マレーシアで初となる就活イベントを実行!~信念のままに突き進んだ大学生活
マレーシアでのインターンシップを終えた後、現地の学生団体に所属し、マレーシアの大学で学ぶ日本人学生と現地企業を繋ぐ、「就活フェアinマレーシア」というイベントを開催した柳瀬さん。在学中は、フィリピン、カナダ、マレーシアと3ヵ国を訪問するなど、果敢に挑戦の日々を送ってきました。しかし、もともとは安全志向で真逆の性格だったとのこと。
そんな柳瀬さんを変えたのは、創価大学で出会った数多くの先輩や共に学ぶ仲間の存在でした。人と人の繋がりを大事にする中で、何事も挑戦する自分へと成長した柳瀬さんに、大学生活を振り返っての感想とこれからの将来について語っていただきました。
来月にはいよいよ卒業ですね。大学生活を振り返っての感想をお願いします。

学生寮の仲間と
私は小学校から高校まで自分に自信がなく、とにかくリスクを冒さず安全な道を選択する性格でした。創価大学への入学を目標にしていたこともあり、入学後はこれといってやりたいことが定まらず、勉強に対してのモチベーションもあがりませんでした。それでも何かやらないと不安だったので、資格があれば役立つだろうと考え、最初は税理士資格の取得を目標に大学生活をスタートしました。
そんな私に最初の影響は与えたのは学生寮(宝友寮)の先輩でした。「創価大学の魅力って何ですか?」と聞いたところ、その先輩は「目の前の一人を大切にすることだよ」と話してくれました。その言葉の通り、後輩を励ます姿や可能性を信じて寄り添ってくれる姿など時間を削って後輩をサポートする背中を見て、誰かの力になれるような自分に成長しようと思うようになりました。創価大学で出会った全ての人たちのおかげで、自信が持てなかった自分が、「何事もまず挑戦することから始めよう」と思うようになったことが大きな成長と感じています。
海外留学に関心を持つようになったきっかけを教えてください。
1年生の夏、創価大学のサークル団体であるデンマーク・アスコー研究会の一員として、デンマーク研修に参加しました。2泊3日と短いホームステイでしたが、ホストファミリーとの出会いが大きな印象に残っています。まだ14歳くらいの少女が私のところに相談にきてくれました。何か悩んでいるような様子で、相談してくれていることはわかったのですが、私の英語力が乏しかったため、何も伝えてあげることができず話を聞くだけで終わってしまいました。
英語が話せないことで悩みに答えてあげられず、子どもの晴れない表情が帰国後もずっと頭から離れませんでした。また、第45回入学式での創立者池田先生からのメッセージに、「私の後悔は、青春時代に語学を身に付けられなかったことです。自在に語学を駆使できたのならば、もっともっと、多くの人々を励まし、導くことができた。」とあり、世界中の多くの人とコミュニケーションがとれるよう英語を学ぼうと思うようになりました。留学を目標にしてからは、授業、部活動やアルバイト以外の空いた時間は中央教育棟2階SPACeの自習室(Cゾーン)にこもって勉強に励みました。

デンマークのホームステイ先で
留学中、フィリピンでの出会いが大きなインパクトを与えたんですね。

大学3年の2月からの2ヵ月間、英語の力を伸ばすことと、途上国にいる人たちの現状を肌で感じたいと思い、フィリピンの語学学校に留学しました。留学中に現地のNPO法人の方に案内していただき、セブ北部のトンド地区にあるスラム街に行きました。そこには、マニラ市内から出る大量のゴミが運ばれ続けて高さ30メートルもの山になっている「スモーキーマウンテン」と呼ばれるゴミ山があります。ここのスラム街で生活する人たちは太陽が出ている昼間は元気に働いているのですが、夜になると真っ暗な環境で夜明けを待つように過ごしています。
家に光がない、床が抜けている、雨漏りがする、窓が壊れているのが当たり前の環境です。盗まれる物はそもそも無いので盗難等はないそうですが、「光がないことで心まで不安定になる」と口々に話していました。
自分が恵まれた環境にいることをあらためて知るとともに、世界ではこのように明日の生活もわからない中で、孤独な夜を過ごしている人たちがいることを知りました。あらためて、光(電気)の重要性を認識し、電気を通して人の心に光を灯せるような仕事に就きたいと考えるようになりました。
フィリピン留学後、当初の計画ではカナダに6か月間の語学留学とインターンシップを考えていました。しかし、フィリピンで目の当たりにした現実に対し、「もっと力をつけて社会に貢献したい」と思うようになり、厳しい環境で働ける場所を探しました。マレーシアのマラヤ大学に留学していた先輩に相談し、あるベンチャー企業を紹介してもらい、そこで働くことにしました。
マレーシアのインターン先の企業では英語を使って仕事をするため、カナダ留学を1ヵ月に短縮し、語学学校とホームステイ先で徹底的に英語の勉強に打ち込みました。その結果、英語でコミュニケーションができる程度の語学力をつけることができました。

マレーシアでのインターンシップで学んだことはありますか?

日系企業向けの雑誌を制作するベンチャー企業でインターンシップをしました。こんな仕事もインターン生がやるのかと思うほど最初から負荷が大きかったです。主に2つの役割が与えられ、1点目は雑誌の特集ページの広告枠を現地の日系企業に買ってもらう仕事が与えられました。まずは手当たり次第にあたりきろうと、100社以上の会社に企画概要をメールで送りましたが1社からも返信がありませんでした。相手がどういった内容であれば興味をもってくれるのかを考え直し、ポイントを整理してメールを送ったところ何社か興味を持ってくれ、電話で詳しく説明し、初めての契約を結ぶことができました。月1回の発行でしたので、インターン中は最初の1ヵ月を除いて、特集ページに企業のインタビュー広告を毎月掲載することができました。
2点目は、マレーシアの首都クアラルンプールの市場調査の仕事です。マレーシア進出を検討している日本企業向けの情報媒体の制作になります。クアラルンプールの衣・食・住などをまとめたもので、私は「食」の分野を担当しました。スーパーやショッピングモール、商店街等の小売店に突撃し、店長や社長にインタビューして特徴や課題などをヒアリングしました。また、利用者側の一般の方のお宅を訪問し、実際の食生活なども調べました。そうしたネットで調べていない情報について、売り手側と買い手側の双方から話を聞くことで多角的に情報をまとめることができました。
私はこの2つの仕事から、何事も諦めず考え行動することの大切さと自分が経験したことのないことに挑戦することの楽しさを学びました。社会に出てもこの経験を生かしていきたいです。海外インターンシップは大変なことも多かったですが、確実に自分の糧となっていてとても貴重な経験でした。
マレーシアで立ち上げた事業について詳しく教えてください。
約4ヵ月のインターンシップを終え、最後の2ヵ月は新たなプロジェクトを立ち上げました。インターンシップ先の社長の紹介で、マレーシアの大学に在籍する日本人学生の団体「JSAM(Japanese Students Association in Malaysia)」に所属しました。日本人で入学から卒業までマレーシアで学ぶ学生が増えている反面、大学内での就職支援などが行き届いていない課題を聞きました。日本人学生の多くが帰国してから就職活動をすると聞き、少しでもマレーシアで学んでいるうちに就職準備ができればと思いました。
マレーシアの大学に在籍する日本人学生とマレーシアの企業をマッチングし、インターンシップ採用に繋がるような場をつくろうと考え、「就活フェアinマレーシア」という企画を立案しました。イメージとしては合同企業説明会のようなもので、参加する企業からは出展料をいただきます。

プラチナ、ゴールド、シルバーの三段階で価格設定し、作成した提案資料とノートパソコンを持って現地企業を訪問しました。思いのほか反響が大きく、今まで企業としてもインターン生として日本人学生を採用したいと考えているところがあり、前向きな反応を示してくれる企業が多くありました。
一番嬉しかったのは、ある大手企業の日本人の副社長の方から、「正直、わが社は採用に困っていない。出展する必要はないけど、柳瀬くんたち学生が必死に頑張っているから、君たちの熱意に応えて出展するよ」と言ってくれ、参加企業の中で一番高額な出展料を出してくれました。
1回目の開催となった2018年10月27日には、企業13社と学生131名が来場しました。この場を通してインターンシップが決まった学生もおり、参加学生からは「キャリアについて自分の新たな一歩が踏み出せたと書いてありすごく嬉しかった」、「日本ではあたり前の就職準備がマレーシアではできないので体験できてよかった」などの喜びの声が寄せられました。
2回目以降の開催の要望を受け、2019年4月20日に開催しました。私も2018年11月に日本に戻っており就職活動中でありましたが、プロジェクトを立ち上げた責任者として現地に行きました。2回目も大成功に終わり、今後も定期的に学生団体JSAMが中心となり毎年開催することになりました。
自分を大きく育ててくれたマレーシアに、このような新たなプロジェクトを通して、少しでも恩返しができ、嬉しく思います。何事も自分が何を成し遂げたいのかとの強い意志と熱意が人の心を動かすんだと学びました。
現在のキャリアサポートスタッフ(CSS)の活動について教えてください。
現在は卒業までの間、キャリアサポートスタッフ(以下、CSS)の一員として後輩のサポートにあたっています。私自身が1年生で何をやればいいか悩んでいる時、CSSの先輩から「素直に挑戦しなよ。いろんなことを勉強することで視野が広がるよ」と言ってもらえたことで留学に挑戦するきっかけになりました。また、自分から相談するタイプでなかった私ですが、周りの先輩や友達が「最近どう?」など声をかけてくれるので、自然な形で人を頼ったり信頼できるようにもなり、「相談することはいいことなんだ」と気づくこともできました。
そのように成長できたのも創価大学に入学したからだと思います。今度は自分が後輩に寄り添い、持っている力を引き出してあげたいとの気持ちで、後輩との面談やキャリアを考えるイベント開催などに取り組んでいます。
後輩たちを励ましたいとの思いで活動していましたが、悩みながらも前に進もうとする1年生に逆に私自身が励まされ、「胸を張って母校に帰って来れる社会人になろう!」と思うようになりました。また、今までの大学生活で努力に努力を重ねてきたCSSの同期たちには感謝の思いでいっぱいです。
CSSとして活動する様子
最後にこれからの目標について教えてください。

卒業後は大手電機メーカーに就職します。「メーカー=モノ」のイメージがありますが、モノづくりを通して新たな価値を創造し、一人一人が安心で豊かな生活を送れる社会にしたいと考えています。
どのような部署に配属されるかわかりませんが、2つ仕事を通して達成したい目標があります。1つ目は東南アジアを中心とした発展途上国の子どもたちが安心して生活できる環境作りに貢献したいと思っています。そのためには、電機メーカーだけではなく、総合商社やゼネコン、金融、コンサルティング会社などが連携する必要があるので、そのような業界を巻き込む役割を担いたいと思っています。
2つ目は「照明」の力を最大限に活用したいと考えています。私自身、創価大学の創大門からのいちょう並木のライトアップを見る度、その綺麗な光に何度も背中を押してもらい、「よし明日も頑張ろう」と思えました。ライトアップなどの文化をもっと世の中に広め、光を届けることを通して、人に生きる力を与えていきたいと思います。そして、どんな逆境が襲いかかろうが、その逆境を成長の機会と感謝できる自分へと成長し、自身が立てた目標を達成するまで粘り強く挑戦していきます。
[好きな言葉]
笑顔は幸福の結果というよりも、むしろ幸福の原因といえよう。
[性格]
明るく粘り強い
[趣味]
フットサル
[最近読んだ本]
『道をひらく』松下幸之助