Vol.01

【Web授業】データの鼓動を聴く[br] 〜長期経済統計推計 英領期シンガポールを例に〜

杉本 一郎 国際教養学部教授

本日は「データの鼓動を聴く」と題して講義をします。
シンガポールは1819年、ト-マス・スタンフォード・ラッフルズによりジョホール王国から英国に割譲されて以来、中継貿易港として重要な役割を担い、1965年の独立後も持続的かつ急速な経済成長を続けてきました。
通常、一国の経済活動の実績を示す指標として、GDP(国内総生産)が広範に使われていますが、シンガポールの場合、公式なGDP値は1960年からのみ入手可能で、それ以前の経済活動はイメージに依拠するしかありませんでした。そこで私はシンガポールの経済活動の軌跡の把握を目指し、1900-1939, 1950-60の期間のGDP推計研究を行うことにしました。

当然のことですが、公式値はなくても経済活動が行われている限り、理論的には正しいGDPが存在しています。私は、その実像にできる限り近付き、様々な可能性、選択肢がある中で最終的に「一本のラインを描く」という姿勢で研究に取り組みました。
具体的には①SNA(国民経済計算)のGDP概念と現代の推計方法の把握、②公文書館や図書館などからの包括的なデータ収集、③長期経済統計推計に関する先行研究の分析、④適応可能なGDP推計の方法の探索と推計という4つのステップを踏みました。
この推計の中で一番大きな問題は、名目値から実質値に換えることでした。この作業の中で、シンガポールの経済はロデオのように、ものすごい勢いで大きく変化していたということがわかってきました。

数値を推計する作業ではありましたが、実際にはまるでピアノの調律をしていくような作業をしていくことになります。調整をすればするほど、作業をやればやるほど線は増えていきます。
そうしたプロセスを経て、最終的には真の実像に近付いていくということを意識しながら一本の線を引きましたが、そこに決めるのは非常に難しい作業でした。この研究がどのように評価されるのかを意識する一方で、実像に近いベストな線だと自分自身が納得できる線を引くことの難しさ。しかしそこには、今日のタイトルである「鼓動を聴く」という大きな思いを持ちながら、一本の線を決めたということです。

ありがたいことに、この研究の成果は2014年にアンガス・マディソンのプロジェクトの中で採用され、また2015年にはシンガポール金融庁(Monetary Authority of Singapore)がシンガポール独立50周年の企画で私の推計手法と数値を掲載していただくことができました。
権威的な機関から認められたことは意味がありますが、ひとつの山を越えれば次の大きな山を作ることが必要になります。この研究をしたことによって地域の長期経済統計の推計方法がわかってきましたから、今回の研究対象の1900年より前の推計や、さらなる国際比較といった可能性も見えてきたと思います。

こうしたことは、まるで私ひとりで研究したような印象を受けたと思いますが、実は厳しい学問の師匠がいて、また多くの上司や同僚と切磋琢磨をしていく中で研究が成り立っていました。私はこうした方々から受けた恩を、教育・研究を通じて返していきたいと思っています。
創価大学には「Discover your potential」という言葉があります。つまり自分が持っている潜在力をどうやって拓くかということが問われているのです。その学び舎のひとりの教員として、私も貢献ができればと思います。

※掲載内容は取材当時のものです。

杉本 一郎 教授 <国際教養学部> Ichiro Sugimoto
教員情報研究者情報データベース

[専門分野]
数量経済史(歴史経済統計推計と実証分析)、東南アジア経済史(英領期 シンガポール、マラヤ、ビルマ)
[担当科目]
Basic Seminar I-II, Introductory Statistics, Poverty and Development, History and Theory of World Economy, Seminar I-III, Capstones, International Fieldwork
[研究テーマ]
東南アジア諸国における長期歴史経済統計推計と実証分析
[教育・研究の最前線]
多様性の国・マレーシアに18年。「違い」を「力」に変える智慧に学ぶ
未来の学生へのメッセージ

私のいたマレーシアには、「Hendak seribu daya, Tak henndak seribu dalih」という諺があります。これは「真に欲すれば千の力が湧き、それを欲しなければ千の言い訳が生まれる」という意味です。学びたいこと、成し遂げたいことが定まれば、いかなる挑戦にも立ち向かう強い力が生まれると思います。
創価大学は様々な可能性を有している大学です。ともに力を合わせながら勉強してまいりましょう。

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