2026年度第1回法学部・法学会講演会を開催しました
2026年7月10日、法学部・法学会は「自然の時間、人間の時間―自然の循環と他の生き物たちとの共生―」と題して、武蔵野美術大学名誉教授であり、探検家・人類学者・医師・映画監督として知られる関野吉晴氏をお招きし、特別講演会を開催いたしました。人間社会のルールと「生命の法則」の乖離をどう埋めていけばよいかについて、ご講演をいただきました。内容の要旨は以下の通りです。
1. 導入:アマゾンでの原体験:所有と自立の真理
関野氏は50年間通い続けるアマゾンの先住民社会から、現代の私有財産制に対する問いを投げかける。彼らの社会では、最初に見つけた者に優先権はあるが、「使っていなければ他者の利用を拒めない」という、必要とする者に資源が流れる慣習がある。これは近代法の排他的所有権を揺さぶる概念である。また、全ての道具の素材を知り自律して生きる彼らに対し、現代人はインフラという「管」に依存し、一本切断されれば生存が危うくなる「スパゲッティ症候群」の状態にあると指摘した。
2. 循環の再生:『うんこと死体の復権』
映画制作を通じ、関野氏は「排泄」と「死」を循環の文脈で再評価する。アマゾンでは排泄物も死体も数年で土に還り、生命の連鎖の一部となる。一方、都市文明はこれらを「汚物」として隔離・焼却し、二酸化炭素に変えて循環を断絶させている。この非合理性を超え、「生存権」を生命の連鎖そのものを維持する権利へと拡張すべきだと説いた。
3. 人類の本質と「自然の時間」
「グレートジャーニー」の旅は、人種という概念の虚構性を暴く。肌の色は紫外線とビタミンD合成のトレードオフによる環境適応の結果に過ぎず、優劣はないこと。また、日本での「旧石器生活プロジェクト」を通じ、氏は「自然の時間」へ服従することの重要性を語る。石器で杉の皮を剥ぐには、木が水を吸い上げる6月を待たねばならない。自然の都合に人間が合わせることでしか、真の共生は成立しないことを示唆した。
4. 現代法の矛盾と生命への対峙:フェアな関係の再定義
北海道でのサケ漁の実践では、伝統的な先住民権が現代の日本の法律によって否定されている現状を報告した。生存のための権利が国家の法に退けられる矛盾を提示しつつ、氏はさらに「命を奪う行為」における倫理を問う。自身が死ぬリスクを負いながら獲物と対峙する先住民の「フェアな狩り」に対し、一方的に搾取する現代の商業捕鯨や銃による狩猟の卑怯さを指摘。法や文明が忘れてしまった「対象への敬意と覚悟」を、私たちの規範にどう取り戻すかが問われていると結んだ。
<質疑応答>
Q1:ブラジルの先住民調査の際、彼らが森を「自分自身の一部」と認識していると感じました。経済発展に伴う森林破壊は、彼らの精神や生活にどのような影響を与えているのでしょうか。
関野氏: 自然を壊しているのは常に外部の「経済」です。先住民の焼き畑は森の多様性を模倣し、50年で再生可能な循環の中にあります。対して売るためのプランテーションは養分を奪い、土地を砂漠化させます。経済優先か自然優先か、その選択が突きつけられています。
Q2:アマゾンの社会では、身体的な障害を持つ方はどのように生活しているのでしょうか。
関野氏: 重度の障害がある場合、厳しい自然環境下での生存は容易ではありません。しかし、軽度の障害であれば、周囲が当然のように協力し、大切に育てられます。「必要な人に物が流れる」という彼らの社会構造そのものが、自然なケアの役割を果たしているのです。
Q3:環境問題を作品として世間に伝えようとしていますが、現代の経済合理的な世界と自分の志が噛み合わないことに悩みます。どうすれば伝えたいことが社会に届くのでしょうか。
関野氏: 一気に変えようと焦る必要はありません。独断で変えようとすれば無理が生じます。「5%変わればいい」という気持ちで、小さく、しつこく、諦めずにやり続けることです。長い時間をかければ、人の気持ちや社会は少しずつ動いていきます。