藤倉ゼミ「演習I」にてLGBTQ+当事者をゲスト講師にお招きしました!

藤倉ゼミでは「英米クィア作品研究I―クィア演劇・映画の分析」というテーマで、毎回クィア(性的マイノリティ)要素を含む演劇・映画を取り上げ、原作を用いて作品分析を行いました。
そして、春学期の第8回授業授業では、LGBTQ+当事者の方がゲストとして登壇され、ゼミ生からの様々な質問にお答えいただきました。

セクシュアリティについてご自身の経験をオープンに話してくださるだけでなく、子どもの頃から制服や髪型など、日常のあらゆる場面で「自分らしさ」を探求してこられたことなども語ってくださいました。

授業後の学生の感想から、この講義を通じて、「普通って何だろう」や「自分らしさって何だろう」といった問いに向き合うことができる良い機会になった、という声も寄せられました。社会が「男だから」「女なのに」と決めつける枠の中で、自分の気持ちを押し込めて生きることの辛さ。誰にも言えずに悩み、孤立感を深めていく様子は、聞いている側にも静かに響いていました。

印象的だったのは、当事者を傷つける言葉や行動が、悪意からではなく「無意識の偏見」から来ていることが多い、という点です。「普通こうでしょ」「みんなそうだよ」といった言葉が、当たり前のように使われる中で、誰かの存在を否定することになっているかもしれない――そんな気づきが、講義の中で何度も共有されていました。

後半には学生たちが感想を述べる中で、学生一人ひとりにアドバイスなども与えてくださいました。「LGBTQ+の人にどう接すればいいのか」「間違った言葉を使ってしまわないか不安」といった悩みに対し、ゲストは「完璧じゃなくていいんです。知ろうとする気持ち、聞く姿勢があるだけで、すごく救われる」と話していました。その言葉は、誰にとっても励みになるものでした。

講義を終えた学生の多くが、「特別なことを学んだ」というよりも、「自分の日常を見直す機会になった」と話していたのが印象的ですた。LGBTQ+の人は“特別な存在”ではなく、クラスにも、近所にも、もしかしたら自分のすぐそばにもいるかもしれない。そうした当たり前のことに、改めて気づかされる時間となりました。

Share