Vol.92

大学時代に芽生えた志を貫き、地球規模課題の解決へ貢献目指す

杉山 秀男(すぎやま ひでお)
文学部人間学科2013年3月卒業/学部38期
独立行政法人国際協力機構(JICA)
審査部投融資審査課 兼 マクロ経済審査課 主任調査役

国際協力機構(JICA)で、開発途上国の政府や民間企業が行う事業を融資や出資を通じて支援する有償資金協力について、その採算性や返済可能性の審査を行っている杉山さん。対象国のマクロ経済や政治状況、対象企業の財務や事業リスクなどを分析する専門性の高い仕事ですが、大学入学時は、将来グローバルな現場で働くとは思っていなかったそうです。 “地球規模の課題解決に貢献したい”という杉山さんの情熱はどのように生まれ、培われたのか、振り返っていただきました。

国際協力に関心を持ったきっかけは?

大学入学当初は、両親が教育関係の仕事に就いていたこともあり、地理や歴史が好きだから将来は社会科の教員になろうかな…と思っていました。漠然とした思いが一変したのは、1年次春学期に履修した「ワールドビジネスフォーラム」というキャリア科目です。グローバルに活躍する卒業生たちが自身の経験を語ってくれる授業で、世界を舞台に働く先輩たちの姿に強い憧れを感じました。

どうすれば国際的な仕事に就けるのか分かりませんでしたが、とにかく語学は必須だろうと思い、まずはTOEICやTOEFLの高得点を目指して、授業や軟式野球部での活動、アルバイトの間隙を縫って英語の勉強に時間を割くようになりました。1年次終了後には、オーストラリアのメルボルンにホームステイする3週間の語学留学プログラムに参加しました。この時の参加者の何人かは、現在まで続く友人です。高い目標でも孤独に陥らずに頑張れたのは、在学中の長期留学や、卒業後も世界を舞台に活躍するという目標を共有できる仲間に出会えたことも大きいと思っています。

さらに、2年次の春学期に履修した英会話の授業が、アフリカの貧困などをテーマにディスカッションするもので、開発途上国の課題の複雑さに目を開かされました。地球規模の課題を解決する一助となるような仕事をしたいという思いを抱くようになり、国際機関の仕事に興味を持つようになりました。

軟式野球部では最高で東日本大会第3位に

1年間の米国留学はどのような成長につながりましたか。

3年次に1年間休学し、米国のシアトル郊外にあるベルビューカレッジに留学しました。

米国での1年間を共に過ごしたホストファミリーと

私は文学部だったので、将来どんな業界の仕事に就くとしてもビジネスの理解が必要だと考え、マーケティングや金融などを幅広く学びました。中でも、数年前に同じ大学に留学していた「ワールド会」(長期留学経験者による留学支援団体)の先輩からのアドバイスで選択した会計学は、現在の仕事にもつながる印象的な科目です。会計の基本的な概念から、貸借対照表や損益計算書の読み方、帳簿の付け方などを実践的に学べる授業でした。

留学中のインターンシップでは、富裕層向けの資産運用をサポートするウェルスマネジメント事業を行う金融機関と、ガーナでマイクロファイナンス事業(貧困層への小額融資)を行うNPOの2か所で働きました。授業で金融の面白さに気づき、インターンシップを通じて対照的な組織で金融の仕事に触れたこと、また同時期にムハマド・ユヌス氏(バングラデシュのグラミン銀行創設者でノーベル平和賞受賞者)の自伝を読んだことで、開発や貧困解決の手段としての金融への興味が深まりました。国際協力の現場で働くには、何かしらの専門性を持つ必要があると思っていたので、自分は金融を軸にしようと決めました。

その後留学から帰国し、就職活動を終えた後も、フィリピンでのボランティアの経験などを通じて国際協力の世界で働きたいという思いは強くなっていきました。

米国留学中、金融機関のウェルスマネジメント部門でのインターン最終日にマネージャーと

その後、現在の仕事に至るまでのキャリアを教えてください。

大学卒業後は、外資系証券会社に約4年半勤めました。金融業界の面白さと奥深さは魅力で、一時はそのままキャリアを継続することも考えました。しかし、休暇中に旅したベトナムやインドネシアで、明るい陽光と発展する街の喧騒の中に身を置いた時、自分の進むべきは国際協力の道だと改めて思ったんです。証券会社のディーリングルームも刺激的な空間でしたが、新しい景色が見られる途上国の現場の方に吸い寄せられるような感覚でした。

証券会社を退職し、英国のマンチェスター大学大学院に進んで、開発政治学を学びました。金融分野ではなく開発政治学にしたのは、開発や貧困といった複雑な問題を、経済活動のルールや富の再分配を決める政治の観点から理解したいと考えたからです。修士課程ではアフリカのウガンダに赴き、内戦を引き起こしてしまうほど複雑な土地制度を政治的観点から考察するというテーマで、聞き取り調査をはじめとするフィールドワークにも取り組みました。

修士号を得て日本に帰国し、2018年にJICAに入構しました。日本のODA(政府開発援助)を担うJICAは、国際協力の世界では大きな影響力を持っています。学生時代に抱いた志を達成していくそのスタートラインに立ったのだ、という気持ちになりました。

証券会社勤務時代、休暇中に旅したベトナム・ホーチミンで
マンチェスター大学のキャンパス
マンチェスター大学大学院時代、
同じコースの仲間たちと
大学院留学中、ウガンダでのフィールドワークにてインタビュー調査

JICAでの仕事の内容を教えてください。

最初の3年間は、東南アジア・大洋州部という部署のフィリピンを担当するチームで、道路、上下水、農業等に関する新規案件に携わりました。主に現地のインフラにかかわる開発協力の最前線ともいえる仕事です。特に印象に残っているのは、ミンダナオ島ダバオ市の下水道整備の案件で、当時のサラ・ドゥテルテ市長(現フィリピン副大統領)に対し、調査結果をもとに下水道整備計画について直接提案したことです。時には現地行政のリーダーを説得し協働しながら事業を進める、JICAの仕事のダイナミックさを実感した経験でした。

2021年からは、審査部という部署のマクロ経済審査課と投融資審査課という2つのチームを兼務しています。マクロ経済審査課では、JICAの円借款(途上国の政府向けの融資)を、担当国である中南米や太平洋の島嶼国が返済できるのか、その国のマクロ経済や政治状況等を分析し評価しています。投融資審査課では、JICAの海外投融資(途上国の民間企業に対する出資や融資)事業に際して、対象企業の財務や事業リスクを分析し、採算性や返済可能性を審査しています。

ミンダナオ島ダバオ市の下水道整備案件で、当時のサラ・ドゥテルテ市長(現フィリピン副大統領)に計画を提案

現在の仕事のやりがいや難しさについて聞かせてください。

審査部の仕事の魅力は、日々学びがあり、知的好奇心が満たされ、専門性が高まる実感が持てることです。例えば、ある途上国の民間企業への融資案件で、そのリスクを分析し経営層に説明するためには、その企業の事業内容や財務に関してはもちろん、その国の政治・経済状況、業界環境・競合相手など、広範な理解が必要です。分析の過程を通じて、金融・財務やマクロ経済分析の能力が向上するとともに、各国の政治や歴史、地理、社会情勢などに関する教養が蓄積していく手応えがあります。こうした知見は、いずれ再び開発協力の前線に立った時にも必ず活きてくると確信しています。

 仕事の難しさは、JICAが開発援助機関である以上、金銭的なリターンやリスクだけが事業を行う基準ではないことです。民間の金融機関では対応が難しいリスクのある案件でも、インフラ不足などの課題解決に貢献し、持続可能な開発目標(SDGs)達成に寄与する「開発効果」の高い案件であれば、実施すべきという組織決定に至ることもあります。そうした案件において、どこまでリスクを受容することができるかを考え、組織のより良い意思決定のために牽制部門としてどのように意見すべきか、チームで常に議論しながら仕事をしています。

また、現地出張を通じて、机上の分析と現場での発見がリンクしたり、日本にいるだけでは気付かなかった新たな発見を得たりすることも、この仕事の醍醐味です。審査部では今までにエクアドル、ガーナ、インド、バングラデシュ、モルディブの5か国への出張の機会に恵まれましたが、現地出張はいつも刺激的で活力になります。開発協力の現場や、途上国の人々の暮らし・文化を自分の目で見ることは何にも代えがたい貴重な経験ですし、現地でJICAや日本に対する感謝の言葉をかけてもらうことも多く、その度にこの仕事をしていて良かったと思います。

インド出張時。ムンバイのマヒム湾に沈む夕陽

創価大学への進学や国際開発・国際協力の仕事に興味を持つ後輩にメッセージをお願いします。

私は大学に入学した後にグローバルに働くことや国際協力に関心を持ち、良き友人や先輩、教職員の方々等のサポートがあって、入学前には想像もつかなかった自分に成長できました。私の周りには、私のようなストーリーを持つ友人がたくさんいます。そして、卒業後もそうした友人たちが皆、社会で時に悪戦苦闘しながらも励まし合いながら前進しているのが、創価大学の良さであり私の誇りです。

 国際協力や開発協力に少しでも関心があれば、学生時代に開発途上国を旅して、現地の自然、街の様子や人々の暮らしを五感で感じてみてほしいと思います。世界80億人の人口のうち、60億人以上が新興国・開発途上国に住んでいます。欧米の影響力は大きいですが、決して欧米だけが世界ではありません。私が担当し、これからも活動の場としていきたいと考えている東南アジアや南アジアの国々を見ていると、先進国が失ったものがまだあると感じることがあります。開発途上である分、人と人がよく助け合い、環境に文句を言わず、たくましく生きている姿に気付かされることが多いです。そんな瞬間から、一国の将来について考えたり、そのために自分は何ができるか思索が始まることもあります。

 皆さんもぜひ、成長するための環境とネットワークが揃った創価大学で、広い世界に視野を向け、失敗を恐れず、悔いのない学生生活を過ごしてください。

<文学部人間学科2013年3月卒業>

杉山秀男

Hideo Sugiyama

[好きな言葉]
PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ/ロベルト・バッジョ
[性格]
楽観主義
[趣味]
ギター、アナログレコード収集、野球観戦
[最近読んだ本]
最底辺のポートフォリオ - 1日2ドルで暮らすということ/J.モーダック他
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