農業経済学とは?食糧問題や食の安全性などの諸課題をグローバルな視点で探る!
「人がおいしそうに食べている姿を見ると、なぜか感動して涙が出てきてしまうんです」と笑顔で語る近貞美津子准教授。農業経済学が専門と聞きましたが、「よく分かりません」という心境で研究室を訪れインタビューをすると、食品の「賞味期限・消費期限」やバター不足の問題から「世界食糧銀行」構想の話に至るまで、実に身近なことからグローバルな視点まで、夢を抱きながら取り組んでいることが分かりました。
<div style="text-align: right;"><span style="color:#808080;"><span style="font-size:14px;">※掲載内容は取材当時のものです。</span></span></div>
【経歴】東京大学経済学部卒業。東京大学修士課程修了、MA(経済学)。ペンシルヴェニア州立大学大学院博士課程修了、Ph.D.(農業・環境・地域経済学;人口学)。
近貞ゼミの写真をホームページで拝見しました。皆さん楽しそうな雰囲気で学ぶ喜びのようなものが伝わってきます。

皆さんすごく明るく人柄のいい学生の方ばかりで、ほんわかした雰囲気もあるし盛り上がってもくださって。でも勉強をする時は皆さん真剣にやるっていう感じです。
ゼミ生募集の時に「農業経済学を勉強します」と言うと「よく分かりません」と返ってきます。そこで「日本の農業の分野だけではなく世界中に農業や食糧に関係する問題があって、それを経済学を使って分析し学んでいきます」と説明します。それでもまだイメージが湧きにくいようです(笑)。
本学の創立者である池田先生が2009年2月の「SGIの日」記念提言で提唱してくださった「世界食糧銀行」創設の構想の説明をしています。地球的な食糧安全保障の確立は21世紀の最重要課題の一つであるという主旨の提言です。世界のグローバル経済の仕組みの中で起こった、いわば人災としての食糧危機により地球上でおよそ10億人の人が飢餓状態に陥ってしまいました。提言もこうした背景を踏まえてのものだったのです。
ですから私のゼミではグローバルな視点で農業や食糧のことを学ぶと共に、何かしら「世界食糧銀行」創設のための貢献ができる基になるような勉強をしたいね、夢を持ちたいねって話をして学生の皆さんにゼミに来ていただています。
具体的に勉強していることは?
日本の農業政策や開発途上国の食糧難の問題などです。食糧難はその国や地域で起こっているかもしれませんが、実は世界がつながっていて私たちにも原因がある。この世界経済の枠組みの中でどうとらえていくべきかを勉強しています。ゼミの皆さんの中には、本当に農業が好きで農業のボランティア作業を率先して行っている学生もいます。例えば、山梨の農園で海外の方と一緒に働いたり、地元の農業ボランティアを行っている学生もいます。
そもそも農業経済学との出会いは?

私は困った人間でして、人がおいしそうに食べている姿を見ると、なぜか感動して涙が出てきてしまうんです(笑)。創価高校在学中もそうでした。アメリカのペンシルヴェニア州立大学に留学していた時も、体格の大きい方がピザをぺろりと嬉しそうに食べているのを見て涙が止まらなくてコントロールできなくなって…。私の中のどこかが壊れていると思うんです(笑)。
将来は食を提供するレストランで働くシェフになろうかなぁと考えていたのですが、食べている人を見るのが好きってことは食べられない人を見るのが人一倍いやかなぁと思うようになって。高校の担任の先生に相談すると「じゃあ経済学を勉強すれば」とアドバイスをいただきました。
それと、パッと開いた本の中に「世界食糧銀行」の提案が載っていたのを覚えていたので、じゃあ食糧問題の分野でエキスパートになろうと決意しました。何しろ不器用な人間なもので、食事を作るのは無理で食糧問題だなぁと。その後、農業や食糧問題を特に扱うのが農業経済学だと分かり、アメリカの大学の博士課程に進学しました。
研究テーマとして「オーガニック(有機)牛乳」を選んでいます。
博士課程まで進んだもののお金がなくて、お仕事を大学からもらい授業料をただにしてもらって学生生活を送るうちに、USDA(アメリカ合衆国農務省)のお仕事をする機会がありました。オーガニック牛乳が流行り出していたこともあって「オーガニック牛乳の消費者の需要分析を、君やらないか?」と声を掛けていただいたのがきっかけです。
農業経済学の研究では食品を買う消費者の分析も重要な分野を占めています。食料を食べられず困っている人々の背景には世界の食料マーケットの動きもあると思い、まずはオーガニック牛乳で消費者の分析から始め足腰を鍛えていこうと研究の一員に入れていただいたのです。
オーガニック牛乳の味は?
私は栄養学専門ではないのですが、農薬や化学肥料を3年以上使っていない有機栽培の農場で作られた餌を食べて育った牛の乳は、農薬などによる危険性が減るということもあって甘くておいしいんです。
昔はお店のオーガニック専用売り場にオーガニック牛乳が置いてあって、今は普通の牛乳と並べて売っているお店が多いようです。「一度、オーガニック牛乳を飲むとなかなか普通の牛乳に戻りにくい」という分析結果も出ています。
やはり一番は味ですね。もう一つは普通の牛乳より長く持つんです。もしかしてそういう加工をしているかもしれないですが。有機農法と牛乳とどう関係するかというと、餌ですね。化学肥料や農薬などを使わず有機肥料を与えながら育てた牧草を中心に配合した餌を与えられた牛の生乳から牛乳を作ることになります。日本ではまだそれほど沢山は売っていないのでコストがかかり、ちょっと高いです。もう少し安く生産できて普通にスーパーで目にするようになったらニーズも広がると思います。とにかく体にも良いです。
あっそうそう、6月1日はFAO(国連食糧農業機関)が定めた「世界牛乳の日」で、6月は「牛乳月間」でした!
環境問題としての化学肥料について教えてください。
1960年代ごろから盛んになった緑の革命(農作物の高収量化を目指した一連の品種改良)ですが、化学肥料の大量の投入によって近代農業が発展し、世界全体の穀物などの生産性が増えました。あれがなければ多分、飢えて命を落とす人がもっと出たかなとは思います。
一方で、農薬の害や自然破壊を訴えた生物学者レイチェル・カーソン(米)の著作『沈黙の春』にもあるように、農薬や化学肥料がその土地を使えなくなる状態にすることがあります、残留物質とかで。
周辺の地下水や水路、小川などに浸透すると、今度は周りの環境まで悪影響を及ぼし健康被害を訴える方も出てきたり生態系が変わってしまったりと、いろんな環境汚染が指摘されています。
農業は土地の表土と言われている所で行われていて、そこには肥沃な栄養があります。厚い地層があったとしてもその部分に限られています。で、化学薬品を使うことによって、表土自体が疲弊してしまうことがあります。
詩人の金子みすゞも『土』と題する詩で、人間や生き物に土は欠かせないと謳っています。
農耕ができる土地って本当に限られています。何がほかの土地と違うかと言うとその肥沃な土自体が違うんです。土って掘れば掘るほど出てきますが、長い年月をかけて出来た表土の厚さは20㌢くらいしかないとも言われています。場所によってはもっと浅かったりします、そういう肥沃な土地は。ある意味、宝物のような農地に大切な表土を後世に受け継いでいくのは本当に大事だと感じています。都会はアスファルトで覆われていますけど。
環境にやさしい農業が望まれますね。
環境にやさしい農業(環境保全型農業)というのは、緑の革命による近代農法の発展と共に反省点として注目されてきました。環境への負荷を軽減したり農作物の安全性に配慮しつつ生産性の向上を図ったりと、いろんな農法を編み出す農家が増えました。それによってその土地の環境の回復というのもありますが、何と言っても、おいしい物が採れますね。やはり味が違う。経済学的に言うと、そういう物がちょっと付加価値を付けて高く売っても受け入れられるような消費者の側のニーズもあるのかなと思います。価値を見い出している人も多くなってきています。
さらに2050年ごろに世界の総人口がおよそ90億人に達すると言われていて、有機農法(農薬や化学肥料に頼らない農法)だけでは世界の食糧を賄えないかもしれないと予測されています。そういうトレードオフ(矛盾)といいますか、環境も大事にしなきゃいけないですが、やはり食べていかなくてはいけない、皆が。そこで、いかに環境への負荷を少なくしながらも、どう食料を賄うかっていういろんな研究がなされています。
昨年2015年は国連が定めた「国際土壌年」でした。
皆で”母なる大地”について考えようということですね。今、肥沃な土地を求めて国際的に農地を購入・投資する動きが世界的に起こっている状況で、ゴールドラッシュになぞらえてランドラッシュと言われています。それだけ危機感を持っていて、自分の所の耕地面積が足りなくて自給自足できていない国が沢山あります。
そこで自分たちの食糧確保のために土壌を求めて、アフリカとかこれまで余り近代農業の手が入っていなくて肥沃な土壌が残っている所の土地を買う、借りることをしている現実があります。それぐらい畑の土、土壌は大事な宝物で命を支える土台だと思います。土壌に国民的理解と関心を持つことが必要な時代に入ったと言えます。
酪農家の方との交流は?
酪農家の方からお話を伺う機会をいただいた時に興味深いお話がありました。牛に沢山お乳を出してもらうためには牛の健康が大事になってきますが、そのためには餌が大事で、更に餌を育む土壌がとても大切だということです。穀物や野菜などを栽培するのと違って、酪農が土壌の質と密接な関係があるとはイメージしづらいですが、それでも、やはり「土」が大事なのだと。感動しました。
バター不足について詳しくお聞かせください。
バター不足はこの数年間に起こっています。一時期は余ってしょうがなかった時もありました。バターと脱脂粉乳は一緒に作られますが、生乳、生の絞った状態のお乳だと腐ってしまうので、初めは牛乳や生クリームとかに使い、最終的に余ったものを保存が効くバターにする。バターは採れ過ぎてしまった生乳をストックするためのバッファー(緩衝材)としていたわけです。
最近は残念ながら酪農家が減ってきていて生乳が少なくなり、バターに回す生乳も減っています。牛乳は足らなくならないですがバターが足りなくなるというのは2008年ごろから起こっています。特に2010年は観測史上一位の猛暑でした。あの時も生乳が不足し、店頭からバターが消えたとニュースになりました。クリスマスシーズンのバターも足りなくなりましたよね。バターに関しては国家貿易を行っていますので、輸入のタイミングや在庫量を勘案するなどの政策がとても大事になってくると思います。
土を顧みない文明は滅びるとの見方もあります。
創立者の農業に関するスピーチの中に印象的なことの一つとして「食は命、農こそ宝」という言葉がありますが、農業を大切にしない文明は滅びると言ってもいいのではないでしょうか。農業が何で滅びるかっていったら、やはり土なのかなと思います。
食糧が収穫できないというのは痛手ですね。輸入で補うことができるかもしれないですが値段が上がってきますよね。食糧を買えなくなる貧しい方々が初めに飢えてしまうとか、今実際に起こっていることですが、農業とくに食糧生産は大事だと思います。
食の安全と「もったいない」の関係についてどう思われますか?

腐りやすい食品ってありますよね。それに関しては健康を害するような物は、賞味期限というより消費期限というのがあって、それを過ぎると体に良くないっていう物ですね。この消費期限を過ぎたものは、食用に使うことはできませんね。
アメリカに留学していたころ「こんなお店があるんだ」って思ったのが、賞味期限切れのお菓子ばかりを集めているお店がありました。まだ食べられるからお店に置いているのですが値段が安いんです。それ(健康を害するかどうか)を自己責任と受け入れることができれば、食品ロスの問題もいい方向へ向いて行くのではないでしょうか。
腐ってしまうような、腐ってしまったような物は絶対にダメですが、賞味期限を過ぎてもまだまだ消費期限までは安全に食べられるので、そこを明確にするのも大事かなと思います。賞味期限だけでは、いつまで本当に食べられるかが見えないので。
もちろん、食の安全は第一です。例えばお子さんをお持ちのお母さん方は、少しでも安全を害しそうなものは与えたくないと思うでしょうし、これは当たり前のことだと思います。ただ、安全に食べられるのに十分な情報がないために捨てている部分も沢山あります。その辺りを改善するのも有効とされています。
「食の安全を守る」ことと「廃棄を減らす」ことは悩ましい二律背反の現実ですが?
例えば日本だけでなく世界の先進国には沢山食品ロスを出してしまっている国がありますので、各国が対策を講じて量を減らしていくことができたとします。そうしますと、量にもよりますが、開発途上国で食糧を輸入に依存している所などでは、より安い値段で食べられるようになるかもしれませんね。
身近でできることは、家庭でまだ食べられるのに買ってきて、買ったのを忘れて腐らせてしまうというのを少し減らす努力をするとか、当たり前のことかもしれないですが皆でそれをやることも大事かもしれないですね。
要は、おいしく食べられる賞味期限と安全に食べられる消費期限の両方を一個一個の食品に書いておいてくれると一番いいですよね。けれども、なかなか(難しい話)ですね、えぇー。
ところで食の安全の話でいえば、今や食の安全を付加価値として売り出している国もあります。例えば、食肉を売り出す時に本当に安全を守るための、経験を活かしたステップ・バイ・ステップの方法があって「その方法を使って生産したものです」という認証を与えるようにして、その取得した認証ラベルが貼ってある食品を輸出し「安心」を海外の人に買ってもらうとかです。
農業にたずさわる、いわゆる「農業女子」について。農業の楽しさ、奥深さは?
酪農のリサーチをさせていただいた際に伺った話なのですが、今、後継者不足でなかなか後継者がいないという問題の中で「なぜか農業に興味を持つ女性が結構来てくれるようになりました」と喜んでいました。「強みは何でしょうか」と伺うと「女性独特のきめ細かさが生きています」と仰ってまして、これは将来、頼もしいなと思いました。
農業って意外といろんなことと結びついています。農業を学ぶことで世界を知ることができ、バイオ燃料(石油等に頼らず生物資源を原料として製造される燃料)やサブプライムローン(米国の信用力の低い低所得者向けの住宅ローン)の問題等と食糧の問題が関連したりしていて、ワクワク感が農業を勉強しているとあります。
食べずに生きていける人はいません。また食べ物が世界中から輸入されて来ています。そう考えると農業や食糧のことを通じて、いろんなことに感謝できると思います。学校に通っている子だけじゃなくて、地域社会にとっても「食育」って大事なことだと思います。「農」を通じて豊かな生き方でき、より実りある人生になるんじゃないでしょうか。
それにしても、有機牛乳が日本でもうちょっと流行ってくれるといいんですが(笑)
最後に、ゼミのOBメンバーの健闘ぶりは?
例えば、大学院に進まれた方々の中には、農業経済の研究をしている方、栄養や医療の分野での地域の方々の生活向上について研究している方などがいます。また、食品流通の仕事に就いているOB生や、ITを使って農業分野に貢献しようと仕事で頑張ってくださっている方などなど…。将来が本当に楽しみです、ハイ。

[好きな言葉]
「『自分なんかもうダメだ』と思うような瀬戸際の時がある。実はその時こそが、自身の新しい可能性を開くチャンスなのである。わが人生を敗北から勝利へ、不幸から幸福へと大転換しゆく分かれ目が、ここにある」
[性格]
楽観的
[趣味]
散歩
[最近読んだ本]
『食糧と人類━飢餓を克服した大増産の文明史』(ルース・ドフリース<著>。小川敏子<訳>、日本経済新聞出版社)
[経歴]
- 東京大学経済学部卒業。東京大学修士課程修了、MA(経済学)
- ペンシルヴェニア州立大学大学院博士課程修了、Ph.D.(農業・環境・地域経済学;人口学)
- 近貞美津子・齋藤勝宏 (2015)「我が国における バター不足の 供給 要因分析」, フードシステム研究, 22(3), pp.305-310.
- Usui, T, K. Kakamu, and M. Chikasada (2015) “To introduce recycling or not: A panel data analysis in Japan,” Resources, Conservation and Recycling, 101, pp.84-95.
- 碓井健寛・近貞美津子 (2012) 「自治体における容器包装リサイクル実施要因の計量分析」, 環境経済・政策研究, 5(1), pp.10-20.
- 近貞美津子 (2010) “New Frontiers of the Studies on the Environmental Kuznets Curve Hypothesis,” 創価経済論集, 39, pp.93-100.
- Jaenicke, E.C., and M. Chikasada (2008) “To Drop or Add: Market Timing and Supermarket Decisions on Irradiated Ground Beef,” Journal of Food Products Marketing, 14(3), pp.77-102.
- Jaenicke, E.C., and M. Chikasada (2006) “Separate Decision Making for Supermarket Leaders and Followers: The Case of Whether or Not to Offer Irradiated Ground Beef,” Journal of Food Distribution Research, 37(3), pp.29-43.