東南アジア研究の未来をひらく:オマール・ファルーク名誉教授によるResearch Seminarから学ぶ

杉本一郎

  

 

広島市立大学 名誉教授
オマール・ファルーク先生

1. 導入:教室で睡魔と戦う学生たちが、現場で目を輝かせる理由

教壇から教室を見渡すと、教科書的なデータや歴史年表を中心とした講義の中で、睡魔と戦っている学生の姿を目にすることがあります。「東南アジア研究」が、単なる地理的名称や歴史的事実の羅列として理解されているのであれば、その反応も無理はないのかもしれません。

しかし、学生たちをマレーシアの生きた現実の中に連れていくと、しばしば驚くべき変化が起こります。彼らは、クアラルンプールの中心部にありながら高床式住宅を今なお保存している伝統的なマレー村、カンポン・バルの狭い路地を歩きます。また、カンポン・クリンチの低所得者層が暮らす住宅地域で、地域リーダーたちの声に耳を傾けます。その瞬間、教室ではなかなか見られないような輝きが、学生たちの目に宿り始めるのです。

現地の空気を吸い、人々の生活を直接感じることで、学生たちは学問とは単なる情報の蓄積ではないことに気づき始めます。学問とは、その核心において、人間の生活そのものと向き合う営みなのです。

広島市立大学のオマール・ファルーク名誉教授は、1960年代に学校教員としてその歩みを始められました。それ以来、先生はほぼ60年にわたり、教育と研究に身を捧げてこられました。先生の知的な旅路は、多くの意味において、現場における発見の絶えざる過程でありました。本稿では、2026年6月17日に開催されたResearch Seminarでオマール先生が共有してくださった経験と洞察を通して、東南アジア研究の本質と地域研究の未来について考察します。

2. 東南アジアは単なる「地理」ではなく、複雑な歴史的・政治的現象である

私たちはしばしば、東南アジアを地図上の11カ国から成る地域として理解します。しかし学術的な観点から見るならば、東南アジアは単なる地理的空間ではありません。「東南アジア」という呼称の背後には、戦争と紛争、植民地主義、独立、冷戦、地域協力と統合といった歴史的・政治的経験を通して形成されてきた、ダイナミックな地域の姿があります。

東南アジア研究は、比較的新しい学問分野ではありますが、現在も進化を続けています。この地域は、単に領土的に近接しているという理由だけで形成されたのではありません。戦争と紛争を経験し、分断を乗り越え、協力と統合の枠組みを築いてきた人々の努力によって形成されてきたのです。

オマール先生は、東南アジアの11カ国を単なる隣接国として見るのではなく、互いを補完し合うことのできる「資源パートナー」として捉える重要性を強調されます。かつて「火薬庫」とも呼ばれたこの地域は、ASEANという枠組みを通して、政治的・経済的安定を次第に実現してきました。

したがって、東南アジア研究の魅力は、地理的定義を暗記することにあるのではありません。むしろ、戦争、紛争、分断の歴史が、いかにして対話、協力、統合の基盤へと転換されてきたのかを理解することにあります。この現象を探究することこそ、地域研究の真の醍醐味の一つなのです。

3. 「研究者中心」のアプローチが、学問をイデオロギーから守る

創価大学マレーシア研究拠点のような研究機関は、特定の政治的・社会的アジェンダに取り込まれることなく、いかにして意味ある知を生み出し続けることができるのでしょうか。

オマール先生が示された一つの答えは、「研究者中心」のアプローチの重要性です。

現代社会において、学問が特定のイデオロギーに引き寄せられてしまう危険性は常に存在します。だからこそ、個々の研究者が自らの研究課題を深め、相互に知的刺激を与え合い、開かれた議論を行うことのできる環境をつくることが不可欠です。

必要なのは、単なる制度的な枠組みや組織構造だけではありません。むしろ、研究者が自由に語り合い、互いに学び合い、小規模なセミナーやワークショップを通して考えを磨き合うことのできる知的な「気候」をつくることです。

オマール先生の考えでは、学問的探究がイデオロギーに吸収されることを避けるためには、個々の研究者と研究者共同体のエンパワーメントが不可欠です。研究者が協働し、相互理解を深めることのできる環境を築くことこそ、地域研究の持続的発展の基盤なのです。

4. 知を「人間化」し、学問分野の境界を越える

「私は経済学を専門としているので、人類学のことは分かりません」。このように学問分野の境界に過度にとらわれることは、今日の学生や研究者が直面している大きな障害の一つです。現代社会の複雑な課題を理解するためには、知識を狭い区分に分割するだけでは不十分です。

オマール先生は、知を「人間化」し、「調和」させることの重要性を強調されます。

本来、知識に固定された境界はありません。経済史、人類学、政治学、社会学、宗教学など、さまざまな探究の分野には、それぞれ独自の方法と蓄積された知見があります。しかし、現実の社会を理解するためには、これらの分野が境界を越えて互いに関わり合わなければなりません。

地域研究において特に重要なのは、「この知識は人間の幸福にどのように貢献するのか」という問いです。学問がますます専門化する中で、私たちは知識が誰のためのものであり、何のために役立つのかを見失いやすくなっています。

そのため、あらゆる専門知は、人間を中心軸として捉え直され、社会に対して意味を持つものへと方向づけられなければなりません。知識を人々の生活、苦しみ、希望と結びつけることは、今日の教育と研究における最も重要な課題の一つです。

5. 発見のプロセスとフィールドワークの情熱は、AIには代替できない

今日、ChatGPTのようなAIツールは、人口統計、宗教分布、歴史的出来事に関する情報を瞬時に整理し、記述することができます。これは教育と研究に大きな可能性をもたらすものです。しかし同時に、AIには決して代替できないものがあります。

その一つが、現場で人々と出会い、その声に耳を傾け、彼らの経験に心を動かされることによって生まれる発見と情熱です。

オマール先生は、フィールドワークを通して得られる発見の意義を繰り返し強調されます。たとえば、ミャンマーのムスリム・コミュニティについて論じる際、国際社会は主としてロヒンギャ問題に焦点を当てがちです。しかし現地には、その問題だけでは理解しきれない、多様で複雑な歴史を持つムスリム・コミュニティが存在します。同様に、タイ北部の先住民族であるアカ族の山岳民の中には、伝統的な生活様式を維持しながらイスラームに改宗したコミュニティもあります。

こうした現実は、データの記述だけでは十分に把握することができません。現場を訪れ、人々の語りに耳を傾け、複雑さに驚くことによって初めて見えてくるものなのです。

オマール先生は、21世紀の教育の弱点の一つは、他者への好奇心を刺激し、情熱を呼び覚ます力が十分ではないことだと指摘されます。AIが提供する情報に満足するのではなく、私たちは現場の土を踏み、人々と直接向き合い、未知の世界に自らを開いていかなければなりません。この発見のプロセスから生まれる情熱こそが、研究を推進し、最終的には社会を変革していく力となるのです。

6. 思想、制度、国家をつなぐ橋としての人間
ロイヤル・プロフェッサー・ウンク・アズィズの遺産

東南アジア研究の精神を考える上で欠かすことのできない人物の一人が、マレーシアを代表する知識人であるロイヤル・プロフェッサー・ウンク・アジズです。

オマール先生は、1982年のマレーシアの東方政策の時代に、当時マラヤ大学副学長であったロイヤル・プロフェッサー・ウンク・アジズ、広く「パック・ウンク」として知られる人物から直接指導を受けられました。また、オマール先生はマラヤ大学ザバ・カレッジの寮長を8年間務められ、何世代にもわたる学生たちから「Dr Omar」として親しまれ、今も深く記憶されています。

多くの教え子たちは、今日に至るまでオマール先生と親しく交流を続けています。長年にわたり、オマール先生は、政府、外交、学界、医療、ビジネス、公共サービスなど多様な分野で活躍する彼らの成功を見守ってこられました。その中には、大臣、国会議員、大使、政府高官、著名な研究者、第一線で活躍する専門職の人々が含まれています。さらに、トゥン・ドクター・マハティール・モハマドの医療に携わった著名な心臓胸部外科医もその一人です。オマール先生の教え子たちは、マレーシア国内にとどまらず、世界の舞台でも重要な貢献を果たしてきました。

私自身も交換留学生としてザバ・カレッジに滞在し、幸運にもオマール先生から温かい支援と励ましをいただきました。

ウンク・アジズは、単なる知識人ではありませんでした。彼は、教育、研究、制度、人材育成を結びつけた制度構築者でした。その思想の中心には、一貫して「人に投資する」という信念がありました。

彼の際立った特質の一つは、決して個人を組織の単なる一部として扱わなかったことです。彼は一人ひとりの可能性を信じ、責任を託し、その成長を励ましました。そこには、彼独自の、きわめて人間的で個別的なアプローチが反映されていました。

オマール先生は、ウンク・アジズが人間を、思想、制度、国家をつなぐ橋として見ていたと述べられます。個人に投資することによって、彼らが新たな関係と制度を創造することを可能にしたのです。この人間中心のアプローチは、多くのリーダーを育て、日本とマレーシアの協力、さらには東南アジア、そしてそれを超えた広範な協働の基盤となりました。

7. 結論:平和への希望としての地域研究

東南アジア研究は、単なる学術的好奇心の対象ではありません。それは、戦争と紛争を防ぎ、相互理解を深め、平和の条件を創り出すために不可欠な知的営みです。

「知識は理解を助け、理解は平和の条件をつくる」。オマール先生のこの言葉は、分断と対立が続く今日の世界において、特に力強く響きます。

東南アジアは、戦争と紛争という歴史的重荷を背負ってきました。それでもなお、この地域は対話、道徳的価値の共有、地域協力と統合を追求し続けてきました。その歩みは、困難を乗り越えて希望を見いだす力強い例を示しています。

最後に、学生の皆さんに一つの問いを投げかけたいと思います。皆さんが目にするデジタルデータの背後には、まだ十分に語られていない人間の物語があるのではないでしょうか。

その物語を発見する旅は、すでに始まっています。必要なのは、第一歩を踏み出す好奇心と、他者から学ぼうとする情熱です。その情熱が生き続ける限り、東南アジア研究は、世界をより深く、より豊かに理解するための入口であり続けるでしょう。

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