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2024年01月18日

極限環境から第3のRNAウイルス系統を発見(理工学部 共生創造理工学科 黒沢則夫 教授)

 高温酸性泉中の微生物から新奇RNAウイルスゲノムを発見しました。本発見は、これまでRNAウイルスが見つかっていなかった70-80度の高温環境でもRNAウイルスが生息すること、および、RNAウイルスを大別する既存の2つの界とは別の第3のRNAウイルス界が存在する可能性を示唆しています。
 地球上では数十万種に及ぶRNAウイルスが知られており、その多くは微生物に寄生しています。しかし、RNAウイルスの多様性や進化、生態系における役割はまだ解明されていません。
 本研究では、RNAウイルスのゲノム情報を精度良く捉える独自開発の検出手法を用い、雲仙および霧島の噴気地帯の高温酸性泉中に存在する、生命の共通祖先に近い高度好熱性の微生物集団から、全く新奇なRNAウイルスのゲノムを発見し、このRNAウイルスをHot spring RNA virus(HsRV)と命名しました。HsRVは、好熱好酸性バクテリアを宿主としていると推測され、本発見は、生命誕生の場とされる高温環境にもRNAウイルスが生息することを意味します。さらに、HsRVの遺伝子配列は、分類上、既知の2つのRNAウイルス界の配列とは大きく異なり、これらとは異なる第3のRNAウイルス界が存在する可能性も示しています。
 今後、HsRVを保持する宿主株を単離・培養し、このウイルスの形状や生態を解明するとともに、今回用いた検出手法をさまざまな微生物や動植物に適用し、未知のRNAウイルスのさらなる探索を進めます。

研究代表者

  • 筑波大学生命環境系  浦山 俊一 助教
  • 国立研究開発法人海洋研究開発機構  布浦 拓郎 センター長代理・上席研究員
  • 高知大学海洋コア国際研究所  奥村 知世 准教授
  • 創価大学理工学部  黒沢 則夫 教授

研究の背景

 RNAウイルス(注1)の起源は、地球上に人間が登場するはるか昔、生命誕生時にさかのぼるとも言われます。細胞と、細胞に寄生して生きるRNAウイルスという関係が太古の昔に生まれて以来、両者の共進化により、現在の宿主とウイルスの関係が作られたと考えられていますが、この関係性にはまだまだ多くの謎が残されています。このようなRNAウイルスの進化や、さらにRNAウイルスの生態系における役割を解明するには、まず、地球上にどのようなRNAウイルスが存在し、どのような生き方をしているのかを知る必要があります。現在、主に微生物を宿主とする数十万種を超えるRNAウイルスが存在することが知られており、これらは自己複製酵素のタイプ、RNA依存性RNAポリメラーゼ (RdRP)(注2)と逆転写酵素 (RT)(注3)により、2つの系統(界)に分けられています。即ちRdRPを持つ非レトロRNAウイルス(Orthornavirae界)とRTを持つレトロウイルス(Pararnavirae界)です。しかしながら、これ以外にも未知のRNAウイルスが存在しているかもしれません。
 本研究グループは、環境中の多様な微生物に感染するRNAウイルスの多様性を調べるため、RdRPを持つすべてのRNAウイルスを検出可能なシーケンス手法としてFLDS法(注4)を独自に開発しています。この手法は、既知のRNAウイルスゲノムと似ていない新奇性の高いRNAウイルスの検出に優れています。そこで今回、この方法を用いて、高温酸性泉中の微生物集団に潜む未知のRNAウイルスを探索しました。このような高温環境を好む微生物が存在することは1960年代より知られていますが、RNAウイルスの存在は疑問視されてきました。

研究内容と成果

 本研究では、これまでRNAウイルスの存在が証明されていない高温酸性泉(>70℃、<pH2)の一つである雲仙および霧島の噴気地帯の極限環境微生物叢を対象に調査を行い、全く新奇なRNAウイルスのゲノムを発見し、世界初の極限環境RNAウイルスとして「Hot spring RNA virus(HsRV)」と命名しました。
 HsRVは好熱好酸性バクテリアを宿主としていると推測され、生命誕生の場とされる高温環境でもRNAウイルスが生息できることを意味します。また、ゲノム配列から人工知能プログラムAlphaFold2による計算で予測された、HsRVが有する複製酵素の立体構造はRdRPとRTの中間的な特徴を有し、既知の2つのRNAウイルス系統(界)とは異なる第3の界が存在する可能性までもが示唆されました(参考図)。これに基づき、RNAウイルスの新門として「Artimavirocota」を提案しました。
 HsRVは極めて新規性が高く、従来の標準的な解析手法ではRNAウイルスであることが識別できません。このことは、現在広く利用されている探索手法ではその存在を認知できないRNAウイルスが、まだまだ存在している可能性があることを示しています。

今後の展開

 本研究で発見したHsRVの培養株は得られていませんが、推定宿主であるバクテリアが培養可能な系統であることから、今後、HsRVを保持する宿主株を単離・培養し、このウイルスの形状や生態、さらにはRdRPを含む分子生物学的な性質を明らかにすることを目指します。また、FLDS法を、極限環境を含むさまざまな環境に生息する微生物叢に適用してHsRVに近縁なウイルス配列を探索し、HsRVを含む新門が、既存のRNAウイルス界に含まれるのか、あるいは実際に第3の界であるのか、その検証を進めます。
 一方、耐熱性のRdRPは、現時点では不可能とされているRNAの直接増幅を実現する鍵となる酵素で、その応用により、近年開発が進むRNAワクチンをはじめとした、RNAの利活用に大きく貢献すると考えられます。HsRVを含む好熱性RNAウイルスは耐熱性RdRPを持つと予想されることから、このような研究・技術開発にも資すると期待されます。

参考図

用語解説

(注1)RNAウイルス
自身のゲノム(設計図)をRNAに保持しているウイルスの総称。宿主の細胞内で、その細胞の機構を利用して自己複製する。コロナウイルスのような病原体としてよく知られているが、地球上に存在する多様なRNAウイルスの中で、病原性を持つものはごく一部に限られる。
(注2)RNA依存性RNAポリメラーゼ (RNA-dependent RNA polymerase, RdRP)
1本のRNAの塩基配列を鋳型として、RNAの複製を合成する酵素。
(注3)逆転写酵素(Reverse Transcriptase, RT)
1本のRNAの塩基配列を鋳型として、相補的な塩基配列のDNAを合成する酵素。エイズウイルスなどの自己複製に必要不可欠とされる。
(注4)FLDS法(Fragmented- and adapter-Ligated DsRNA Sequencing method)
RNAウイルス特異的核酸種とされる長鎖の2本鎖RNA分子のみを網羅的に配列解読する手法。長鎖の2本鎖RNA分子は、2本鎖RNAウイルスのゲノムであるだけでなく、1本鎖RNAウイルスにおいても複製過程で生じる。

研究資金

 本研究の一部は、科研費による研究プロジェクト(15H05468、16H06429、16K21723、16H06437、19H05684、20K20377、20H05579、22H04879)の一環として実施されました。

掲載論文

  • 【題 名】 Double-stranded RNA sequencing reveals distinct riboviruses associated with thermoacidophilic bacteria from hot springs in Japan
  • (高温酸性温泉の微生物に由来する新たなRNAウイルスの発見)
  • 【著者名】 S. Urayama, A. Fukudome, M. Hirai, T. Okumura, Y. Nishimura, Y. Takaki, N. Kurosawa, E. V. Koonin, M. Krupovic and T. Nunoura
  • 【掲載誌】 Nature Microbiology
  • 【掲載日】 2024年1月17日
  • 【DOI】 10.1038/s41564-023-01579-5

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ページ公開日:2024年01月18日