ハーバード大学 在外研究報告 中山 雅司 教授

ハーバード大学 在外研究報告 中山 雅司 教授

2000年9月より在外研究で、アメリカ東海岸のボストンにあるハーバード大学ケネディスクールに約半年間滞在する機会をえた。町をゆったりと流れるチャールズ川と近代的な高層ビルが調和した美しい町並みを見ながら西へ少し行ったところに、レンガ造りの建物が映えるアメリカ最古の大学・ハーバード大学がある(1636年創立)。ルーズベルトやケネディなど6人の大統領をはじめとして、30人を超えるノーベル賞受賞者やピュリツァー賞受賞者など、多くのリーダーを世界に輩出してきたアメリカの名門で、創立者池田先生も、1991年と93年の2回にわたり講演をされている。

こちらに着いてまもなく新年度が始まった。ハーバードの学生は履修にあたって、一科目につき数冊のテキストとともにコースパッケトと呼ばれる分厚い論文や資料のコピーを購入させられる。毎回、パケットの中から数十ページ、多いときは本一冊分ぐらいの論文や資料を事前に読んで臨まなければならず、授業はそれを前提に討論形式で進められる。講義形式の授業にもかかわらず、教授が話している時間より学生が講論している時間の方が長く、学生は手を挙げて自分の順番を待っている。そこで求められるのは、その問題について自分はどう考えるのか、それはなぜかということである。彼らはディスカッションを通じて論理性と弁論術を身につけていくのである。

研究環境の面でも充実している。蔵書千百万冊を誇る図書の充実ぶりは大変なもので、まさに「知の宝庫」である。また、新鮮な驚きは、学生以外の大人の姿が多くキャンパスに見られることであった。すなわち、私のような大学からの研究者のみならず、官公庁の役人や政府関係者、企業人、ジャーナリスト、法曹家など、ありとあらゆる職業の人たちがフェローなどの資格で世界から学びに集まってきていることであった。こういった人たちが教授や学生と一体となって、知の共同体を形成しているのである。また、連日、キャンパスのあちこちでさまざまな興味あるテーマのもと、セミナーや講演会が活発に開かれている点も魅力的である。ケネディスクールで開かれた講演会では、シンガポールのリー・クアン・ユー上級相(元首相)が自らの体験をとおしながら指導者論を語った。こうした学問環境を通じて、大学の活性化をはかり、学問の現実社会からの遊離を防ごうとしているのである。ちょうど、この時の司会は日米安保再定義にあたってあの「ナインポート(東アジア戦略報告)」を書き、現在、ケネディスクールの学院長を務めるジョセフ・ナイ氏(元・国防次官補)であった。このようにハーバードには、教室を出て国家政策に関与した後、再び教壇に戻って学生の指導にあたるといった例は少なくない。ハーバードだからといえばそれまでだが、大学が社会や国家との相互交流のなかで、知のあり方を探求し続けている姿が確かにそこにはあるように思えた。厳しい競争と多様性のなかで本物の学問が醸成され、人材が生み出されていることに感慨を新たにした。

冷戦が終わって、アメリカは唯一の超大国として世界に君臨し、経済的にも繁栄を享受している。一方で日本は、政治や経済、社会の混迷からいまだに抜け出せない感がある。日本においてとくに停滞の著しい分野の一つが大学を中心とする高等教育であると指摘したのは、ハーバードの教授を長年勤め、いみじくも『ジャパン・アズ・ナンバーワン』で一躍有名になったエズラ・ボーゲル氏であった。もちろん、アメリカも人種や銃の問題をはじめさまざまな問題を抱えている。ただ、どの国の将来にとってもいかなる人材を社会に輩出するかが重要な鍵となってくることだけは間違いない。教育および大学の真価がますます問われる時代を迎え、今回の経験と示唆を少しでもいかしながら創価教育に尽力したい、そんな思いを深くしてボストンを後にした。