タンパク質の糖鎖欠損が疾患につながる仕組みを解明 – 未診断疾患の遺伝子バリアントから病気の原因を探る –(糖鎖生命システム融合研究所所長 西原祥子教授)
【発表のポイント】
- 遺伝子のバリアント情報は急速に蓄積している一方、その多くは病気との関連性が明らかになっていない。
- 遺伝子のバリアントによって、タンパク質の「糖鎖」が失われ、機能が損なわれることで病気につながる可能性のある症例を見い出した。
- 脱リン酸化酵素ACP3で糖鎖が失われると、酵素の働き・タンパク質の安定性・細胞外への分泌が損なわれ、神経の発達に障害が生じる可能性が示された。
【概要】
東北医科薬科大学 分子生体膜研究所の真鍋 法義 講師と山口 芳樹 所長・教授らの研究グループは、創価大学 糖鎖生命システム融合研究所の西原 祥子 所長、国立成育医療研究センター ゲノム医療研究部の要 匡 部長、名古屋大学 糖鎖生命コア研究所の古川 潤一 教授、杏林大学の秋元 義弘 教授らと共同で、原因不明の病気(未診断疾患)の患者さんの遺伝子データを解析し、病気の原因を探る研究を進めています。
今回、国立成育医療研究センターに集められた600万を超える未診断疾患のゲノムの変化(バリアント1)データの中から、タンパク質の「糖鎖」という目印に影響を与える遺伝子のバリアントを見つけ出しました。さらにその中から、体内でリン酸をはずす働きをする酵素ACP3に注目して詳しく調べたところ、このバリアントによって糖鎖が失われると、酵素としての働きやタンパク質としての安定性、細胞外への分泌が損なわれ、病気につながっている可能性があることを明らかにしました。
この研究成果は、2026年10月16日、米国の学術出版社Cell Pressが発行する科学雑誌iScienceに掲載されました。本研究はAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の難治性疾患実用化研究事業 (課題管理番号22ek0109446、24ek0109760、25ek0109815、26ek0109886)および科研費(26K02160)の支援を受けて行われました。
【研究背景】
近年、遺伝子解析技術の進歩により、非常に多くの遺伝子バリアントの情報が蓄積されています(図1)。しかし、その中で、「病気の原因になる」のか「影響がない」のかがはっきりわかっているものは半数に満たず、半数以上の遺伝子バリアントは意義が不明なままです。
遺伝子バリアントの中には、タンパク質を構成するアミノ酸を変化させてしまう「ミスセンス変異2」と呼ばれるものがあり、これがタンパク質の立体構造や、蛋白質に付け加えられる「糖鎖」という目印に影響を与えることが知られています。意義不明のバリアントが病気の原因であると突き詰めることができれば、新たな治療法の開発につながる可能性があります。
遺伝子バリアントには、健常な人にもみられ影響のないものと、病気の原因となるものがありますが、報告されているバリアントの多くは、そのどちらにも判定されておらず「意義不明」に分類されています。こうしたバリアントについて、病気との関わりを一つひとつ評価することが正確な診断や病気の理解、そして治療法の開発につながります。
【研究内容】
私たちは、まず国立成育医療研究センターに蓄積された600万を超える未診断疾患のバリアントデータの中から、糖鎖修飾に異常をもたらすと考えられるミスセンス変異(バリアント)を絞り込みました。その中から、リン酸をはずす酵素ACP3の335番目のアミノ酸(トレオニン)がメチオニンに置き換わったバリアント(T335M)をもつ3名の患者さんに着目しました。このバリアントが生じると、ACP3の333番目のアスパラギンに本来付くはずの糖鎖が失われます。3名の患者さんはいずれも神経発達に異常が見られたことから、私たちはこの糖鎖の欠損が病気の原因になっているのではないかと考え、詳しい解析を進めました。
そこで、正常な(野生型)ACP3と、糖鎖が欠損するように改変したACP3を、細胞に作らせた組換えタンパク質3として用意し、酵素としての働き、細胞内での存在場所、タンパク質の壊れにくさ(プロテアーゼ抵抗性試験4)、そして質量分析計5による糖鎖の構造解析など、さまざまな角度から比較しました。
その結果、患者さんに共通するT335Mバリアントでは、野生型に見られる糖鎖修飾が失われていることを確認しました。このバリアントを持つACP3は、細胞の外(培養液中)へほとんど分泌されず、細胞内にとどまっていました。詳しく調べると、タンパク質を細胞外へ送り出す通り道であるゴルジ体6にたどり着けず、その手前にある小胞体7にとどまっていることが分かりました。さらに、細胞内にとどまったこのタンパク質は、本来の酵素としての活性をほとんど失っていました。壊れにくさを調べる実験でも、野生型に比べて壊れやすく、立体構造が不安定になっていることが示されました。
また、質量分析計による解析から、このバリアントで失われる糖鎖は「高マンノース型糖鎖8」と呼ばれるタイプだけであることが分かりました。一方、ACP3の他の糖鎖が付く部位では、「複合型糖鎖9」と呼ばれる別のタイプの糖鎖が大部分を占めていました。
また、分子動力学シミュレーション10というコンピューター計算の手法を用いて、糖鎖がACP3の立体構造に与える影響を解析しました。その結果、333番目のアスパラギンに付く高マンノース型糖鎖は、周囲のアミノ酸と安定した結合(水素結合)のネットワークを作り、ほとんど動かない「支え」のような役割を果たしていることが分かりました。この結果は、Asn333の糖鎖がACP3の構造を支える「構造的なクランプ(留め具)」として働いていることを示しています。
以上の結果から、患者さんに共通してみられたACP3のT335Mバリアントは、糖鎖修飾の異常によって構造の安定性が低下し、酵素としての働きの喪失や細胞外への分泌障害を引き起こすことが明らかになりました。特に、高マンノース型糖鎖がACP3の構造を安定に保つうえで重要な役割を果たしていることが示唆されます。こうした分子レベルの変化が、患者さんにみられる神経症状の発症に関わっていると考えられます(図2)。
T335Mバリアントによって333番目のアスパラギンへの糖鎖修飾が失われた結果、ACP3が小胞体内にとどまって凝集し、立体構造が不安定になるとともに、リン酸をはずす酵素としての働きを失う可能性が示されました。
【今後の展望】
今回の研究では、ACP3のT335Mバリアントをもつ患者さんを対象としましたが、修飾糖鎖の異常が病気の原因になっている可能性のある変化(バリアント)は、他にも1,000種類以上見つかっています。これらについても病気との関係を一つひとつ明らかにしていくことが、将来的な治療法の提案につながると考えられるため、今後も解析を続けていきます。
【論文名】
- タイトル:Loss of the Asn333 high-mannose N-glycan impairs ACP3 folding and drives disease-associated dysfunction
- (日本語名):ACP3の高マンノース型N-結合型糖鎖の喪失は、適切な立体構造形成を阻害し、疾患につながる機能障害を引き起こす
- 掲載紙:iScience
- 著者:Noriyoshi Manabe1, Kazuyoshi Itoh2, Shiho Ohno1, Ayumi Miura1, Aika Miyata1, Sora Yashima1, Sachiko Komatsu3, Tsutomu Fujimura3, Hisatoshi Hanamatsu4, Jun-ichi Furukawa4, Kiyohiko Angata2, Akira Togayachi2, Kiyoko F. Aoki-Kinoshita2,4, Yoshihiro Akimoto5, Tadashi Kaname6, Shoko Nishihara2, and Yoshiki Yamaguchi1,
- 著者所属:1東北医科薬科大学・分子生体膜研究所、2創価大学・糖鎖生命システム融合研究所、3東北医科薬科大学・薬学部、4名古屋大学・糖鎖生命コア研究所、5杏林大学・医学部、6国立成育医療研究センター
【用語説明】
1バリアント:DNAの配列に生じた個人差や変化のこと。病気の原因になるものもあれば、体に影響を与えないものもある。
2ミスセンス変異:遺伝子の変化によって、タンパク質を構成するアミノ酸の一つが別のアミノ酸に置き換わってしまう変異。
3組換えタンパク質:遺伝子を操作して細胞に目的のタンパク質を作らせることで、人工的に得られるタンパク質。
4プロテアーゼ抵抗性試験:タンパク質を分解する酵素(プロテアーゼ)に対する分解されにくさを調べることで、タンパク質の立体構造がどれだけ安定かを評価する実験。
5質量分析計:分子の質量を精密に測定する装置。タンパク質や糖鎖の構造を調べるために用いられる。
6ゴルジ体:細胞の中で、タンパク質に付いた糖鎖を加工し、細胞外へ送り出す準備を行う細胞小器官。
7小胞体:細胞の中でタンパク質が作られ、正しい立体構造に折りたたまれる細胞小器官。うまく折りたたまれなかったタンパク質は、ここにとどまる。
8高マンノース型糖鎖:マンノースという糖が多数連なった、比較的単純な構造の糖鎖。タンパク質が作られる初期の段階でみられる。
9複合型糖鎖:高マンノース型糖鎖がゴルジ体で加工されることでできる、より複雑な構造を持つ糖鎖。
10分子動力学シミュレーション:コンピューター上で原子や分子の動きを物理法則にもとづいて計算し、タンパク質などの立体構造の変化を再現する解析手法。
教員情報
教授
西原 祥子
ニシハラ ショウコ
- 専門分野
機能生物化学、細胞生物学、発生生物学、医化学一般、糖鎖生物学、幹細胞生物学、生化学、分子生物学
- 研究テーマ
生体における糖鎖の役割を明らかにすることを目的として、研究を行っています。ショウジョウバエ個体やES細胞、iPS細胞、癌細胞、癌幹細胞、ヒトモデル細胞、オルガノイドにおいて、様々な遺伝子工学の手法を用いて、糖鎖関連遺伝子の発現を調節して糖鎖機能の解明をしています。また、一部の遺伝子については、ノックアウトマウスを作製し、解析を行っています。
(1) ショウジョウバエを用いた糖鎖関連遺伝子の解析;生物種を越えて保存されている糖鎖の生理機能の解明
ショウジョウバエは、最も遺伝学の進んでいるモデル実験動物です。「生物種を越えて保存されている糖鎖の生理活性」に焦点を置いて、ショウジョウバエの糖鎖関連遺伝子の変異体やノックダウン体の表現型の解析や生化学的分子生物学的解析から、生物の発生における糖鎖の役割を明らかにしていきます。特に、血液幹細胞の維持と分化に必要な糖転移酵素、神経の軸索形成に必要な糖鎖構造などについて、現在、解析を行なっています。
(2) ヒトや哺乳類の多能性幹細胞(ES細胞、iPS細胞)、オルガノイドにおける糖鎖機能の解明
(1) で明らかになった糖鎖機能がヒトや他の哺乳動物にも共通するものであるか、胚性幹細胞を中心とした培養細胞で検討していきます。具体的には、ES細胞やiPS細胞を対象に、「糖鎖の幹細胞維持や分化における役割を解明する」することを目的とします。このプロジェクトでは、2008年に『ES細胞の維持に糖鎖(ヘパラン硫酸)が関与する』ことをはじめて明らかにしました。それをさらに押し進め、上述の4つの糖鎖構造がナイーブな多能性状態を維持に必要なことを明らかにしました。現在、それ以外の様々な糖鎖にまで解析の範囲を広げています。胚性幹細胞における糖鎖の機能解析の例は、今なお多いとは言えず、この分野でパイオニアとしての役割を果たしています。(3) PAPS輸送体ノックアウトマウスの機能解析
PAPS輸送体は、糖鎖やタンパク質の硫酸化に必須であり、これがないと各々の分子は硫酸化修飾を受けられません。私達は、2003年にこれを初めて単離・同定しました。現在、ノックアウトマウスを作製して解析を行なっています。このマウスが様々な疾病を誘発することを見いだし、それらの発症機構について解析をしているところです。
(4) 未診断疾患に関わっている糖鎖関連遺伝子の機能解析
これまでの解析から、糖鎖が多くの希少な未診断疾患に関わっていると予測されたので、それらの解析も開始しました。疾病との関連が見いたされた変異をもつ糖鎖関連遺伝子の機能の喪失を、モデル生物や幹細胞からの分化系、オルガノイドなどを用いて解析し、病気との関係を明らかにしていきます。