンバレーに移り、かつて小企業に過ぎなかったGAFAと呼ばれるGoogle、Apple、Facebook、Amazon等が独占的地位の濫用で社会問題になっています。他方で、地域再生、環境、貧困等の社会問題解決を目指すソーシャルベンチャーも注目されています。

     私の授業では、こうした現状をふまえて、20世紀型の企業経営の積極性や限界を検討しつつ、21世紀型の企業経営のあり方、地方創生のあり方を理論的かつ実践的に模索していきます。
    大企業や権威、当たり前への反発
    疑問を持つ学生だった


     私自身の学生時代を振り返ると、とうてい自慢できるものではありませんでした(笑)。ただ、小さなころからひねくれたところがあったように思います。みなさんにはピンとこないかもしれませんが、昔は子どもの好きなものといえば「巨人・大鵬・卵焼き」だといわれたものなのですが、私はどれも好きではありませんでした。小さいときから「みんながいいというなら、おれは嫌いだ」というような、ひねくれた子どもだったんですね。

     学生になってからもこの気質は変わりませんでした。当時の日本は高度成長期で、まさに大企業が主役の時代です。中央集権的な管理が一般的でしたが、いつもどこかに「この仕組みでいいのか?」「この企業のあり方でよいのか?」という反発心がありました。そこで必死にたくさんの本を読み、世の中の常識や流れに疑問を持ち、自分なりの答えを見つけようとしていました。

     大学での勉強はこのように、当たり前を疑うところからはじまります。「みんなが言っているから」「教科書に書いてあるから」「えらい人が言っているから」ではなく、自分の頭で一度、考えてみましょう。答えがないことを模索し、考えるのが、学問のおもしろさだと思っています。



    ボーナスの出る集落、高校再生など
    今、地方がおもしろい!


     ベンチャービジネス論ともうひとつ、私が担当しているのがローカルビジネス論と地方創生ワークショップについての研究です。20世紀は東京一極集中で、多くを東京の政治家、官僚、大企業がにぎっていました。地方自治といっても税源、つまりお金は、中央からの地方交付税のみですし、経済循環でもヒト・モノ・カネが地域に残らず、地方は衰退する一方でした。

     ところが、近年は、地方に暮らす人自身が地域を活性化、創生する動きが出てきています。たとえば、鹿児島県にある串良町柳谷地区。地元の人は「やねだん」と呼んでいる、約100世帯ほどの集落があります。住民の約4割が65才以上で、過疎化・高齢化に悩む典型的な地方の集落でした。

     ここでは公民館の館長さんが中心となり、集落の子どもから高齢者まで、労働力や経験を提供しあって、「お金を稼ぐ」試みをはじめたところ、集落の全世帯にボーナスが配られるまでになり、全国で注目されました。その仕組みですが、まず、集落の遊休地を利用してサツマイモづくりをはじめました。さらに集落にあったデンプン加工工場の跡地で、鹿児島大学で研究されていた土着菌に米ぬかや砂糖等を加え撹拌・発酵させ、ウシに食べさせると牛のふんが臭くなくなりました。さらに、これを肥料に混ぜ、畑にまいてサツマイモを植え、収穫したサツマイモから焼酎をつくって販売し、集落の財源としたのです。さらにそのお金で地域の福祉や教育を充実させていきました。この試みは全国から注目を集め、今では「地域再生のお手本」といわれるほどです。

     この「やねだん」をはじめ、島根県海士町の高校と地域の再生、北海道旭川市のバイオマスを活用した洗濯屋など、地方でさまざまな試みが行われています。いずれもカギとなっているのは「感動と共感」です。単なる仕組みだけを他の地域で真似しても、決してうまくはいかないでしょう。地域の実情や課題は似ているようでも、実際にはそれぞれ異なるからです。移住者も含めて地元の人自身が汗を流し、それぞれの地域にあった地域再生のかたちを模索することで、「感動と共感」が広がり、最良の解決策がうまれるのです。私自身は、これが地方創生の最大の課題であり、おもしろさだと思っています。



    酒蔵やスポーツなど、
    多摩地域の活性化にも携わる

     

     私は、本学がある地元・八王子や多摩地域の地域活性化にも取り組んでいます。昨年は、「地方創生ビジネス・ワークショップ」という講義のなかで、八王子市の保健所から相談をうけ、学生に食生活や日々の健康に関心をもってもらうためのポスターづくりのお手伝いをしました。

     また、八王子近くの酒蔵に、経営と地域活性化の勉強を兼ねて見学に伺うこともあります。近年、日本酒は消費量の落ち込みが深刻で、蔵元がどうやって生き残っていくかが課題となっています。この蔵元は直売所・レストラン事業やクラフトビールづくりをはじめて、若い世代へのアピールに成功しています。
     さらに、八王子にある地域総合スポーツセンター「はちきたSC」を運営しているNPO法人からの依頼で、そのセンターの支援もしています。「はちきたSC」はドイツにある総合スポーツクラブをモデルにしてつくられたもので、老若男女が気軽にスポーツを楽しめる場所です。文部省の政策の下、地域交流や地域活性化をめざして誕生しました。クラブハウスやサッカー・テニスのコートがあり、子どもたちを対象にしたサッカーやチアダンスなどのスクール事業を行っているほか、八王子からJリーグをめざす「アローレ八王子」なども始動させています。現在、スクール事業の生徒数は増えていますが、残念ながら「地元のさまざまな年齢の人たちがふらりと立ち寄れる場所」にはなかなかなっていません。地域のみんなのための施設にするには、どのような工夫が必要なのかと、学生のみなさんとともに、私も試行錯誤しています。
     このように企業や地域の取り組みには成功もあれば課題もあり、ひとつとして同じものはありません。人、地域、会社、それぞれにあったやり方を模索していく必要があるのです。これが今、よく言われている「多様性」ということなのかもしれません。みなさんも学んだ知識を消化するのではなく、真剣に考え、正解のない難問に挑んでみませんか。


    <ご経歴>
    國島 弘行教授 プロフィール
    1979年卒業 中央大学商学部会計学科会計学専攻
    1983年修了 中央大学大学院商学研究科商学専攻博士前期課程
    1987年 単位取得退学 明治大学大学院経営学研究科経営専攻博士後期課程
    1987年 小樽商科大学商学部商業学科 助手
    1988年~1993年 岩手大学人文社会科学部人文社会科学科 講師 助教授
    1993年~ 創価大学経営学部経営学科 助教授 教授
    ページ公開日:2020年11月26日 12時06分
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