坂部 創一 教授

統計の手法を駆使しながら 情報機器と人間の幸福の関係を探る!

社会・心理・保健など関連分野も含め学際的に研究! キーワードは「QOL」と「レジリエンス」
 私の研究室では、データサイエンス、中でもデータ解析と統計的機械学習を応用して研究をしています。これだけを聞くと、とっつきにくそうだな、と思う人もいるかもしれません。しかし、統計学の研究ではなく、統計を利用して仮説検証をするスタイルなので、実際には社会学や心理学などにもかかわる幅広い現象を扱います。
 特に積極的に研究してきたのは、情報行動のQOL(Quality of Life:生活の質)に及ぼす影響度の分析です。QOLは、心身や様々な環境への満足度、生きる活力や楽しさの程度など、生活全般にわたる質を指します。
 また、レジリエンスという概念にも注目しています。レジリエンスというのは、ストレスフルな経験をしたり、困難な状況に置かれたりしても精神的な健康を維持したり、トラウマから立ち直ったりできるような、精神的な回復力や特性のことです。逆境力といってもいいかもしれません。
デジタル機器の負の側面の解決だけではなく ポジティブな使い方を探る
 2018年に大手IT企業が開発者向け会議で「デジタルウェルビーイング」という考え方を提唱し、注目されました。生活の質を向上させるためのデジタル機器の使い方というような意味で、この「ウェルビーイング」がQOLに相当します。デジタルウェルビーイングはデジタル機器に過度に依存するといった負の側面を解決しようというアプローチですが、私たちはQOLを向上させるデジタル機器の使い方を探るような、ポジティブな内容の研究も行っています。
経済から環境、そして情報環境へ 根底にあるのはQOLの追究
 今は情報システム工学科に所属していますが、学生時代の専攻は経済でした。といっても、子どものころから好きだったというわけではありません。高校の頃には勉強が面白いと思えなくて、嫌いになったこともありました。
 本格的に経済が好きになったのは、大学に入ってからですね。社会は経済で動いているから経済を学ぶと面白そうだな、と考えていたことに加え、ゼミの先生の授業が面白くて、経済だけではなく学問が好きになりました。
 大学院に進学するころには、日本では公害問題など、環境と生活の質が問題になっていました。そこでQOLという概念に興味をもち、環境科学を専攻しました。そこからさらに、情報環境が生活の質に及ぼす影響という方へ、研究内容が進展してきました。民間の研究所にいたこともありますが、基本的にQOLというテーマは変えずに研究を続けています。
他人に役立つネットの使い方が 現実の生活にもいい影響を与える
 QOLを上げるようなデジタル機器の使い方ですが、例えば「共感的ネット利用」という概念があります。メールやSNSでお互いの苦楽の感情を共有したり、励まし合ったりするような使い方を指します。学生を対象とした私たちの研究から、共感的ネット利用の多い学生ほど、現実の世界での共感力が高く、友人関係にもいい影響があることがわかっています。共感的ネット利用はレジリエンスを強め、結果的にQOLの向上にも役に立つことも見出しました。
 また、他人に役に立つ情報をネット上で発信したり、ネット上で相談に答えたりするような使い方を私たちは「ネット利他」と名付けています。このような行為は現実の世界での利他的な行動にもつながり、人間関係が良好になり、QOLの向上につながっています。利他的な行為をベースにすると、自分の欲求をコントロールできるようになるんですね。それが現実の生活にもいい影響をもたらしていることがわかります。
 対照的に、現実逃避的な、あるいは利己的な動機からのネット利用をしていると、自己中心的な感情をコントロールできずに苦しみ、過剰依存などのネガティブな行為に走ってしまうのです。そこを、人を生かすネットの使い方の方にシフトしていければ正の連鎖を起こせるようになり、生活の質が向上していきます。
新型うつ傾向の抑制に役に立つ デジタル機器の利用を探りたい
 近年は、勉学や仕事など苦手なことのみに抑うつ傾向を示すという新型うつ傾向にも注目しています。欧米はストレス社会で、昔から一定の割合で新型うつタイプに該当する人はいましたが、日本は終身雇用の社会で、欧米に比べ仕事上のストレスが少なくて、かつては新型うつはあまり目立ちませんでした。
 しかし、最近は欧米のようなストレスのある社会になってきましたし、若い世代は少子化で大事に育てられ、褒める教育を受けているので叱られた経験が少なく、打たれ弱い面がある。こういう時代背景のもと、新型うつに悩む人が増え、日本でも注目されるようになりました。
 うつ病にまで進展してしまうと治療にも時間がかかりますし、本人もつらい思いをします。そこでどのような情報環境、情報機器の利用の仕方であれば発症のリスクが抑えられるのかを分析し、発症のリスクを減らしてQOLを向上させるための研究です。レジリエンスが高い人は新型うつ傾向になりづらいという結果が出ているので、先ほどの共感的ネット利用等により新型うつ傾向をある程度抑制できると考えています。
統計モデルの仮説検証を通して データサイエンスの基礎と応用を学ぶ
 はじめにも言いましたが、私の研究室では、仮説を設定してそれに基づきデータを集め、統計モデルつくって科学的に検証していきます。たとえば、新型うつ傾向に至るにはいろいろな経路があり、単純ではありません。そこで新型うつ傾向が最終ターゲットになったモデルをつくりますが、その過程で時間的推移に伴う因果関係をそのモデルに反映させながら検証していきます。
 手法としては、最近は、共分散構造分析という従来型の構成要素間の因果関係の分析手法と、ランダムフォレストという機械学習のアルゴリズムを併用し、お互いの弱点を補完するような形をとっています。
 プログラミング言語は、SAS、R、Pythonというデータサイエンス上の主要な3言語を活用します。統計処理に必要なプログラミングができるようになると、その便利さに感動しますよ。
データサイエンスの研究は 大いに将来性アリ!
 データサイエンスは将来的な人手不足が懸念されている分野です。アメリカの経済誌『Harvard Business Review』(2012年10月号)がデータ・サイエンティストを「今世紀で最もセクシーな職業」とその魅力を表現したように、世界的に脚光を浴びている分野でもあります。
 このようなデータサイエンスの基礎と応用を、研究を通じて習得していきます。これからの不確実な社会には非常に重要な、仮説思考法が身につきます。また、仮説を検証するときにはアイディア勝負になってきますから、発想力、データの中にストーリー性を見いだす能力なども鍛えられます。この研究室で学ぶことは、これからの社会で将来にわたって生かすことができるのです。
 
知識を知恵に変え生きる力に 人生の幸福に役立つような学問を志して
 こちらをご覧になっている皆さんに一番言いたいのは、学んだことを自分の人生の幸福に役立て、生きる力にしていける学生になってほしいということですね。
 最近、大学院を修了した私の元ゼミ生で、まさにそのような例がありました。その学生は、パイロットになるという夢を持っていました。航空大学校の受験にチャレンジしたりしましたが、なかなかうまくいきませんでした。しかし、あきらめることなく、パイロットに関する動画を視聴するなどし、自分を励まし、努力を続けていました。
 「動画の視聴によって、力を得ることができる」と気づいた彼は、精神的な活力を得ることのできる動画の視聴(活力喚起型動画視聴)のレジリエンスに対する影響度の検証を研究テーマに選び、そのような動画視聴には、軽視できない効果があることを見出したのです。活力喚起型動画視聴のレジリエンスへの直接的な向上効果の他に、共感的ネット利用 → 活力喚起型動画視聴 → 良書読書 → 利他的価値観 → レジリエンスの向上という因果経路も統計モデル上で検証し、その正の連鎖効果を自らの就活でも再現し、生かしたのです。
 その後、航空大学校は年齢制限により受験できなくなりましたが、あきらめることなく最難関の大手航空会社の自社養成パイロット職に直接応募し、100倍以上の難関を勝ち抜いてパイロット職を得たのです。本当に感動的でした。
 このように研究と自分の生き方をマッチさせられれば理想ですね。みなさんにも学問を中核にし、その学問で得た知識を知恵に変えて、生活全般が幸福になるよう集大成できる人になってほしいと願っていますし、私自身もそうありたいと考えています。
研究を漢字一文字で表すと?

「智」

 学問で鍛えられた思考法や学んだ知識を、自身のQOL向上のために活用できる優れた知恵にまで昇華してほしいという願いを込めて選びました。

<経歴>
 北海道生まれ。1979年、創価大学経済学部経済学科卒業。1982年、筑波大学大学院環境科学研究科修士課程修了、学術修士。2001年、東京都立大学大学院都市科学研究科博士課程修了、博士(都市科学)。日通総合研究所研究員、流通経済大学情報処理センター助手、創価大学工学部助教授等を経て、2008年より現職。

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