木下 聖子 教授

大きな可能性を秘めた「糖鎖」の研究を 情報工学を駆使して強力にバックアップ!

そもそも糖鎖とは? どんな働きをしているの?
私は「糖鎖インフォマティクス(グライコインフォマティクス)」の研究をしています。耳慣れない言葉かと思いますが、生命科学や医学、特に新しい薬を生み出す「創薬」の世界に大きく貢献すると期待されている分野です。
 まず「糖鎖」とは何でしょう。文字通り、糖が鎖のようにたくさんつながってできている物質です。つながっていない糖は「単糖」と呼ばれます。みなさんも単糖の代表格であるグルコース(ブドウ糖)は聞いたことがあるでしょう。私たちの身体の大切なエネルギー源ですね。
糖というと「甘い」イメージですが、甘くない糖もたくさんあります。糖は私たちの体の中で栄養源として消費されるだけでなく、糖鎖になってタンパク質や脂質にくっつく形で、細胞の表面に存在しています。
糖鎖はヒトや動物だけでなく、植物や昆虫、微生物も持っている物質(生体分子)です。タンパク質とくっついている状態を「糖タンパク」と呼び、脂質とくっつくと「糖脂質」と呼ばれます。
糖鎖は細胞の特徴を決める 大切な「顔」!
 糖鎖は「細胞の顔」だと言われます。表面に現れている糖鎖の種類によって、細胞を識別することができるからです。一番わかりやすい例が血液型です。血液型は、赤血球の表面にある糖鎖の違いによって生じます。この違いのために輸血ができたりできなかったりするのです。
糖鎖をもっと知るためには 専用の解析ツールが必要!
 このように私たちの体内で幅広い役割を担っている糖鎖は、タンパク質(アミノ酸がつながった鎖)、核酸(DNAとRNAのこと:ヌクレオチドがつながった鎖)とならぶ第3の生命鎖と言われています。
糖鎖の研究には、生物学の情報を情報科学の手法で解析する「バイオインフォマティクス(生物情報科学)」という学問領域で培われた技術を使います。
しかし、糖鎖はタンパク質やDNAと違って枝分かれした樹木のような複雑な構造をしており、今までDNAの配列を調べるのに使われてきた手法やタンパク質の構造を調べるための手法を簡単に応用するわけにはいきません。
そこで私たちは糖鎖用のツールを新たに作って解析を進めています。それが「糖鎖インフォマティクス」の要になります。さらにそのツールを世界中の研究者が活用できるよう創価大学においてWeb上で共有する「RINGS(Resource for Informatics Glycomes at Soka)」を作りました。
じつはこの研究に至るまでに私がたどった道筋も、かなり長く複雑なものでした。
音楽好きの少女がなりゆきで コンピュータ科学を専攻することに
 私は生まれてから大学院生までの27年間をアメリカで過ごしました。子どものころから音楽が好きで9歳からバイオリンを始め、高校時代もオーケストラでバイオリンを弾いていました。アメリカの高校は4年制なので、3年生からマーチングバンドにも参加。他にも数学クラブ、外国語クラブで活動し、学生会では書記をつとめました。
アメリカの高校は文系・理系を分けません。選択肢が広いのはよかったのですが、高校の時点では進路についてまだ何もイメージできていませんでした。
アメリカの高校には大学の授業を受講できる制度(AP授業)があります。そこでAP授業を全部取ってみた結果、理系に興味を持ちました。
一方、音楽も続けたかった私は、自宅の近くで音楽と理系の両方が学べる大学を探し、音楽と工学のジョイントプログラムがあったノースウエスタン大学に願書を出しました。しかし工学部にだけ合格し、音楽と工学の両方に合格すること、というジョイントプログラム入学資格を満たすことができませんでした。
工学部の中では唯一、コンピュータ科学に興味を持つことができましたが、それまでプログラミングに触れたこともありませんでした。同級生は皆小さい頃からプログラミングをやっていた男子ばかりだったので、とても苦しかったです。
そんな折、家庭の事情で学費が足りなくなりました。幸い大学には、4学期のうち2学期は企業で仕事をして給料をもらいながら経験を積めるというプログラムがありました。私はその制度を利用して務めた会社でパソコンの組み立て方などを基礎から習い、大学の授業にも追いつくことができました。その後、日本語の科目も追加で受講し3年次には卒業要件を満たす単位を取り終えました。
台湾での不思議な「縁」に導かれ 研究の方向転換を決意
 大学には4年生で修士を取れるプログラムがありました。私はその条件を満たしていたので、幾何学を研究する指導教官のもとで修士課程を修了し、さらに博士課程に進みました。2年目が終わったときにその先生が台湾中央研究院の情報科学研究所長として就任することになりました。そこで、先生と共に台湾に移って、研究を続け、博士号を取得しました。
ちょうどそのころ、植物遺伝子の研究をしていたルームメイトの紹介で東京大学の教授にお会いする機会がありました。この先生に「君みたいな人がバイオインフォマティクスの分野には必要です」と言われ、心を動かされました。情報だけにとどまらず、もっと人や社会に貢献することができないかと模索していたところでしたから「これだ!」と思ったのです。その後バイオインフォマティクスの基礎知識を学び、遺伝子を解析するソフトウエアを作っている会社に入りました。
日本の大学に移ったことで 糖鎖とその大きな可能性を知る
その後、京都大学のバイオインフォマティクスセンターのポスドクに応募し採用されました。まさにそのとき、京大では糖鎖のデーターベースを作るプロジェクトが始まったのです。2003年のことでした。
2012年には糖鎖のロードマップもできました。私も日本人で1人だけインフォマティックスの専門家としてロードマップの執筆に参加しました。
DNAの塩基配列を自動で読み取る「シークエンサー」のような装置は糖鎖にはまだありませんから、解析には時間がかかります。それでも糖鎖の研究はここ10年で目覚ましく発展し、これからにも期待が寄せられています。
 ちなみに「インフォマティクス」とは解析のためのソフトウエア、データベース、WebページやWebツールもすべて含め、データを解析し共有する仕組み全体のことをさします。またいろいろなソフトが作られても互換性がないと困るので、国際的に標準を決めることも大事です。
 そのなかでも、研究室の学生にいちばん人気があるのはWeb ツールを作ることです。生物学に興味がある学生もいますが、私の研究室はツールを作るのがメインです。プログラミングを経験し技術者として働く能力が身につくので、SEをめざす学生が希望してくることが多いです。
糖鎖に関わる幅広い研究者が Webから利用できる仕組みを作る
いま糖鎖インフォマティックスではデータベースが注目されています。私も、糖質に関係する遺伝子、タンパク質、脂質、がんなどさまざまな基礎データを統合し、「糖鎖に関することを知りたかったらここにアクセスすればよい」という仕組みを作っています。
アメリカでも同様のプロジェクトが始まり、スイスにも糖鎖のデータベースがあるので、三者が連携してデータを共有し、定められた標準にしたがって公開するようにしました。
 また、「糖鎖が細胞の中でどのように変化していくのか」という動的な解析をする研究(システムバイオロジー)も行っています。こちらも海外の研究者と共同でシステムバイオロジー・コンソーシアムという枠組みを作りました。研究者がネット上で糖鎖の変化をシミュレーションできるようにするのが当面の目標です。
思いがけないところにつながるから 糖鎖の研究は面白い
将来の夢は、糖鎖のすべてを解き明かして細胞の中でどのようにふるまっているのかを、コンピュータ上で再現することです。さらにいえば、糖鎖によってヒトの体の中で起こっていることも再現したいですね。
最近は、以前哺乳類では存在することが知られていない糖が筋肉の糖タンパク質に含まれていることがわかり、糖タンパク質が様々な疾患の発見や治療に重要ですので、医療への応用を目指す共同研究をしています。また、ヒトが摂取した食べ物から(通常は消化できない)重要な糖を腸内細菌が分解し体内に取り入れられるようにすることも知られています。腸内細菌もいろいろな糖鎖を利用していますから、腸内細菌の研究者とも共同研究したいと思います。また、脳の細胞にも糖脂質が多く含まれて様々な重要な働きをしているので、糖鎖を通じて脳の研究に貢献できたらいいなと思います。
 このようにやりたいことはどんどん広がるのですが、人手が足りません。まずは高校生のみなさんに糖鎖の面白さについて知っていただき、興味のある方にはぜひ私たちの研究に加わってほしいです。
先生にとって研究とは? 漢字一文字で表すと?
 「協」

現在進行中のプロジェクトも一人ではできません。さまざまな分野の専門家と力を合わせてはじめて、うまく進めることができます。また、私の研究は糖鎖を通じていろいろなところと協力関係が生まれるので、協力の「協」の字がぴったりです。

 (プロフィール)
共生創造理工学科 木下 フローラ聖子 教授
1973.2 米国ミズーリ州カンザス・シティ生まれ
1996.6 米国ノースウエスタン大学にてコンピュータ科学の学士号と修士号を同時取得
1999.12 米国ノースウエスタン大学にてコンピュータ工学の博士号を取得
2000.1 台湾中央研究院 ポストドクトラルフェロー
2000.5 米国バイオディスカバリー 上級ソフトウェア開発技術者
2003.4 京都大学化学研究所 ポストドクトラルフェロー
2004.4 京都大学化学研究所 助手
2006.4 創価大学工学部生命情報工学科 講師
2008.4 創価大学工学部生命情報工学科 准教授
2014.4 創価大学工学部生命情報工学科 教授

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