丹木の歳時記2025 卯月(二)

タイムマシンに乗って1970(昭和45)年の世界を旅すれば、本学開学の1年前。スマホやパソコンはおろか、メールもFAXもコピー機もない時代です。固定電話がある家はまだ少なく、通信手段は手紙、情報源はテレビやラジオ、新聞でした。白黒テレビのチャンネルはガチャガチャとダイヤルを回して切り替えるしかなく、電子レンジもありません。夏は扇風機、冬は石油ストーブで暑さ寒さをしのぎ、風呂は週に何度か、銭湯で汗を流しました。子どものお小遣いは1日10円。駄菓子屋で5円のお菓子を二つ買うか、思い切って10円のお菓子にするか、真剣に悩んだものです。たまに50円や100円を手にしようものなら、それはもう狂喜乱舞。遊びといえば虫取りに鬼ごっこ、かくれんぼ、缶蹴り、独楽回しにビー玉、ぺったん(めんこ)など。たまにやってくる紙芝居やぽん菓子も大きな楽しみでした。30年後の21世紀には「アトム」のようなロボットが誕生し、「パーマン」のように人が空を飛んでいるだろう--そんな未来を夢見ていたあの頃。大阪万博は、まさしくその未来社会の象徴でした。街角には三波春夫が歌うテーマソング「世界の国からこんにちは」が流れ、いやがうえにも万博への期待が高まりました。あれから55年。13日に開幕した大阪・関西万博では、どんな未来の世界を目にすることができるでしょうか。












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