丹木の歳時記2025 文月(三)

蝉時雨を聞きながら「平安の庭」辺りを歩いた折、「庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしている」との一文を思い出しました。三島由紀夫の小説『豊饒の海』第4巻『天人五衰』を締め括る文章です。
先日、港区白金台にある「荏原 畠山美術館」を訪れた時のこと。高輪台の駅から美術館に向かう道すがら、どこかの国の大使館と見まがうような白亜の大邸宅に目を奪われました。実はその来歴も三島に縁のある場所なのです。
三島の小説『宴のあと』は、料亭「雪後庵」の女将と政界の重鎮との交際を描いたもの。そのモデルとなったのは、実在した料亭「般若苑」の女将・畔上輝井(あぜがみてるい)と政治家の有田八郎でした。三島と出版社はプライバシーを侵害したとして両名から訴えられ、この裁判は日本で初めてプライバシー権が認められる画期的な判例となります。美術館に隣接するその白亜の大邸宅こそ、かつて「般若苑」があった場所なのですが、往時の面影をとどめるものは何も見当たりません。
1925(大正14)年生まれの三島は、今年、生誕100年を迎えます。1970(昭和45)年11月25日、『天人五衰』の最後の原稿を担当編集者に手渡し、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地へと赴いて割腹自殺を遂げました。享年45歳。今年は没後55年にも当たります。












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